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01.浮気現場

「僕が本当に愛しているのはきみだけだよ。婚約者なんて、古いしきたりで勝手に決められただけの、つまらない女だ。あんな奴、こっちから婚約を破棄してやるさ」


「まあ……そんなこと、お姉さまに悪いわ……」


「気にしなくていいんだよ。僕は王太子だ。その僕に逆らうなんて、あり得ないさ。それにきみだって、リグスーン公爵家の令嬢じゃないか。王太子妃になる資格はあるんだからね」


「でも……お姉さまはきっと、もっと私をいじめるわ……今でさえ嫌がらせを……受けているのに……怖いわ……」


「きみをいじめるなんて、なんてひどい奴なんだ。ますます、許せないな。大丈夫だよ。僕が守ってあげるからね」


「ありがとうございます……」


 うっとりと見つめ合う男女を物陰から眺め、レイチェルは唇を噛みしめた。

 風に吹かれてプラチナブロンドの髪が顔にかかる。青紫色の目を細めて髪をかき上げると、レイチェルは再び二人に視線を向けた。


 学園の庭で、白昼堂々と人目を気にせずいちゃついているのは、この国の王太子グリフィンと、レイチェルの妹ケイティである。

 ピンクブロンドがふわふわ揺れるケイティは、大きな水色の瞳を潤ませて、頬を朱に染めている。それを優しく見つめ返すのは、金髪碧眼のグリフィンだ。


 婚約者と妹が浮気をしていることは、薄々気づいていた。

 だが、まさかここまで堂々としているとは思わなかった。

 しかも、レイチェルとの婚約破棄まで口にしたのだ。それも、レイチェルがケイティをいじめているという嘘を鵜呑みにして。

 悔しさと腹立たしさがこみ上げてくる。

 こんな男のために自分は今まで努力してきたのかと思うと、情けなかった。


 そもそも、しきたりによって定められた婚約だった。

 恋愛感情などあったわけではない。しかし、幼い頃からの付き合いなので、情くらいはわく。

 いずれ国王となる彼を支えられるよう、レイチェルなりに頑張ってきたつもりだ。

 グリフィンもこれまでは、レイチェルのことをそれなりに大事にしてくれていた。

 けれど今、彼の関心はすべて、妹のケイティに移っている。


 妹のケイティはもともと、父の愛人の娘だった。レイチェルとは数か月しか誕生日が違わず、学年も一緒だ。二人とも、今年で十六歳になる。

 母が亡くなってから、父は愛人を後妻として迎えた。そしてケイティも公爵令嬢として迎え入れられ、二人は姉妹になったのだ。


「愛しているよ、僕のケイティ。きみ以外を妃になんて考えられない」


「嬉しいわ……お姉さまよりも、私のほうが可愛いでしょう?」


「もちろんさ。きみは世界一可愛いよ」


「ありがとうございます、殿下……」


 甘ったるいやりとりを聞きながら、レイチェルは拳を握った。

 これ以上見ていられない。気分が悪くなったので、今日はもう家に帰ってしまおう。

 レイチェルは気づかれないように踵を返し、その場を後にした。




 自宅に戻ったレイチェルは、腹立たしさのあまり、つい早足で廊下を歩いていた。

 すると、父にばったり出くわしてしまったので、慌てて挨拶をする。


「ただいま戻りました、お父さま」


「ああ」


 素っ気ない返事をして、父は通り過ぎようとする。その背中に向かって、レイチェルは父を呼び止めた。


「お父さま!」


「……なんだ?」


 振り返った父が不機嫌そうにこちらを見る。

 だが怯むわけにはいかない。ここで言わなければ。


「あの、お話があるんです」


「くだらん用件なら聞かんぞ」


「えっと……実は先ほど学園の庭で……」


 言いかけたところで、父が大きくため息をつく。


「学園での出来事くらい、自分で処理しろ。少しはケイティを見習え。学園で首席を取ったからといって調子に乗っているようだが、女の分際で何を勘違いしている。男を立てることもできない愚か者が、偉そうなことを言うな」


 それだけ言うと、父は足早に立ち去ってしまった。

 レイチェルはその背中を見送ることしかできなかった。

 以前は優秀だと褒めてくれることもあったのに、最近になって急に冷たくされるようになった気がする。

 一体なぜだろうか。不思議だったが、考えてもわからない。


「レイチェル? どうした、浮かない様子だが」


 不意に声をかけられて顔を上げると、そこには兄の姿があった。

 レイチェルと同じく、プラチナブロンドに青紫色の瞳を持つ兄のジェイクだ。彼は学園の三年生であり、レイチェルの二つ年上である。

 学園では生徒会に所属しているので忙しいはずなのに、こうしてよく声をかけてくれる。優しい兄だ。


「お兄さま……」


「父上と何かあったのか?」


「いえ……なんでもありません」


 心配そうに見つめられて、レイチェルは慌てて首を横に振った。

 すると、ジェイクは目を細めて、レイチェルの頭を撫でてくれた。


「無理をすることはない。もしつらいことがあったら、いつでも相談に乗るから」


「はい……」


 優しくされて、思わず涙が出そうになる。

 だが、まだ泣くことはできない。

 自分の気持ちを落ち着かせるために深呼吸してから、レイチェルは口を開いた。


「あの、お兄様に相談したいことがあるのですが……」


「何だい?」


「実は、学園の庭でグリフィン殿下とケイティが……」


 事情を説明すると、ジェイクは納得したように頷いた。


「なるほど。それは確かに許せないことだね。でも、仕方がないんじゃないか?」


「えっ……」


 意外な言葉に驚いて、レイチェルは目を大きく開いた。


「ケイティは可愛いからね。殿下が夢中になるのもわかるよ」


「え、お兄さま……何を言って……」


 レイチェルは唖然として、ジェイクの顔を見た。

 だが、彼はいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべている。

 これまでジェイクはケイティのことを、あまり良く思っていなかったはずだ。

 表面上は礼儀正しく接していたが、父の愛人の娘など公爵家の令嬢とは認めないと、はっきり言っていたのを聞いたこともある。


 それなのに、今はまるで反対の態度を取っている。

 これはどういうことだろう。

 戸惑っていると、ジェイクはさらに続けた。


「ケイティもリグスーン公爵家の娘だからね。殿下が婚約者の妹に手を出すというのは、あまり誉められた行為ではないけれど、まあ、今回は大目に見てもいいんじゃないのかな?」


「そ、そんな……」


 レイチェルは絶句した。

 どうしてこんなことになったのか、理解ができない。

 呆然としているうちに、ジェイクは行ってしまう。


「じゃあ、僕は行くよ。また明日、学園で会おう」


「は、はい……」


 レイチェルはなんとか返事をしたが、それ以上は何も考えられなかった。

 しばらくその場で立ち尽くしていると、今度は別の人物が近づいてくるのに気づいた。


「あら、お姉さま。こんなところで突っ立って、どうかなさったの?」


「ケイティ……」


 現れたのは妹のケイティだ。

 彼女は可愛らしい仕草で小首を傾げた。


「もしかして、お父さまとお話をしていたのかしら? それともお兄さま? どちらにしても、おかわいそうなお姉さま。ごめんなさいね、私が可愛くて嫉妬してしまうわよね」


 そう言うと、ケイティはくすりと笑う。


「でも、私は悪くないのよ。だって、この世界は私のためにあるものですもの。お姉さまはただ、私の引き立て役になってくれればいいの」


「ケイティ……あなた、何を言っているの?」


「実はね……この世界を作ったのは私なのよ」


「え……?」


 レイチェルは耳を疑った。

 今、なんて言ったのだろうか。

 混乱するレイチェルを見て、ケイティは楽しそうに語り始めた。


「私には前世の記憶があるのよ。前の世界で私は、小説を書いていたの。そしてその物語の主人公に転生したのが私なの。いわばこの世界の創造主ね」


「なんですって……」


 レイチェルは驚きすぎて、何も言えない。

 そんなことはあり得ないと思うが、目の前にいる妹は冗談を言っているようには見えない。


「信じられないという顔をしてるわね。無理もないけど、本当なのよ」


「まさか……」


「信じたくないならそれでいいわ。だけど、事実は変えられないもの」


 ケイティは余裕たっぷりに微笑む。

 その表情は自信に満ちあふれていた。


「とにかく、そういうわけで、私は主人公になったの。悪役のお姉さまはさっさと退場してもらうから、覚悟していてね」


 そう告げると、ケイティは軽やかな足取りで去っていく。

 その腕に輝く銀色の腕輪が、きらりと光を放ったように見えた。

 一人残されたレイチェルは、呆然としたまま動けずにいた。


「うぅ……頭が……」


 そのとき、突然頭痛に襲われて、レイチェルは頭を抱えた。


「なに、これ……」


 痛みはすぐに治まったが、頭の中に記憶が流れ込んできて、レイチェルはくらむような感覚を覚えた。


「そうだわ、思い出した……」


 唐突に、すべてを思い出したのだ。

 自分にも前世がある。それも日本で暮らしていたという、確かな記憶だ。

 先ほどのケイティの荒唐無稽な言葉が、本当のことだったのだとわかる。


 しかし──


「……何が、創造主よ。その小説を書いたのは、私よ。あんたは、盗んだだけじゃない。しかも、勝手に投稿サイトに載せたりして……」


 怒りが込み上げてきて、レイチェルは拳を握った。

 妹は前世のレイチェルが書いたものに、わずかに手を加えて投稿しただけだ。

 それなのに、あたかも自分の手柄のように吹聴するなんて、あまりにも身勝手で傲慢すぎる。


「許せない……」


 吐き捨てるように呟くと、レイチェルは自室に向かって歩き出した。

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