37・未来と破滅の輪舞:剥
「「タイショウヘの当機カラの負傷ナシ……第三撃をケントウ」」
「がはっ……!」
フラクは床に膝をついて吐血していた。
花嫁の攻撃はどうにか回避できたが、全身を襲う激痛に視界が歪む。
「「対象ノ内部に高エネルギー反応をカンソク……自壊プロセスがシンコウ? ……意図、フメイ」」
花嫁はフラクを見据え、黒い剣を躰の横に構える。
フラクの体内でナニかこちらの予測不可能な事象が発生している。
しかし目の前の相手は喀血し戦闘能力が先ほどよりも数段落ちている。
「「脅威度の再測定……実行――実行、中断」」
しかし、花嫁は相手の脅威度を現状のまま維持する選択を執った。
神剣の使い手を前に、半端な性能で挑めばどうなるか。
かつてのジブンはそれでこの研究施設に封印されることになったのだ。
自分の能力を完全稼働させて目の前の脅威を沈める。
「「ふフふ……」」
花嫁が嗤った。
先程までの無機質な表情と打って変わり、嗜虐的な笑みが張り付いていた。
「「だいじょうぶ、デスカ~? 動きガ、ニブクなってますヨ?」」
フラクは殺到する呪形者を躱し、斬り、その度に、
「あ、がっ――」
血を吐き出す。
それでも剣を手放すことなく、この圧倒的不利な状況で呪形者を切り伏せる胆力は驚嘆に値する。
が、どれだけフラクが優れた武霊契約者であろうと、『生身のひと』である限り必ずどこかで底が見えてくる。
加えて、何が起きているのかは不明だがフラクは確実に躰の内側で異常が発生している。
「「アレだけノ物量にオサレてナオ、私/ワタシにキズをツケタあなたは、タシカに優秀ナ武霊契約者デスが――」」
音の割れた声が響き、花嫁はフラクに黒い剣の切っ先を突き付ける。
「「ケッカは変わりマセン――形態変異」」
途端、黒い剣はぐにゃりと形を崩し、触手のように花嫁の躰を這い回り始める。
それはカノジョの背に、腕に収束し、巨大な刃のついた長大な尾と、凶悪な形状のかぎ爪を備えた手甲へと変化した。
「「――再構築――白兵戦プログラム――更新」」
機械的な口調を紡ぎ、
「「さぁ――ズタズタに、シテアゲマショウ!」」
オンナの殺意が音となる。
「ぐぅ!!」
フラクは脚に力を込めて剣を構える。
相手の形状から繰り出される攻撃を予測し、動体視力を全力稼働させて動きに対処する。
「「フッ――!!」」
花嫁が跳躍し、宙で一回転。
黒い刃のついた尾をフラクへ叩きつけてきた。
「っ――」
間一髪。フラクは攻撃を躱すも、衝撃波で体勢を崩された。
しかし花嫁の動きは流れるように次の動作へと移る。
腰を捻り、距離の離れたフラクに尾を振るい、例の黒い杭をばら撒いて攻撃してきた。
近距離から即座の中距離攻撃。
黒い泥……変異触媒に一切触れることが許されない現状、フラクは相手に近付く術がなく、攻撃を回避する以外の選択肢がない。
加えて、躰が異常に重い。
脚を一歩踏み出すだけで全身がバラバラに砕けてしまいそうだ。
「「動きガにぶいデスよ! ――捜査権放棄――全自動モードに変更」」
花嫁はフラクに肉薄しながら、呪形者の操作に割り当てていた機能を停止、その代わりに、花嫁の尾と手甲が巨大化し、間合いが1.5倍に拡張される。
「ごほっ……くぅ!!」
口の端から血を流しながら、フラクはバチリ、バチリと爆ぜる神経を強引に肉体の稼働に酷使。
耳の穴から血が流れ、音が聞き取りづらくなる。
視界も赤く染まり始め、血が涙のように頬を伝った。
壊れるコワレルこわれる壊れるコワレルこわれる壊れるコワレルこわれる――
フラクの躰が内側から確実に破壊されていた。
「「シッ――!!」」
花嫁の爪がフラクの制服を掠める。
「「ハッ――!!」」
尾の先に伸びた刃がフラクの髪をひと房斬り飛ばす。
「こ、の!!」
加えて、剣技の冴えが失われた呪形者の群れの突進さえも躱し、隙を見て聖霊結晶を叩き込んで核を破壊する。
――マダ、カ……
フラクは既に、ほぼ感覚だけで花嫁の攻撃を躱し、呪形者を切り伏せていた。
先程まで感じていた全身を襲う激痛も既に遠く、フラクは半分以上意識を手放しているような状態だった。
それは、あまりにも凄惨であり、あまりにも常軌を逸していた。
花嫁の攻撃はエンティのそれに引けを取らないほど苛烈に、あるいはそれ以上の勢いでフラクに連撃を仕掛け、着実に追い詰めていく。
紙一重に攻撃を躱し、制服は既にボロボロ。
呼吸するたびに口から血がこぼれ、限界までの時間が刻一刻と迫っていく。
――マダ、か。
「「粘リますネ……ソレホドまでに、あのニクカイがタイセツですか?」」
攻撃の手を止めた花嫁が、部屋を覆う黒い触手を蠢かせて二人の少女を締め上げさせる。
「「もう、タスカラナイ命なのに、マダ助けルつもりでイルの?」」
「――――っ!!」
フラクは迫る呪形者を蹴り飛ばし、花嫁に向けて聖霊結晶を投げつけた。
正確に頭部に放たれた結晶は、カノジョの尾によってあっさりを弾かれる。
しかし、その瞬間、ほんの刹那に触手の操作が途切れてエンティたちの拘束が緩んだ。
「アタリ前のコトを、キクナ……」
俺タチは……
「全員デ、イキテ帰る!!」
「「ジツにキレイなココロですね……ホント、くだらない」」
花嫁の背中から無数の黒い触手があふれ出し、周囲の呪形者を串刺しにした。
すると、呪形者は手に持った剣ごと肉体をドロドロに溶かされ、触手に吸収される。
「「――アナタは、シすらナマヌるいリョウジョクを与エテあげる!!」」
吸収した呪形者の肉体を構成していたナノマシンが花嫁に集まり、その下半身は黒い泥に取り込まれ無数の触手の塊へと変貌。
しかしその一本いっぽんにひとを簡単に両断できそうなほどの巨大な刃がついている。
花嫁の腕も触手の群れに飲み込まれる。
すると、目測で3mはくだらない巨大なかぎ爪のついた腕が四本生えてきた。
腕はまるで四足獣のように触手の塊を支え、その上にオンナの躰が映えているような醜悪な外見へと変貌した。
「「――クツジョクてきニ抱いてアゲル」」
「――――――――――――――――――ッ」
それは、これまでの比ではない、圧倒的な密度と苛烈な、暴虐の乱舞だった。
黒い触手はフラクの四方を囲うように縦横無尽に暴れまわり、加えてその全てから杭が発射される。
既に意識さえ曖昧なフラクに迫る暴威の嵐。
――ウケルナ、避けろ! 避けろ! ヨケロ!!!
それは、美しさなど微塵もない、あまりにも無様な有様だった。
フラクは己の躰が動く限界まで手足を酷使。
文字通り血反吐を吐き、視界はもはや色を失い、音は遠く感覚は鈍い。
およそ立っていることさえ不可能と負わせる痛々しい姿を晒してなお、フラクは諦めない。
――ゼッタイに、
ここにいる全員で――
「生きて帰るんだ!!!」
その叫びと同時に、フラクの背後に迫っていた一本の触手が迫り、
「がはっ……!!」
その胸を、背中から貫いた。
・・・
暗い……意識が曖昧だ。
それでも、聞こえる。
戦いの音が、あのひとが剣を振るう、その声が。
……フラ、ク。
アリスの意識が、わずかに浮上する。
ぼやける視界に、愛しいひとの戦う姿が映り込む。
……わたくし、も……加勢、に……
咄嗟に、剣を手に取ろうと腕を動かす。
しかし、
「あ、っ……ぐぅ……」
途端、まるで焼けた鉄を流し込まれたかのような激痛に襲われた。
動かない。体のどこも、まんぞくに動く場所がない。
なぜ?
痛みに苦悶を漏らし、それでもアリスはフラクの下へ駆けつけようともがく。
「い、ぎぃ……う、ぐぅ……」
……うごいて、ください……わたくしの、体。
自分は、あのひとの隣に立ちたくて、研鑽を積んでいたのではないのか? それなのに、また自分はこんなところで、カレが傷付くのを見ているだけなのか?
それでは、あの時と同じ……フラクが死んだ、あの日と同じではないか。
あの時、自分はなにもできなかった。
同い年の少年が、圧倒的な力を持つ相手に果敢に挑んでいる時、自分はなにをしていた?
ただ、震えていただけだ。
許せなかった、後悔した、憎悪した、蔑み殺意さえ湧いた。
なのに、また繰り返すのか?
そう、思うのに……
「フラク……わたくし、は……」
なにも、できない。
見えていた。
フラクがボロボロになりながらも、懸命に戦うその姿が。
見えていた。
どれだけ追い詰められても、どれだけ無様に這いつくばろうと、決して諦めることなく、剣を振り続ける姿を。
触手に拘束された腕を、懸命に伸ばす。
その時、
「アタリ前のコトを、キクナ……俺タチは……全員デ、イキテ帰る!!」
フラクの声が耳に届いた。
アリスの瞳から、涙があふれた。
フラクは、自分たちのために命を賭けて戦っている。
……ああ、やはりあなたは、
わたくしの憧れで、どこまでも焦がれてやまない、
最愛の武霊契約者ですわ……
霞む視界。状況は最悪。それでも、アリスはフラクから目を放さない。
しかし、
彼女の視界は、それを捉えてしまった。
「あ……ぁ、ああ……」
フラクが、背中から無残に胸を貫かれる、その瞬間を……
「……ごめ……なさい……」
己の無力感に全身を支配され、アリスの前進から完全に力が抜ける。
終わりの時を目にし、瞳から僅かな精気さえも失われていく中、その音がアリスの鼓膜を震わせた。
「「ふ、ふふふふ……あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!!!!!!」」
耳障りな勝鬨の嗤い。
ひび割れたオンナの嗤いは、部屋を埋め尽くし、歓喜するかのように部屋中の黒い触手たちが脈打った。
「「サァ、さぁさぁさぁサァサァサァサァ!!!」」
――このオンナのリョウジョクをハジメヨウ!!!!
もはや異形と化したオンナは、串刺しにしたフラクの衣服を剥ぎ取り、貫いた上半身を剥き出しにする。
……やめ、て。
アリスの顔が歪む。
なぜ、もう限りなくフラクは死の淵にいる。
だというのに、これ以上なにを弄ぼうというのだ。
オンナの触手がフラクの乳房を乱暴に締め上げる。
フラクは口から大量の血を吐き、自分も相手も赤く染める。
「やめ、て……」
嬲りたいなら自分にしろ。そのひとに、その汚い手で触れるな!
「や、め……」
しかし、アリスの声は届かない。
黒いオンナにも、フラクにも……
誰か……
――タスケテ。
視界も意識も希望も全てが黒に染まり始める。
その闇の中、
『――置換完了したわ!! 重複契約最適化も完了よ!!!』
『――ナノマテリアルボディの相互干渉エラー3%未満!! ナノマシン操作権限を疑似コアに移植、完了しました!!!』
『――生命維持フル稼働!! 対変異触媒ナノマシンをアップデートするわ!!』
『――オリジナルコア排出!! ――神剣:不落――再起動!!!』
二人の、ジョセイの声が、響いた。
直後、フラクを貫いていた触手がボロボロと崩れ、カノジョの体が白と黒の光に包まれた。




