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13.結界の綻び

 それからカーティスは頻繁にレイチェルに会いに来るようになった。

 放課後に二人でお茶を飲み、他愛のない話をする。

 王になるといった重たい話は、カーティスはあれ以来口にしなかった。

 ただ、お互いがお互いの好きなことやものを知り、互いを少しずつ知っていく日々。

 それはとても穏やかで、心地の良い時間だった。


 カーティスと共に過ごしているうちに、レイチェルは彼に惹かれていく自分を感じていた。

 だが、どうしても彼の気持ちに応えられない自分がいる。

 彼が自分を愛してくれているのと同じように、自分も彼を愛しているのかと言われると自信がない。

 やはり、世界に修正された影響で彼を愛するようになったのではないかと思ってしまうのだ。


 彼のことを想う度に、レイチェルは胸の奥が痛くなる。

 それでも、会わずにはいられなかった。


「レイチェル、来てやったぞ。ありがたく思え」


 放課後、教室でレイチェルが一人ぼんやりと考え事をしていると、突然声をかけられる。

 顔を上げると、そこにいたのは王太子グリフィンだった。

 彼はいつものように尊大な様子で、レイチェルを見下ろしていた。


「王太子殿下……」


 レイチェルは驚きながら、慌てて立ち上がる。


「何かご用でしょうか?」


「ふん、お前の作戦勝ちだと言ってやる」


 グリフィンは鼻を鳴らすと、レイチェルを睨みつけた。


「はい?」


「ケイティがいない今、ここぞとばかりに僕に会いに来るかと思ったら、来ないじゃないか。そろそろケイティの謹慎期間も終わるというのに」


「え、ええ……?」


 まさか彼がそんなことを言い出すとは思いもよらず、レイチェルは戸惑った。


「しかも、最近は研究者とよく話しているらしいな。そのような卑しい者と親しくして、僕に嫉妬させようという魂胆か?」


「いえ、あの……」


 グリフィンのあまりの言いがかりに、レイチェルは言葉がうまく出てこなかった。

 だが、グリフィンは勝手に話を続けていく。


「ふん、お前の浅知恵で嫉妬などしないからな!」


 彼は自信満々に胸を張った。

 その高慢な様子を見ていると、レイチェルも段々苛立ちを覚え始める。


「……そうですか」


 レイチェルは素っ気なく答えた。


「おい、なんだその態度は!」


 グリフィンが苛立った声を上げる。


「嫉妬したわけではないが、僕の婚約者であるお前が卑しい者と交流するなど、許しがたい。そこで、この僕が直々にお前に苦言を呈してやろうと思って来てやったのだ」


 グリフィンは得意げに言った。


「はあ……」


 レイチェルはため息をつくと、グリフィンを見つめた。


「なんだ、その目は! 性根の卑しさが滲み出ているぞ! ああ、だからこそ卑しい者と平気で親しくするのだろうよ。お前は最低だな!」


 グリフィンは大声で捲し立てる。

 レイチェルはうんざりした気持ちで彼を見つめる。


「ご用件はそれだけですか?」


「ああ、そうだ」


 グリフィンは自信満々に答えた。レイチェルはまたため息をつく。


「そうですか……では、お帰りください」


 レイチェルがはっきりと告げると、グリフィンの顔が赤く染まる。


「なんだと!」


 彼は怒りの声を上げ、レイチェルを睨みつけた。


「お前! この僕を誰だと思っているのだ!?」


 拳を握り締めながら、グリフィンは叫ぶ。


「王太子殿下ですが?」


 レイチェルが淡々と答えると、彼はさらに怒りを募らせたようだった。


「きさま……っ!」


 グリフィンはレイチェルに詰め寄ろうとするが、その瞬間、彼の腕を掴む者がいた。


「暴力は感心しないな」


 カーティスだった。彼は穏やかな笑みを浮かべていたが、その瞳の奥には冷ややかな光が見える。


「なんだ貴様は! 卑しい研究者風情が、王太子である僕に触れるな!」


 グリフィンはカーティスを振り払おうとしたが、びくともしなかった。


「おや、叔父の顔を忘れてしまったか。これは悲しい」


 カーティスはわざとらしくため息をつくと、グリフィンの耳元で囁く。


「な……っ」


 グリフィンは動揺したように目を見開いた。それから、カーティスの顔を見つめる。


「そんな……カーティス叔父上、なぜここに……?」


 グリフィンは困惑と恐怖が入り交じった表情で呟いた。


「私は研究者だからな。ああ、卑しい者とは口も利きたくないか?」


 カーティスは冷ややかな笑みを崩さずに告げる。


「い、いえ……叔父上に対してそのようなことは決して……」


「ならいい。だが、むやみに他者を蔑むような真似はやめなさい。高貴な血を継ぐ者なら、人を思いやる心を持つことだ」


 カーティスは厳しい口調で続けた。


「はい……申し訳ありません……」


 グリフィンは俯きながら謝罪の言葉を口にする。

 その様子はまるで母親に叱られた子どものようで、普段の傲慢な彼からは想像もつかないほどしおらしい態度だった。


 あまりの変わりようにレイチェルは驚く。

 ただ、考えればグリフィンは王家の血を引くことを誇りにし、それに固執していたところがある。

 カーティスは最も正統な王家の血筋の持ち主なのだ。

 その彼に蔑まれるのは、グリフィンにとって耐えがたいことなのかもしれない。


「わかればよろしい」


 カーティスが微笑むと、グリフィンの腕を離す。

 それから彼はレイチェルに視線を向けた。


「大丈夫かい?」


 優しく尋ねられ、レイチェルは小さく頷く。


「はい……」


「ならよかった」


 カーティスはほっとした様子で微笑むと、グリフィンに視線を向ける。


「レイチェル嬢とは、ここのところ研究のことで話し合う機会が多くてね。彼女は未来の王妃として、結界に関する知識を深めているんだ。よければ、王太子殿下も参加なさってはいかがかな?」


 カーティスの言葉に、グリフィンの顔が引きつった。


「え、遠慮します! 僕は忙しいのです!」


 グリフィンは慌てて否定すると、逃げるように教室を出て行った。

 その後ろ姿を見送った後、カーティスはレイチェルに向き直る。


「大丈夫だったかい?」


「ええ……ありがとうございます」


 レイチェルが頭を下げると、カーティスはほっとしたように微笑んだ。


「きみが無事でよかった。……それにしても、やはりあれではこの国の未来が危ない。この国を守護する結界は綻びつつあるというのに」


 カーティスは険しい表情で呟く。


「え……?」


 レイチェルは思わず聞き返した。

 小説では、グリフィンとケイティが臨んだ儀式が失敗して、結界が崩壊する。

 だから結界が綻びつつあるというのは納得なのだが、それをカーティスが把握しているというのは意外だった。

 しかし、彼が結界の崩壊を食い止めるための存在なのだとすれば、それも当然のことなのかもしれない。


「ああ……つい結界の話を持ち出してしまったが、そういえばきみも結界について調べていたようだったな」


 以前、図書室で二人が会ったとき、同じ本を取ろうとした。そのことを思い出したのだろう。

 カーティスは苦笑しながら言った。


「はい……あの、カーティスさまも結界について調べていらっしゃるのですか?」


 レイチェルが尋ねると、カーティスは頷く。


「ああ、そうだ。本当はこういう話は、まだ後回しにしたかったのだが……やはり話さないわけにはいかないな」


 カーティスは決意を込めた眼差しで、レイチェルを見つめた。

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