彼女の心変わり(セルシオ視点)
「なぜだ?」
伯爵令嬢リーファの屋敷を後にしながら、俺は呟いた。
王宮の庭でした求婚。
あれは、最後の仕上げだった。
リーファが完全に俺に堕ちている、と確信したからこその求婚。
なのに。
「ごめんなさい、セルシオ様。私、あなたと結婚できません。」
人生で初めて、頭の中が真っ白になった。
(アナタトケッコンデキマセンって、yesっていう意味あったっけ?)
現実に頭が追い付かなくて、よく分からないことを考えている自覚はある。
いや、それよりも、これは非常にまずい。
今日は王宮で開かれたパーティーに来ていた。
わざわざリーファに気がある男たちに釘を刺すために、いろいろ工作して、この求婚は多くの人物が目撃している。
逃げるようにその場を去るリーファになす術もなく、俺はとりあえず全身からとんでもない殺気を放つ。
『今見たことを他言したら、ただではすまさない。』
王宮で使える魔力には限りがある。大きな魔力を使えば感知されてしまう。
記憶をいじったりはできないが、言葉を飛ばすくらいなら大丈夫。そして、俺と多少つながりのある「彼ら」ならば、これで充分だ。
必要なら、一人一人タイミングを見て記憶をいじればいい。
今は、リーファだ。
「今さら離れるなんて、許さない。」
俺だって、何も知らないリーファを騙し、心を奪うことに抵抗がなかったわけではない。
復讐の心を抑えようとしたこともある。
だが、リーファはどこまでも盲目的で、俺の発するサインに気がつかない。
偽りの愛の言葉にうっとりとし、全てを自分の都合のよいように解釈する姿に、無性にイライラした。
愛されて育ち、相手が自分を裏切ることなど想像もしていない。
その幸せな生活の裏で、苦しみ、犠牲になった母や俺のことなど、知りもしないくせに。
俺からの好意を疑わず、溺れていく姿に、理不尽だと分かっていても勝手に幻滅していく。
だから、ギリギリまで夢を見せたまま、彼女の全てを奪うことにした。
リーファがどこまで盲目的でいられるか、試してみようと、どす黒い感情で心を決めた。
それが、最後の最後で、あんな風に去るなんて。
あり得ないことが起きたせいで、屋敷に帰り、わずかな睡眠をとって目覚めると、全てが夢だったような気分になった。
(確かめなくては。俺の言動に不備はなかったはずだ。)
そう思ってリーファの屋敷を訪れたのだが。
(涙の跡?)
侍女を言いくるめて入ったリーファの寝室。
眠るリーファの頬にはうっすらと涙の跡があった。
ますます訳が分からなくて混乱する。
来るまでは、もしかしたらリーファは自分の企みなど見抜いていて、全てが演技だったのではないかとすら思っていた。
だったら、完全に敗北だ。
それはそれでいい気もしていたのに。
俺が見守るなか、リーファは夢を見ながらまた涙をにじませて、
「セルシオ様・・。」
と俺の名を呼ぶ。
目覚めてからも、パニックにはなっているが、いつものリーファだった。
ますます分からない。ならなぜ、俺の求婚を受け入れないのか。
面倒になってきて、攻め方を変えたが、涙目になりながらもリーファはかたくなだった。
挙げ句の果てには。
「だめです。セルシオ様。あなたは、私のこと、好きじゃないのにっ!」
「・・は?」
混乱する頭で整理する。
リーファは俺の求婚を拒み、キスも拒んだ。
でも、流れる涙からは、俺への好意を感じる。
なのに、断る理由は、「俺が、リーファのことをすきじゃないから」?
拗ねたり、怒ったりするのなら分かる。
そうしていたら、なだめて、言い聞かせればいい。
問題は、リーファが涙ながらに身を引こうとしているように見えることだ。
しかも、リーファはなぜか、俺の気持ちを確信している。
こんな女だっただろうか?
彼女は、俺の仮面を愛していたはずだ。こんな風に内面に切り込んでくることなんてなかった。
分からないことだらけの中、分かるのは、今、リーファが求婚を受けることはないという事実だけ。
そこで、あっさり捨ててもよかったはずなのに、緊縛の魔法をかけて、駆け引きを続けようとしたのがなぜなのか、俺にも分からない。
ただ、もうとうに失っていたはずのリーファへの興味と、微かな期待が、そこで全てを終わらせることを拒んだ。
「勝手に離れていかれたら悲しいからね。リーファ。愛してるよ。」
(そんなに簡単に逃がさないよ。)
そんな気持ちを込めてにっこり微笑み、リーファの目が見開かれたのをしっかり確認してから、俺は伯爵家を後にした。




