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龍と異世界人の珍道中 準備〜出立回

「それでは……この度のお引き合わせは成立、ということで宜しいでしょうか?」

 こちらへ進み出たサフィナさんは、今まで口元に乗せていた淡い受容の笑みを消し去って私に問いかけた。最終確認だ。その真剣な表情から、彼女の責任感の強さとこの職に対する意識の高さを直感する。ここまできては私に曖昧な返答を許さないだろう。

 腹を括るときだ。

 拳を握って腹に力を入れ、立ち上がる。

「はい。よろしくお願いします」

 深呼吸した甲斐あって、思ったより腹から声が出た。

「そうか」

「えっ?」

 すぐ隣りからサフィナさんではなくギニの声がして私は咄嗟に仰け反って避けた。

 心外だ、と憮然とした顔に書いてある。すっかり存在を忘れていた。さっきから私は彼の存在を意識の外に締め出しすぎではないだろうか?

 でも今後はどうあっても意識せずにはいられないことになるのだから、今くらい大目に見てほしい。

「ありがとうございます」

 胸に手を当てて、安堵からか花咲くような笑顔になったサフィナさんに、私も自然と張り詰めていた気が緩む。

 頬は薔薇色、頭髪も燃えるように鮮やかで、見るからに溌剌とした美人の彼女が笑うとその場がパッと華やぐようだ。私も釣られてだらしなく笑い返してしまう。

「それでは、現時点より『お見合い期間』となります。今後の予定をお二方でゆっくりご相談なさってください」

「……私と、この方……」

「ギニだ」

「……ギーくんとで?」

「そうですね。基本的には、お二方で。お手伝いが必要であればおっしゃってください」

「……」

 もうすでにヘルプを要求したい。

 斜め上の方からものすごく見られている。顔を上げづらい。

「……皆さん、どんな感じで予定……を組まれるんですか?」

「そうですね……。大まかな方針だけを決める方々もいますし、龍の側が几帳面に日程を立ててくる場合もありますね。こちらの同胞は……」

「まだ何も考えていない」

「だそうです」

「えー……そうなの?」

「勝手に俺が決めて良いのならそうするが、まずはお前の希望も聞くべきだろうと判断したまでだ」

「そっか、それは、ありがとう」

 でも、こういっては失礼かもしれないが意外だった。もっと強引に自分のしたいように事を進める傍若無人タイプかと思ったけど、そうではないらしい。

「ではこのままこちらの空間をお使いください。私はお茶を淹れ直して参りますので」

「俺にも金華茶だ」

「はい、お待ちください」

 サフィナさんが一礼してその場を去ると、彼は私に自然で座るよう促した。改めて向かい合って腰掛けると、引いていた緊張が戻ってくる。

「お前はこれからどうしたい」

 真向かいからエメラルドの双眸が私を射抜く。空気が鋭いというか、なんとなく詰問されているような雰囲気になるのは何とかできないものなのか。

「どうしたいって言われたって……どうもこうも、私ここのこと本当に何も知らないんだもの。希望を言いようがないっていうか……」

 それなのに期間だけは決まっている。そう、二年もあるのだ。

「それは確かにその通りだろう。だが、たとえば元の世界で二年自由に出来ると言われたら、お前は何をする?」

「たとえば……」

「思い付きでいい。何でも言ってみろ」

「うーん……」

 ただ漠然と「どうしたいか」と聞かれたって、毎日のルーティンワークに疲れた現代日本人としては、「自宅で寝られるだけ寝て好きな時に起きてダラダラ何もせずに過ごしたい」とか「豪華客船で世界一周旅行したい」とかそういう、現実的だったり現実的でなかったりする願望しか思い浮かばない。

「旅、とか? 目的地を決めて色んな国を回るの。ねえ、この世界の船ってどんな感じ? 文明レベルが分からないけど、造りとか……でも久しぶりだし酔うかなー。あとは……どこかにしばらく定住して、のんびりこの世界の生活を送ってみるっていうのも楽しそうだとは思う!」

 言っていて少し乗り気になってきた。もうこの際開き直って異国観光と思えばいいのでは?

「きれいな景色とか、珍しい場所とか、そういうの見てリフレッシュしたい! ……って、なるかな……」

 今まで出来なかったことが出来る機会だと思うと、勝手に想像が膨らんで一人で盛り上がってしまった。現実に帰ると、またジッとこちらを凝視されていることに気づく。

 だから何でそんなに見てくるの!? いい歳した女がはしゃいでるところ見て楽しいですか!? めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!?

「ふむ。俺も文献で学んではいるが、実地で経験するに勝るものは無いと聞く。当面はお前の希望を叶える形にしよう」

「……本当に? それでいいの?」

「ああ」

「そんなあっさり? あなたの希望は?」

「強いて言うならお前の意向を聞きたかった」

「だからって私の言ったことだけで決めちゃっていいの?」

「構わない」

「……」

 イエスマン、というわけではない、んだろうけど不安になった。

 二年間分の計画だなんて。今思い付けと言われても出来るはずがない。龍にとってはほんの二年、なのかもしれないけど……人間の私にとっては人生が変わるかもしれない、いや確実に変わる二年なのだ。重要なことだ。

 こんな風にこれから何でも私の希望を通されることになると、「もしかして遠慮してるの?」「主体性が無いの?」「どうでもいいってこと?」などと色々面倒くさく考えてしまいそうだ。今すでにその兆しが私の中にモヤモヤと。

 いや、最初の最初だから、下手にトラブルになるのを避けてのことかもしれない。


「とりあえずまずは衣類の調達だな。お前のその格好は街を歩くには目立つ」

 私の躊躇いや戸惑いをよそに、ギニは姿勢良く腰掛けていた背を微かに逸らして衝立の向こうを一瞥した。

「それでしたらひとまず、この相談所にストックしてある着替えでよければお渡ししますよ。好みに合うものが見つかるかはわかりませんが、どうなさいますか?」

 その丁度のタイミングでサフィナさんが温かいお茶を持ってきてくれた。これは恐らく、龍同士のアイコンタクトのようなものがあったのだろう。

「そうだな。今着ているものだけでも取り替えておく必要があるだろう。着替えは、せめて一着は欲しいところだな。あとは立ち寄った街ででも見繕うか」

「それがよろしいかと思います」

 ではここで一息入れましょう、と彼女が出してくれたのは先ほどとはまた違った趣向のお茶だった。コーヒーカップ型の薄青い茶器に、烏龍茶のように色が濃い液体が注がれている。小さな白い花が持ち手のところに飾られていて、カップの縁に口を付けると、ジャスミンのような香りがした。爽やかな苦味と甘い花の香りが、高揚していた精神を少しずつ落ち着かせてくれる。

 ちなみに向かい側には私がさっき飲んだ花のお茶が給仕された。あれが金華茶だったらしい。

「すごく美味しいです。私、この味好きだな」

 金華茶の華やぐ香りも良いと思ったけれど、常飲するならこちらの方が良い。くどさがないから飲み飽きないし、肩凝りすらみるみる解けていくような感じがする。

「それは良かった。甘味が苦手でなければ、どうぞこちらも一緒に召し上がってください」

「これは?」

 彼女が新たに差し出してくれたのは、手のひらに乗るくらいの白い壺型の器だった。蓋を取ると、中にはシュガーポットのように砂糖が目一杯入っている。彼女がそこを太めの楊枝で優しく掘ると、中から梅干し大のオレンジ色の果肉が顔を出した。そのまま楊枝でサクリと刺して、小皿に取り出したものを渡してくれる。

「私の里で通年採集できる果実のひとつです。疲労回復の効果があるんですよ。元々は少しえぐみがあるのですが、アク抜きをして砂糖漬けにしてあります。種はありませんから、そのまま召し上がってください。お口に合えば良いのですが……」

 未知のお茶の次は未知の果物だ。砂糖を払ったあとの果肉は見た目は萎んでいて不細工だ。恐る恐る口に含んで一口齧った。

「ん! ……美味しい!!」

 その断面は、干し柿や干し杏を噛み切ったときのようにつやつや輝いている。舌の上で転がして柔らかくしてから噛み締めると、素材本来の甘酸っぱさが口の中に広がった。

「お気に召したようで良かったです」

 サフィナさんは嬉しそうに、そしてどこか誇らしげににっこりした。


 小休憩が終わると衣装選びだ。私のような人間のために更衣室のようなところが用意されていて、その個室に通される。

 ひとりになると急に全身の力が抜けて膝をつきそうになった。お茶の時間を経たことで今度は緊張から解き放たれて全身が緩みきっている。

 このままここで眠ってしまえば、起きたとき元に戻っていたりしないかなーーなどと往生際悪く現実逃避しそうになった。

 手がちゃんと動くうちにスーツのジャケットを脱ぐ。動きやすいものがいいが、どうしようか。

 下着はひとまず今身につけているものを使いたい。あとでこの世界の下着についてもサフィナさんにご教示願おう。

 というわけで、まずはシャツ類から見ていくことにする。

 カッターシャツはそのまま着ていても不自然ではなさそうだが、同じようなスタンドカラーのシャツがあったためそれを使わせてもらうことにした。中指に付属の紐で出来た輪を通せば、手の甲まで覆えるように袖が長くなっている。

「……なんか、楽しくなってきちゃったな」

 なんとなく日本風だったり中華風だったり、中世ヨーロッパっぽかったりする衣服を眺めることにしばらく没頭する。淡い色のものから少々目立つ派手なものまで一通り揃っていた。

 考えなければならないことは山盛りなのに、珍しい異国の服が着られる! と思うとこんな状況でもワクワクしてしまうなんて単純だ。

 最終的に私が手に取ったのはクリーム色に近いペールグリーンの上下。気候がどうかは今のところ分からないが、魔法……じゃなくて魔術? の補助もあるようだし、あまり心配する必要は無さそうだ。でも歩き回ることを考えて、日差しを遮れるように長袖長ズボンを選択する。

 丈の短い詰め襟のボレロ風上衣に、ビスチェとスラックスが一体化したような下衣。スカート状のものに比べて動きやすそうだったのでそれに着替えることにした。腕を通すとしっかりした生地のわりに肌触りが良い。通気性もありそうだ。

 足元は脚絆のようなものでまとめて、長期間歩いても傷みにくそうな、ショートブーツ風の靴を選んだ。靴底が厚めでしっかりしている。固そうな見た目に反して足を入れると包み込んでくれるようなフィット感があった。

 服も靴も装飾はボタンか裾の刺繍くらいで最小限だが、身に付けただけでどれも質の良いものだと分かる。

 他にも腿の辺りまで覆う丈のスカートやアオザイ風の服もあったが、長すぎる裾は捌き慣れていないと不意に引っ掛けたりしてすぐ破いてしまいそうだったのでやめておいた。

 備え付けられている姿見で変なところが無いか確認する。思ったより様になっていて良い感じだ。自画自賛なのが悲しいが。

「着替え終わったんですが、間違ってないですか? 着方とか……」

「これはこれは、よくお似合いですよ」

 美人からのお世辞は無条件で照れてしまう。

「はは……あの、本当にもらってしまっていいんですか? タダで……?」

「はい。遠慮なくお受け取りください」

「ありがとうございます、助かります!」

 それにしても、我ながら己れの適応力が怖い。短時間で順応しすぎじゃないか? しかしそうでなければ生き残れないコンクリートジャングル――

「おい」

「……うん?」

「外套も選んでこい。なるべく汚れや衝撃に強いものが良い」

「それでしたらこちらを。寒暖差にも良く適応しますし、軽くて丈夫です。渋色ですから、朝夕薄暗い時間帯も目立たないでしょう」

「重ね重ねすみません!」

「……おい」

「まだ何かあるの?」

「いや、特に無い」

「……」

 何だそりゃ。

「似合ってるよ、くらい言えないんですかねこの朴念仁」

「いやぁ、思ってないことを言わせるのは酷ですよ」

「思っていないとは言っていない」

「まあ言ってないですけど。……え?」

 それは似合ってると思ってはいるってこと?

 思わず相手を振り返ると、バッチリ目が合った。顔を逸らすとかそういう配慮は一切無い。

 なぜ! 見つめてくる! いや、今視線やったのは私の方だけど!!

 分かりづらいし分からない。基本が仏頂面なのか、不機嫌そうな顔しか今のところ見ていない気がする。ニコリともしないが、このオトコが微笑んだりすることが果たしてあり得るのだろうか。

「あ、そうだ。お願いばかりで恐縮なんですが、髪をまとめたくて……。何か髪ゴム……髪飾り、みたいなものありませんか。本当に結べるものなら何でも良いので!」

「でしたら、」

「それならこれを使え」

「え?」

 さっきから私、え? しか言ってない気がする。彼の行動はどれも予想外で、私は上手く反応出来ないのだ。

 細っそりと白い手に乗せて差し出されたのは青みがかった銀の組み紐だった。手に取って指で撫でるとサラサラしていて、どことなく温かいような気がする。

「ありがとう……くれるの?」

「ああ」

「きれいな紐だね」

「ついでに結んでやる。こちらに背を向けろ」

「いやいや、これくらい自分で……」

 ダメだ。紐がツルツルサラサラしていて手から滑る。しかもゴム入りじゃない純粋な紐だから上手く髪がまとめられない! 不器用!!

「いいから貸せ」

「……はい」

 見た目歳下の男の子に髪を結んでもらう二十八歳……あまりにあれな光景で目も当てられない。サフィナさんは私たちのなんとも言えないやりとりを生温かい目で見守っていた。


 私の手荷物は携行することも可能だが、盗難に遭う可能性も高いし、異世界人など見たこともないという人が大半なので目を引いてしまう恐れがあるとのことで持ち歩かないことにした。

 彼らがあっさり「異世界人か」と受け入れていたので、頻繁に行き来があるのかと思ったが一般的にはやはり私の感覚通り滅多に無いことなのだろう。

 結局、「ここでお預かりして厳重に保管しておきます」というサフィナさんのお言葉に甘えることにする。

 何を持っていこうにも、こちらの生活を見て回るならきっと不自然だし浮いてしまう。郷に行っては郷に倣え、だ。

 斜めがけの鞄をひとつ貰って着替え類を無理やり押し込む。丈夫な革製らしく、使う内に匂いも気にならなくなり、多少伸びてもくるだろうとのことだった。


「最後に、私からはこちらを」

 これで一応の準備は整ったか、というタイミングで、サフィナさんから渡されたのは一見すると素っ気ないデザインの腕輪だった。

「これは異界からやって来られた方限定の自衛アクセサリーです。こちらの世界で龍について自然と知識のあるものとは違い、お客様は見知らぬ男性と二人きりという状況を不安に思われているでしょう。お相手の方があなたの意に染まない行為に及ぼうとした場合には、このブレスレットがあなたを守る障壁を瞬時に生み出します。物理的に彼を拒むわけですね。私のかけた魔術ですが、効力は三年ほどです。十分お役に立てると思います」

「ありがとうございます! ……なんか、ゴツいデザインですね?」

 だが軽い。幅は二センチほどあるが重さをほとんど感じないのだ。肌に触れた質感から恐らく木製だろうと思う。木目が薄く、色も白に近い。だが、本来滑らかなはずの外面を粗く削り出して作ったような無骨なデザインだ。彼女の髪のような鮮やかな朱色のタッセルが一本結び付けられている。

「……すみません。龍は手先があまり器用で無いので……」

「あっ、いや文句があるとかじゃないんです! 見た目より機能重視ですよ!!」

 これは彼女が作ったのか、とその一言で即座に察した。

「あと、これはオマケです」

「おまけ……」

 サフィナさんの、どちらかといえば切れ長の目がやんわりと笑み崩れる。そうすると驚くほど穏やかな印象になるのだ。

「道中お気を付けて。疲れを感じたら是非召し上がってください」

「やった……! ありがとうございます!」

 両手をそっと包むように握られて、そこに小さな袋が乗せられる。彼女の言葉から、あの砂糖漬けにされた果物だとすぐに分かった。

「ご縁があれば、いつか我が里にも遊びに来てくださいね」

 見上げた先で彼女が瞬く。アイスグレーだと思っていた瞳は、今見ると少しだけ青みがかっているようにも見える。

 彼女は髪が赤いから、その眉もまつ毛も同色だ。天窓から降り注ぐ光を受けて、細く長いまつ毛の先が金色に輝いていた。

「はい。いつかきっと。……サフィナさんにもう会えなくなるのかと思うと、早くも不安で寂しいです」

「二年後にはまたここに来るだろう。そのとき会える。もしかするとそれよりも先に会えるかもしれん」

「……」

「まあ、その通りではありますが……」

 私は真顔になり、サフィナさんは苦笑している。

 せっかくちょっとしんみりした別れの場面に浸っていたのに台無しだ。

「……情緒が無い……」

「何?」

「ふふ、ではまた」

「はい。ありがとうございました!」

 頭を下げて、上げた瞬間には土が踏み固められた道の上に立っていた。

「え……」

 この唐突な場面転換は何とかならないんだろうか。混乱する。混乱しかない!

 私は一体どこから来たんだ。そして二年後は、本当にどこでどうしているのかーー

「呆けてないで行くぞ」

「……はーい」

 このデリカシー無さドラゴンと、一緒にここへ戻ってこれるんだろうか。

つい食べ物の描写には力が入ってしまう。

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