表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/44

12.世界の修正

「私はきみを心から愛している。この想いだけは、他の誰にも負けはしない」


 カーティスはレイチェルの手を引き寄せ、その指先に口付ける。


「っ……」


 レイチェルは反射的に手を引こうとするが、カーティスはしっかりと手を掴んで離そうとしない。


「だから……」


 カーティスは真剣な眼差しのまま、言葉を続ける。


「私を選んでくれ」


 彼のその眼差しに、言葉に、レイチェルの鼓動が大きく跳ね上がる。

 彼に見つめられるだけで顔が熱くなり、頭がくらくらとしてくる。

 こんなことは今まで経験したことがない。


 カーティスの申し出は、レイチェルの目的と合致しているはずだ。

 彼が次期国王となり、レイチェルがその妃となれば丸く収まるとは、レイチェル自身が考えたことだった。

 かつて王太子グリフィンとの婚約が決まったときも、役目だからとただ受け入れた。

 だから、目的のためにカーティスと結婚するのだって、同じようなものだろうと思っていたのだ。


 それなのに、全然違う。

 頭が上手く働かない。

 彼に見つめられるたびに、胸が苦しくなる。


「カーティスさま……」


 レイチェルは戸惑いの声を上げることしかできない。

 すると、カーティスは苦笑した。


「……すまない。少々性急だったな」


 カーティスはそっとレイチェルの手を離した。

 離れていく温もりが名残惜しいと感じてしまい、レイチェルは戸惑う。


「私はきみを愛しているが、きみはきっと私のことをよく知らないだろう。それに……私のことで不安に思っていることがあるようだしな」


 カーティスの言葉に、レイチェルははっとする。

 確かに、彼に対して疑問を抱いているのは間違いない。

 だが、それをカーティスが察しているとは思わなかった。


「まずお互いのことをよく知っていこう」


 優しくそう言って、カーティスは微笑む。

 その声で、強張っていたレイチェルの心がほどけていく。


「まだ時間はあるだろう? まずは、そうだな……きみの好きなものを教えてくれないか?」


 彼はテーブルに置いてあったクッキーを手に取りながら告げる。

 彼の大きな手で持たれると、小さなクッキーがとても小さく見えた。

 そんな可愛らしい菓子を美味しそうに頬張るカーティスを見て、レイチェルは思わずくすりと笑う。


「ふふ……、カーティスさまはとても可愛らしい方なのですね」


 その言葉に、カーティスは驚いたように目を見開いた。そして、照れ臭そうに頭を掻く。


「私にそんなことを言うのはきみくらいだな」


 カーティスは苦笑しながら、クッキーをもうひとつ手に取った。


「ほら、きみも食べたまえ」


「あ……」


 カーティスはレイチェルの唇にクッキーを押し当てる。

 その感触にどきりとしながら、レイチェルは唇を開いた。すると、そのまま口の中へクッキーが入れられる。

 さくりとした食感と共に、優しい甘さが口の中に広がる。


「美味しいだろう?」


 カーティスは満面の笑みを浮かべていた。

 その表情を見ると、レイチェルも自然と笑みが零れる。


「はい……とても」


 レイチェルはこくりと頷く。


「懐かしいな……」


 カーティスは遠くを見つめるような眼差しを浮かべる。


「再び、こうしてきみと過ごせるなんて……まるで夢のようだ」


 彼は微かに頬を染め、潤んだ瞳でレイチェルを見つめる。

 その瞳に見つめられると、レイチェルの胸はきゅっと締め付けられるような痛みを覚えた。

 どうしてなのか、自分でもよくわからない。

 ただ、カーティスのその眼差しはレイチェルを落ち着かない気持ちにさせた。


「そ……その、カーティスさまは、本気で王になるおつもりなんですか……?」


 レイチェルは戸惑いながら尋ねる。


「ああ、そのつもりだ」


 カーティスは間髪をいれずに答えた。

 迷いのない瞳に見つめられて、レイチェルは気圧される。


「……そのようなことを、はっきりと私に言ってしまってもよろしいのですか……?」


 思わずそう尋ねると、カーティスは不思議そうな顔をした。


「何か問題でも?」


「……私は王太子殿下の婚約者ですよ。あなたが王位を狙っていると誰かに漏らしたとすれば……」


「漏らすつもりか?」


「い、いいえ……」


 カーティスに問われて、レイチェルは首を横に振った。


「ふふ……きみは素直だな」


 カーティスは楽しげに笑った。


「私が王にふさわしくないと思うのなら、正直にそう告げてくれればいい。私を断頭台に送るのがきみなら、私は喜んで受け入れる」


 カーティスはさらりと告げる。


「え……?」


 レイチェルはその言葉に思わず瞬きをする。

 まさか彼がそこまで考えていたなんて思わなかった。


「私はきみと共に歩む未来以外は望んでいない」


 カーティスは、まっすぐにレイチェルを見つめながら、きっぱりと告げる。

 その迷いのない眼差しに、レイチェルはめまいのようなものを覚えた。

 こうも強く求められ、一途に想いを寄せられるなんて初めてのことだ。

 レイチェルは戸惑い、動揺する。


「どうして……ですか?」


 思わずレイチェルは尋ねた。

 すると、彼は微かに目を細める。


「……きみが覚えていないことはわかっている。だが、私は……もう二度ときみを失いたくないんだ。そのためなら、何だってする」


 カーティスの声は微かに震えている。

 彼は苦しげに眉根を寄せていた。


「あ……」


 彼の表情を見て、レイチェルは何かを思い出しそうになった。

 だが、それは一瞬のことで、すぐに頭の中から消えてしまう。


「すまない」


 カーティスは苦笑すると、レイチェルを安心させるように微笑む。


「きみを困らせるつもりはないんだ。ただ、知っておいてほしかった。私は本気だということを」


 彼の言葉に、レイチェルは戸惑いながらも頷くことしかできなかった。


「さて……この話はここまでにしようか」


 カーティスは明るい声で言うと、レイチェルの髪を撫でる。


「お茶も冷めてしまったな。淹れ直してこよう」


 彼はそう言って立ち上がった。


「カーティスさま、私も……」


 レイチェルも慌てて立ち上がろうとすると、カーティスが制する。


「きみは座っていなさい」


 彼は優しく微笑み、台所へ向かった。

 レイチェルはその後ろ姿を見送りながら、ぼんやりとしていた。

 先ほどのカーティスの眼差しが、頭から離れない。

 彼が本気でレイチェルを愛しているということを感じて、胸が締め付けられる。


 だが、それは本当に彼自身の気持ちなのだろうか。

 カーティスは小説には登場せず、おそらく世界が修正した影響で現れた存在だ。

 仮に幼い頃、本当に結婚の約束をした仲だったとしても、それからずっと会っていないのだ。想いなど風化するもので、いつまでも燃え上がっているなどありえない。

 やはり彼の気持ちも、世界によって植え付けられたものと考えるのが妥当だ。

 そんなことを考えて、レイチェルはそっとため息をつく。


「どうした?」


 いつの間にか戻ってきたカーティスが、レイチェルの前にティーカップを置く。


「い、いえ……」


 レイチェルは慌てて首を振る。


「そうか」


 カーティスは小さく微笑むと、再びソファに腰掛けた。

 そして、静かにティーカップに口をつける。

 その横顔を眺めていると、また鼓動が速くなっていく。


 レイチェルはそっと胸に手を当てる。

 どうしてこんな気持ちになるのだろう。

 この気持ちも、世界が修正した結果なのだろうか。

 そう考えて、レイチェルは胸が苦しくなるのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆新連載◆
虐げられ令嬢、辺境の色ボケ老人の後妻になるはずが、美貌の辺境伯さまに溺愛されるなんて聞いていません!

2/29より配信開始しました。こちらもよろしくお願いいたします。
『無能と蔑まれた令嬢は婚約破棄され、辺境の聖女と呼ばれる~傲慢な婚約者を捨て、護衛騎士と幸せになります~』
【コミカライズ】
#無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる

【電子書籍】
1巻
2巻
無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる1   無能令嬢は辺境の聖女と呼ばれる2
script?guid=on
― 新着の感想 ―
まだ婚約者のいる状況なのに別の男性と2人きりになっちゃうんだと思ってしまった 殿下が自分の手でクッキー食べさせるのもなんかちょっとだし、レイチェルも食べちゃうんだ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ