15.愚かな父娘
「やっと明日から学園に通えるわ!」
久しぶりに家族のそろう夕食の席で、ケイティは弾んだ声を上げた。
「よかったな、ケイティ。よく耐えた」
「お父さま、ありがとう!」
ケイティは嬉しそうに微笑む。そして、レイチェルに向き直った。
「お姉さまも何か言うことはないの?」
「そうね……これからは軽挙妄動は慎むことね」
レイチェルが素っ気なく答えると、ケイティは頬を膨らませた。
「なによ、お姉さまったら冷たいんだから! かわいそうな私にもっと優しくしてくれないと駄目なのに!」
「そうだ、レイチェル。お前は冷たすぎる! 妹の謹慎が解けたというのに、喜びもしないのか!?」
父からも責められて、レイチェルはため息をついた。
「そもそも、ケイティの自業自得でしょう。むしろ、減刑を願って働きかけた私に感謝してほしいものですわ」
「そうやってすぐに己の手柄を誇示しようとするところも、可愛げがない! 女の分際で生意気な!」
父が怒りを込めて怒鳴る。しかし、レイチェルは無視して食事を続けた。
継母マイラはおろおろしているばかりだ。
兄ジェイクは冷めた目で父とケイティを見ただけで、何も言わない。
「お前がそのように高慢な女だから、王太子殿下のお心も離れたのだ!」
「っ、それは!」
突然、ケイティが叫ぶ。その瞳には涙が浮かんでいた。
「お父さま、お姉さまをそれ以上責めないで……殿下がお姉さまではなく私を選んだのは、私が可愛いから仕方がないんだもの……」
「ケイティ、そうだ。お前は悪くないぞ」
父は優しい眼差しで娘を見つめ、そっと頭を撫でた。
「ああ、ケイティ。お前は本当に優しくていい子だ」
ケイティは父にすがりつくように抱きつき、泣き始めた。
レイチェルはうんざりしながらその様子を眺める。
魅了の効果が切れても、父がケイティを贔屓する態度は変わらない。むしろ、今まで以上に溺愛しているようだ。
ケイティもそれを当然のように受け入れている。
もしケイティがもっとまともだったなら、小説に登場しないカーティスについて相談することもできたかもしれない。
結界についても、話し合うことができただろう。
しかし、今のケイティにそんなことができるはずもない。
「あの……ケイティ。あなたはもっと立場をわきまえ……」
「お母さま! 私だってリグスーン家の令嬢なのよ! お母さまは公爵夫人なんだから、もっと胸を張っていてよ!」
マイラが注意しようとすると、ケイティが非難するような声を上げた。
「そ、それは……」
マイラはぐっと言葉に詰まり、悲しそうに俯いた。
「そういうところよ! もっと堂々していてもらわないと、私が惨めになるんだから!」
「ケイティ、もうやめなさい」
さすがに見かねたレイチェルが口を挟むと、ケイティはキッとこちらを睨み付けた。
「お姉さまには関係ないでしょ!」
「少し落ち着きなさい。リグスーン家の令嬢というのなら、なおさら人前で取り乱すものではないわ」
「なによ、偉そうに!」
ケイティはレイチェルの言葉など聞く気がないようだ。
つかみかからんばかりの勢いで身を乗り出してくる。
「……うるさい」
それまで黙っていたジェイクがぼそりと呟いた。
「は……?」
ケイティが呆気に取られたようにジェイクを見る。
「うるさいと言っているんだ。こんな騒ぎを起こすような女が、リグスーン家の令嬢を名乗らないでくれ」
ジェイクは無表情のままそう言うと、席を立った。
「行こう、レイチェル」
「ええ」
レイチェルは頷き、兄と共に食堂を後にする。
残されたケイティのわめく声が、廊下を進む間もずっと聞こえていたが、振り返ることはしなかった。
「……父上も愚かだな」
しばらく歩いたところで、ジェイクが口を開いた。
「僕も魅了されていたときは、似たような態度を取っていたのかと思うと、恥ずかしくなってくるよ」
ジェイクはそう言ってため息をつく。
「あれは魅了されていたのだから、仕方がありませんわ」
「そう言ってもらえると気が楽になるよ。……だけど、父上はどうして今もケイティを溺愛しているんだろう。いや、考えてみればもともとそういう傾向はあったか」
「そうですわね……」
レイチェルが同意すると、ジェイクは苦笑した。
「王太子殿下もそうらしいね。ケイティの魅了が解けたあとも、彼女に対する態度は変わらないんだって?」
「ええ、そのようですね」
「呆れた話だ」
ジェイクはそう言って肩をすくめる。それからレイチェルに向き直った。
「いっそ、本当に王太子殿下の婚約者をケイティにしてしまったらどうだ? 王太子殿下にレイチェルはもったいない」
冗談のような口調だったが、ジェイクの瞳は真剣だった。
「それは……」
レイチェルは考え込んだ。
すでにレイチェルはカーティスの手を取った。王太子の婚約者を取り替える展開は望むところではあったが、兄にそのことを告げてもよいものだろうか。
「どうしたの? 考え込んで」
ジェイクが不思議そうに見つめてくる。その瞳には、兄らしい気遣いの色があった。幼い頃からレイチェルのことを大切に思ってくれている兄だ。
きっと、話せば力になってくれるに違いない。
それにジェイクは次期リグスーン公爵だ。彼の協力を仰ぐ必要があるとは、カーティスとも話していた。
もう少し様子を見てからにするつもりだったが、今がその機会なのかもしれない。
「あの、お兄様……」
レイチェルは意を決して口を開いた。
「ご相談したいことがございますの」
「相談?」
ジェイクは驚いたように目を見開いた。
だが、すぐに表情を引き締めると、レイチェルを促す。
「では、部屋で聞こうか」
「はい、ぜひ」
レイチェルは微笑んで頷くと、兄の後についていった。