表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/13

殺人

 俺は夢を見ていた。

 いや、これは金縛りというやつかもしれない。


 50代の男がこの部屋で笑っていて、女たちに宝石をばら撒いている。

 それにそれぞれの部屋には傷だらけの女が閉じ込められていて、一人一人の様子を男が確認している。

 鉄扉につけられた覗き見用の小窓を開けて、ニタニタと笑っている。


 そして、女たちの反応は様々で睨め付けていたり、愛想を振りまいてみたり、力なく壁を見つめていたり。


 ハッキリ言って、気持ちの悪い夢。

 だが、なるほどなるほど。


 これはもしや、霊媒師系探偵の異能の発言‼


 ——なんて思う筈がない。


 最後の女なんて、どこからどう見ても麗神エイルの見た目で恨めしそうにドンドンと鉄扉を殴りつけている。


 ドンドン、ドンドン、ドンドン‼


 夢の中まであんなバッチリメイクで登場だ。

 更には俺の名前まで呼びやがる。


「南出雲悠!ここを開けろ!」と言ってくる。


 ドンドン、ドンドン、ドンドン、ドンドン、ドンドン、ドンドン‼


 あぁ、これは厄介だ。

 癒されに来たはずなのに、いきなり人の死体を見せられた。

 そして、この建物の逸話を聞かされて、容疑者だと疑われたのだから、ストレス値はマックスに違いない。


 そもそも、この夢は在り得ないのだ。


 ドンドン、ドンドン、ドンドン‼


「南出雲悠!居るんだろ?ここを開けろ!」

「エイルちゃん‼ちゃんと無事⁉」


 お前がそのエイルだろ、と夢の中まで独り言を言ってしまう俺。

 ただ、そこで俺は違和感に気が付いた。

 この感覚を俺は知っていた。


 ——昨晩、どうやって寝たかを俺は覚えていない


 体が酷く重い。成程、考えれば分かる話だった。


「おい!開けろ!なんで開かないんだ‼」


 金福場士(かねふくじょうじ)が気に入っていた部屋というのは本当だろう。

 水平線から昇る朝日がとても美しい。

 ただ、昨日はほぼ水平方向から射しこむ光で、あんなにあっさり起きたのに。


「今……、何時だ……」


 もしかしたら誰かが用意していたのかもしれないし、初野貝シヤの部屋にあったのかもしれない。


「エイルさん!無事ですか‼」

「……睡眠導入剤が食べ物の方に入っていた……のか。彼女が処方されていてもおかしくない。彼女は夫を失ったばかりだ。ベンゾジアゼピン系の薬とアルコールの組み合わせ、ばったり眠ってしまう訳だ。……っていうか、なんでエイル?っていうか油断していた。いや、これは単に俺のミスか。」


 そして俺はぼやけた視界の端に奇妙なものを見つけた。

 まるで昨日の朝の再来である。


「木製バット……?」


 そうだよな。本当はこういう使い方が正しい。

 意識のない自分がそうやった?いや、あのバットがどこに保管されていたを俺は知らない。


「ちょっと待ってろ‼」


 とりあえず、ドアの向こうからの声が煩いので、彼らを黙らせる。


「エイルちゃんは‼」


 黙らせるのは無理らしい。

 だから、ふらつく足でドアまで歩いて、覚束ない手でドアノブの動きを止めているバットを取り払った。


 すると、バン‼とドアが開いて、直前の空気が切れる音がした。


「危な……。マジで意味が分からないんだが?」


 堂札だけではなく、数名が包丁やナイフを持っていた。

 その切っ先は間違いなく、俺を狙っている。


「お前こそ、何のつもりだ。そのバットを早く放り投げろ。」

「成程。俺がバットを構えているから、刃物を構えているのか。分かった。分かったから。ほら、バットを離したぞ。」


 だが、洞札は包丁を構えたままで、和藤楓と栗見ナルが部屋に入ってきた。


「エイルちゃん!」


 二人ともが彼女の名を口にしながら、金福場士お気に入りの1LDKの部屋に彼女の姿を求める。

 ただ、彼女の姿はない。今考えればこの部屋にあっても不思議はなかったが、残念ながら麗神エイルはここにはいない。

 この時の俺の思考は単純で。


「なんで俺の部屋?」

「だって、あんた!エイルちゃんのこと狙ってたじゃない‼」


 そこで俺は半眼になったが、和藤の目は白眼のまま。


「本気でそう思っているのか。昨日言ったと思うけど、俺はなぁ……」

「思うに決まってるじゃん‼あんな発言、普通の人ならしないもん‼」


 和藤がやけに食って掛かってきた。

 そして同じく、包丁を突き付けたままの堂札。

 ここに彼が加われば、昨日と同じ構図なのだが、その彼は——


「やっぱり来てしまうのか、花草。でも、残念ながらここに死体はないぞ。……って、あれ?君は……」


 俺は見間違えた。

 昨日の彼は嬉々として飛び込んできたが、彼女は真っ青な顔で飛び込んできた。

 一人称「僕」だけでなく、黒い髪まで被らせている。


「これは俺のミスではない。……あ」

「ミスだと?私が何かミスをしていると?」

「お前はキャラ付けミスだけどな。そうじゃなくて……」

「みんな!来て‼大変なの‼」


 俺の独り言が吹き飛ぶくらいの大きな声。そんな声も出せたんだなと感心してしまう。

 ただ、ここから先の彼女の発言も、やはり穏やかなものではなかった。


「花草君と菅君が刺されたの‼」


 は?

 多分、声にも出ていた。

 マジでどうなっているのか、意味が分からない。


「ど、どういうことですか‼」

「お願い!早くしないと二人が死んじゃう‼」


 堂札が聞き、佳子がそう言った。


 何を言ってんだ、こいつら‼

 多分、これも声に出ていた。


「流石にパワーワード‼佳子、場所は何処だ?クソ、俺は穏やかに生きたいのに‼」


 すると彼女はゆっくりと背を向けて、廊下を指差した。

 堂札が俺に突きつけていた包丁を降ろし、戸棚という戸棚を開けていた和藤と栗見も目を剥いた。

 そして、並んで廊下に出る。


「ちょ、お前ら刃物‼」と声が出るが、その直後に俺が紡いだ言葉は、


「悪夢の続き……かよ。」


 だった。

 お嬢様風の紫の髪、そしてドレス姿。

 ケバケバしい化粧の女が大きな笑みを浮かべて、包丁をこちらに向けている。


「エイルちゃん⁉」


 栗見がその場で崩れ落ちた後、彼女は窓枠から上方に消えていった。


「早く行かなきゃ……。行かないと剣が殺されちゃう‼」

「嘘……だろ?エイルが……?」

「僕、昨日エイルちゃんにお願いされてたの……。隣の奴が怖いから護身用に持たせてくれって……。こんな……、こんなことになるなんて……。まさかあの人が……」

「永島さん。それはもしかして……」

「佳子ちゃん!それって……」


 そこで漸く、俺の首が傾いた。


「もしかしてって何だよ。栗見ナル。」

「それは……言えない……」

「はぁ……。じゃあ、ついでに聞いておくけど、昨日シヤさんと温泉で何を喋った?普通に考えるとお前と話した後にシヤさんは死んでるんだけど。」

「違う!ウチじゃない‼話はしたけど!ウチは直ぐに出たし‼」

「別に殺したって言っているんじゃないんだけど……、まぁいいや。せめて後頭部に傷跡があったか知りたかっただけだし。」


 ホント、自分でも嫌になる悪癖。

 こんな話がポロっと口から零れてしまう。

 そりゃ、誰だって口を噤んでしまう。

 ただ、こんな会話の間にも、あの女が何かをしている可能性があったわけで。


「今はエイルちゃんでしょ!あの子が金福場士の亡霊だったなんて‼」

「亡霊って。俺の悪夢の続きかよ。どんだけ拗らせてんだ。」

「拗らせてるのは、あっちでしょ‼アタシは悪くないもん‼」


 まぁ、こんな会話をしていると皆若いから、あっという間に廊下を走り抜けるわけで。

 ただ、実はここからが問題なのだ。

 彼女が窓枠から消えたのは山を登ったから。

 そして、建物の入り口は海側にあるわけで、最短距離とはかけ離れた道を走らなければならない。


「山があっちだから、今度は建物の反対側に回るのかよ‼」


 俺の部屋は玄関の上側に近い。

 そして、東側に部屋があるから、当然東側から回った方が早い。

 ただ、俺達は西側に見つけてしまう。


「あれ、ヤバイやつだ……。下手をしたら死ん……」


 本当に踏んだり蹴ったりである。

 部屋を出て廊下を走り、そして逆方向に走り、更に反対方向に走らされるのだ。

 そこに男が倒れているのが分かる。殆ど動いていないのが分かる。


 あれがどっちなのか、ここからではまだ分からない。

 いや、そんなことはなかった。

 残り10mくらいになると、どちらかくらい分かる。

 だが、誰も言葉を出せない。

 それでも俺の悪癖は止まらない。


「菅……、マジで殺されている……」


 鈍色の髪、褐色肌の男、菅剛(かんつよし)の下には大きな血の池が出来ていた。


「最悪だ。二人目の死者が出るなんて。……マジ、癒されねぇ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ