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婚活の恥とは

 ――ところでご契約内容の期間、とは?


 向こうとこちらの契約内容の差違を確認するにつれ、受付嬢さんあらためサフィナさんの表情がどんどん曇っていく。

「これは……困りましたね。契約事項を最後までお読みでないと……?」

「いえ、読みました。読みましたよ!? 私、こういうのはきっちり確認するタイプなので!」

「おい」

「はい?」

 二人して青ざめていると、不意に横から声が掛かった。もはや存在を忘れかけていた「お引き合わせ」となったお相手の美青年である。

 彼は衝立を手で掴み、断りも入れずに内側へ入ってくると、私をもう一度品定……いや、観察するようにじっと見つめてからサフィナさんに向かって不遜な態度で鼻を鳴らした。

「よく見ろ。こいつの目は魔力を通していない」

「……えっ!?」

「え?」

 サフィナさんが彼から私を振り返るのと、私が首を傾げるのは同時だった。

 誰も席を勧めないので、腕組みをして仁王立ちのままかなりの高所からこちらを見おろしている青年は、なんとも偉そうな態度でいながら真剣そのものだ。表情の動きがあまりに少ないので、会ったばかりの私では彼の感情を拾うことは出来ない。

「この人間が異世界人だというなら、召喚から拘束時間まで、約款も魔力によって書かれているだろう。それを認識できなかったとしても不思議じゃない」

「……誓約書にサインした時点でこちらの呼び掛けに同意したとみなされ、指定の年月はこちらへ滞在して頂くという契約が成立しています。……これは、手違いというには取り返しのつかない……」

「……え?」

 泣きそうになってきた。

「お約束の、年月というのは……?」

 ん? 年月?

 自分で聞いておいて引っ掛かりを覚える。

「年月?」

 心の中で呟いてからもう一度口に出して訊ねる。

 年月ってなんだよ。この店で二時から四時、とかじゃないの普通。

「龍と人との体感時間の差を考慮して、龍の側からまず期間の指定を行うことになっています。それをご確認頂いた上でお引き合わせを希望していただくという契約になっておりまして……」

「ちなみに……こちらの方の指定された期間は……」

「二年だ」

「……にっ……!?」

 二年!? 二時間じゃなくて二日でもなくて二ヶ月でもなくて二年!?

「にねん……?」

「そうだ」

「……」

 絶句した。言葉もないとはこのことか。

 美青年はまったく動揺していない。それがどうした? というくらい至極アッサリした言い切り方に、龍にとっての二年とは……という気分になる。

 サフィナさんの動揺の仕方と青ざめ具合と消え入りそうな声の調子から「どうにかしてあげたいけど、どうにもならない、どうしよう」という苦悩と焦りが伝わってくる。

 恐らく私に非は無い。でも接客業も経験した身としては、どうあってもそれをどうにかしてさしあげたいけどできない、という気持ちも分かるし、客として「もういいですよ」と言ってあげたい気持ちも分かる。

 でも二年は、さすがに、そう易々と「いいですよ」とは言えない。

 ああ……クーリングオフ無いんですか……。


「あっという間だろう、二年くらい。どこが不満なんだ?」


 私たちがお通夜状態で頭を抱えている最中、空気が読めないなんてものではない一言が頭上からポンと降ってきた。

「っハアァァァァア!?」

 瞬間湯沸かし器のように秒で頭に血が上る。

「無神経!! 無神経!! 無神経!!」

 抑えていた感情が一気に噴出した。

「無神経にも程があります! 二年なんて……! 泊まり込み!? 住み込みですか!? その間私は行方不明ってことでじゃないの!? 明日も仕事があるし、突然二年間こっちで過ごしてねって言われても困ります!! それに普通、二時間ぐらいの会合で終わるでしょ、お引き合わせっていうのは!」

「二時間? 一瞬じゃないか。そんな短時間で相手の何が知れるんだ」

 彼は私の剣幕に一瞬目を開いたように見えたが、言い分を聞くとまた不機嫌そうに眉根を寄せてそう言い捨てた。

「……そんなの……私だって知ったこっちゃないわよ……!!」

 価値観の相違なんてもんじゃない。生きてる次元が違う。ああ、めまいがしてきた。

 こんな人……いや、こんな存在と、どうあったって夫婦になんてなれっこない!!


「――お客様、申し訳ありません」

 サフィナさんが素早く立ち上がり、燃えるような赤毛の頭をまた美しい礼でこちらに下げた。

 目を剥いて肩で息をする私を庇うように立ち、すぐさま青年の方に向き直る。

「ヒト族は我々と違い短命な種族です。百年生きられるか否かというところなのですから、その内の貴重な二年を、あなたはいただこうとしているんですよ?」

「それくらいのことは言われずとも承知している。――お前、歳は」

 彼女がそこの無神経男に人間がどういうものかを言い聞かせている今のうちに、少しでも大人の態度を取り戻そうと器に残っていた茶を一気に呷る。

 深呼吸をして、また一から数を数えて……普通、怒り狂ってる女性に面と向かって年齢を聞く!?

「二十八ですけど!!」

 もはや恥などない上、ヤケクソだ。

「何? おい、大丈夫なのか? すでに三割近くも寿命を消費してるじゃないか」

「……は?」

 一体何を心配されているのか、予想外の方向の言葉を突き刺されて反応出来なかった。

 理解するなり、また先ほどのものとは別種の怒りが腹の底から突き上がる。

「し……失礼な!! 人としてはまだ若い方です!!」

 怒り狂うあまり舌が回らなくなってきた。目の前がチカチカする。

 学生の時ですら、こんな見事にブチ切れて声を張り上げたことなどなかったのに!

「お客様、冷静に……! は、難しいかもしれませんが! 難しいかもしれませんが!!」

 サフィナさんが間に立ってくれていなければ今度こそ私は拳を握って彼に突進していたかもしれない。


 しかしつまるところ、二年というのは彼らにとっては二日どころか二時間とか……下手をすれば二十分くらいの体感時間なのかもしれない。

 ――そんなのと一緒にされたらたまったもんじゃない!!

「二年もこっちで過ごしたら三十路じゃないですか! 二十八でも適齢期ちょっと過ぎちゃったね〜〜って視線がチラホラあるくらいなのに!!」

「この世界でのヒト族は十六が男女共に適齢期だそうだが」

「それはこっちの世界の常識でしょ!! 私!! 異世界出身なんで!!」

「それもそうだな」

 そんなにすんなり納得されても困るんですが!!

「お客様。慰めにはならないかもしれませんが……こちらにいる間は歳を取らないよう調節が可能です。現在の肉体の情報を保存、維持するというものですね」

「……え?」

「それにこちらとあちらの時の流れは違いますので、お客様があちらの世界を離れられた時刻を起点に二秒から二分過ぎた辺り、そのくらいの誤差の範囲内で安全にお戻りいただけると思います」

「……それじゃあ……」

 この見知らぬ世界でさっき会ったばかりのファンタジー設定男と二人で二年間を過ごす、という退っ引きならない状況は変わらないが、あちらへ帰還したとき私を取り巻く状況はここへ来た直前とほぼ変わらないままに出来る、ということだろうか?

「もし正式に嫁がれた場合、龍の伴侶として生きていくためにはこちらの世界とお相手の龍と、深く強固な繋がりを持つことになります。そうすると、ヒト族であられるお客様も同様の寿命を持つことになるのです。先ほど申し上げたように龍は壮年期の期間が一番長いので、お相手であるヒト族の皆さまにも徐々に身体へ変化が起こり、釣り合いが取れるよう自然と調整がなされます。肉体保存の措置はヒト族の方々への配慮であると同時に、その予行練習、といった側面もあります」

「へえー……」

「お客様によってはそれを利点と考えてこちらに嫁がれる方も居ますし、逆に変化が無いことを気味が悪いからと言って拒否される方もいらっしゃいます。情報の保存であって状態の保存ではありませんので、生命活動のために食事や排泄は必要ですし、病や怪我の恐れもあります。日に当たれば肌は焼けます。髪や爪も伸びます。ですが、体組織はすべて現在の機能の程度を維持します」

「はぁ……」

 つまり今の二十八歳の肉体年齢スペックを保ったまま、普通に生活することになるということか。

「ヒト族のお客様には最大限の加護を、当相談所からもお相手の龍からもお約束しますが……」

「……」

 うん?

「何せこちらでは二年という期間を過ごしていただくのですから……肉体は老いないとはいえ、事前の覚悟も無く飛び込んでください、というのは酷ですよね……」

 サフィナさんはそう、私の精神状態を心配してくれているようだ。

 しかし、さっき私が喚いた心配事は彼女の解答がほぼクリアしてくれている。

 確かに急に身ひとつで見知らぬ土地に飛ばされてきて、適切な判断が出来なくなっているのでは、という心配は自分でもしている。おおよそ現実味が無い。

 明日続きを処理しようと思って残してきた仕事もあるし、二年もブランクが空いたら仕事のこなし方どころか暮らしのあれそれまで忘れてしまいそうだ。冷蔵庫には今日が賞味期限のプリンも残してきた。

 実際に進むのは私の中の時間だけ、ということは、元の世界の知人や家族には、私がヘタを打たなければこの身に起こったことを話す必要も無いかもしれない、ということだ。

 でも二年だ。年単位の空白はデカすぎる。たとえば翌日普通に出勤してきた同僚がド新人みたいに何も出来なくなっているかもしれないわけで……頭でも打ったか、ストレスで健忘症になったのかと思われそうだ。

 今の仕事は嫌いじゃない。好きとも言い切れないけれど。職場の雰囲気も、転職してからはずっと良くなった。

 ――でもたまに煩わしく思うこともある。

 たとえば結婚のこととか、年齢のこととか。女性の割合が高い事務所の中では、どうしても雑談がてらそういう話題が上りがちだ。

 お節介を焼きたいだけなのか、それとも心配してくれているのか分からないが、こっちとしてはどちらにせよ余計なお世話以外の何でもない。

 結婚してなきゃ、子どもを産んで育ててなきゃ大人でもないし女でもないんだろうか?

 そう言われているような気がして、時々ひどく落ち込む。そこから逃れるためにとりあえず婚活を始めてみる、という人によっては矛盾して見えるかもしれない行動が今回のことの始まりだけど、そこをあまり大袈裟に考えずにちょっとした心の休憩。今後のことを考える時間、と思えば、案外悪くないかもしれない。

 どうしてもネガティブに走りがちなのは疲れが溜まっている証拠だろう。判断が投げやりになっている気もするけど、とにかくあの空間から一時的に距離を置けるというのは非常に魅力的だ。


「お客様?」

「……」

 急に神妙な顔で黙り込んだ私を、サフィナさんは心配そうに覗き込んでくる。

 そういえば彼女、女性にしては背が高いな。いや、龍の平均身長知らないけど。


「あの、あなた……というか、あなたたち、本当に……龍、なの?」

「はい。ここは龍専門の花嫁、そして花婿候補斡旋所ですから」

 この、自らを龍だと名乗る存在たちに興味が無いわけじゃない。むしろ私はファンタジー映画とか、ファンタジー小説は小さい頃から大好きで、そういう世界に自分がまさか飛び込んでいけるなんて。本当に夢のような話が現実に起こっている。

 仮にこれが胡蝶の夢だとしても、今の私にはそれを夢だと認識することは出来ない。だったら、「旅と婚活の恥はかき捨て」だ。


「まずはあなた達のことを、せめてもうちょっとだけ聞かせて下さい」


 今日私は、清水の舞台からスーパーダイブする。

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