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顔合わせ

初投稿です。のんびりゆっくりよろしくお願いします。

 アラサー。アラウンド、サーティ。


 え? 歳ですか?

 アハハ、アラサーですよ。アラサー。

 そうそう、もういい歳なんだから早く相手見つけて一回くらい結婚したら? なんて言われたりするんですよー。


 自虐的に話す時はもはやヤケクソ気味だが、人に「あーアラサーかー」などと慰めたらいいのか笑ったらいいのか分からないと言いたげな微妙な顔で反復されるのは自分で言うより癪に障る。


 タップ、スクロール、タップ、スクロール、タップ、タップ、スクロール、タップ……。


 自分も親も周りも納得させるために金を払って結婚相談所に登録してみたはいいが、一回目のビッグデータ検索で早くも心が折れそうになっていた。

(……不毛だ)

 そんなことはここに来る前から薄々感じていたことだ。

 気乗りしない自分を無理やりハイに押し上げて、思い立ったが吉日と話を聞いたその日のうちにサイト検索してこの相談所に目星をつけ、実際に足を運んで登録まで済ませた。


 タップ、タップ、タップ、スクロール、タップ、スクロール、スクロール、スクロール……。


 次第に手元の端末を眺める目も、画面の上を滑りがちになってきた。

 見方に慣れてくるとお相手の選定も文字から読み取れる条件を直感的に良し悪しで取捨選択する単純作業になり下がる。

 さっと写真を目にして、あり、なし、あり、なし、あり、なし……。

 最後の方は自己PRすら目が素通りし始めた。


 過去に女関係で酷い目に遭いでもしたのか? と勘繰ってしまいそうなくらい結婚相手に求める条件を詳細に事細かくネチネチと備考欄に書いている人もいれば、「結婚する気は本気です!!」などと今どきアルバイトの募集に申し込む学生でももうちょっとマシなことを書くだろうと言いたくなるような勢いだけで申し込んだ類いであろう適当なPRの人もいる。

 私も似たようなものなので他人のことを言える立場ではないが、「見られる自分」というものを意識してプロフィールは書き上げたし、多少の誤魔化しはあっても嘘は無い。今、見ず知らずの他人に明かすのを躊躇う部分なら隠しておけばいい。

 話したくないこと以外はすべて正直に正確に入力した。偽りの自分を評価されて選ばれたとしても、その時寄せられた好感は以降の自分を苦しめるだけの好感だ。

 選ばれなければ話が始まらないということは百も承知。だから自分の短所も長所として見てもらえるように書いたし、高望みな条件も載せてはいない。

 あくまでも自分と相手とがさして切羽詰まって暮らしていかなくて済むような、お互い窮屈でない生活を模索していると読み取れるような表現を選んだ。

 まるで就職活動だがそれもあながち間違いじゃない。結婚を永久就職と見なすのであればだが。


「ん? ……うわっ」

 思わず声が出ていた。

 ――何このイケメン。

 次から次へと数秒単位でページを進めていた手がとっさに止まるほど驚いた。

 存在そのものが別格だった。

 その人は写真越しでも間違いなく世紀の逸材だと確信できるほど美しい顔貌をしていた。男だ女だというのがどうでも良くなるような、他の人間と比べるのがおこがましいほど異彩な輝きを放っている。

 顔立ちは一見するとあっさりしているのだが、日本人離れした石膏彫像のようなくっきりとした目鼻立ちをしている。

 涼やかで清廉な雰囲気をまとった、凛とした立ち姿。

 写真の被写体としては極上だろうに、知り合いが撮影したものなのか、彼自身はどこか憮然としているようにも見える。にこりともしていないが故に、その作り物めいた美貌が余計に引き立っている。正面をひたと睨み据えるような眼差しが印象的な一枚だ。

 間違いなく道端ですれ違った老若男女が振り返るであろう美形だが、何よりも鮮烈なのはその真っ直ぐこちらを射抜くような双眼だった。

 吸い寄せられるように写真の中の彼と目が合う。

 有り体にいえば見惚れてしまった。

 単なる媒体越しの出会いだというのに、目が釘付けになって離れない。カメラのレンズを見つめているだけなのに、次元すら飛び越えて遠くからこちらを見つめているようにも感じられる。それほどまでに吸引力のある強い視線だった。


 こんなのが売れ残ってるわけ? 信じられない。一体どれほどの破滅的事故物件なんだ……?

 それともあまりに完成度の高い見てくれだから、どんな美人でも相手の方が気遅れしちゃうとか……?


 どう考えてもこの人がモテないわけがない。それほどまでの美男子だった。

 歳だけは反射的にチェックしたが、同い歳の二十八――やはり不可解だ。

 引く手数多もいいところで女の選び方が分からなくなったのだろうか?それとも万年自宅警備員だとか? そんな風にまで思ってしまう。

 不思議に思いつつも多少の怖いもの見たさもあってダメ元で「お引き合わせ」希望を選択する。

 とにかく旅と婚活の恥はかき捨てだ。二の足ならこれまでの人生で踏み倒した。入会金もこの先の人生への投資と割り切って支払った。

 ……とはいえ私が選んだここは、口コミによれば信用度こそ高いものの、本格的なサービスを提供している相談所よりは値も待遇も数段落ちる会社だが、自分のお財布事情も鑑みての選択だ。

 ここまで来たら後はもう数打って当たれば儲け物、という荒んだ心境になりつつあった。

 とにかく自分の感覚を信じて「良い」と思った人にはコンタクトを取る。

 相手が受けてくれようが受けてくれまいが別の人に先を越されようが、とにかく当たってみるしかない。

 今日会合を申し込む人の誰か一人でも会ってくれたら良いなと思いながら決定画面をタップした。



「お疲れ様でした」

「ありがとうございましたー」

 登録から登録後の説明までお世話になったスタッフさんに頭を下げて扉を潜る。

 仕事終わりに立ち寄ったため頭も身体もひどく重たい。

 早くベッドで横になりたい。温かい毛布に包まれたい……。

 と、なぜかチカチカチカと三回、瞬くようにほのかな明かりに身体が包まれるような感覚があった。立ちくらみかと思ってしゃがみこもうとしたが、足元はしっかりしている。

 それは目に優しいぼんやりとした輝きだったが、ただの蛍光灯に照らされたと思うには不思議な、空気の揺らぎのようなものを感じていた。


「ようこそ! お待ちしておりました」

「え?」

 その違和感に戸惑っている最中、また新しい声が私に向かって投げ掛けられた。


 今、建物を出たはずなのに?


 そこにはまた部屋が広がっていた。

 さっきまでの白っぽく明るい部屋とは対照的な、ダークブラウンでまとめられたアンティークで落ち着いた内装。

 無意識のうちにぐるりと辺りを見回して声の主を探すと、高級そうな艶々の材木で出来たカウンターの内側に、姿勢の良い赤毛の美人が立っていた。

「……」

 ――赤毛!?

 にこりと微笑んだ瞳は遠目から見ても色素が薄い。

 何人だ?いや、それにしてもこんな目と髪の人は映画でしか見たことがない。スクリーンの向こう側の人だと言われても違和感がないような美女でもある。

「私、受付担当のサフィナと申します。どうぞこちらへ。たった今、お相手の方も里をお出になられたようです」

 そんな彼女が急ぎ足でカウンターを出て私を客扱いする。

 しかし耳にした単語がすぐには理解出来ない。彼女は日本語を喋ってーーいるようだけど。

「お相手……? サト?」

 サト、とは。

「あの……何かの手違いだと思うんですが、ここは一体……」

「ああ、いけません! 御身が危険ですので、くれぐれもこちらのサークルの内側でお待ち下さいね」

 受付のお姉さんがにこやかに指し示したのは、何の変哲もない石灰で描かれたラインだった。彼女の言葉通り円になっている。

「……ここで? 待つんですか?」

「はい。皆さま文字通り飛んでいらっしゃいますので」

 薄い灰色の虹彩が瞬く。クールで涼しげなアイスグレー。先ほどより至近距離で彼女の顔を見てそう思った。

 指し示されたのは天井だ。促されるがまま見上げると、雲ひとつない晴れ渡った青空が見えた。

 なぜ空が見えるのか。

 そこにあるのは巨大な空間だった。

 円く切り取られた建物の天には窓も仕切りも無い。ぽっかりと空いている。

 部屋の造りからするとドーム型の建造物なのではないかと感じるが、外観を知らないため推測するしかない。


 あれ?

 私は確か仕事帰りにここに寄ったから、間違いなく日が暮れていたはず。

 首を傾げて思案するがその答えが出るはずもない。


 その時、頭上が不意に翳って日が遮られた。

 突然夜が来たのかと思うほどの暗さに再び天を仰ぐ。

 日差しの代わりに差し込んできたのは押し潰されそうなほどに大きな影――。

「は?」

 開けた口を閉じる間もなく、凄まじい突風が巻き起こった。

「ぎゃあ!?」

 目の前で雷光のような音と閃光が弾ける。腰が抜けそうなほどの轟音だ。

 鼓膜に直接ハリセンを叩き付けられたような衝撃に、正直な両膝が面白いほどケタケタ笑った。

「ひいい!!」

「落ち着いて下さい。大丈夫ですよ」

 お姉さんのそれが、かしこまった口調から少し砕けた言葉に変わる。

 どうやら私を落ち着かせようとしてくれているらしい。

 しかしこんな状況で平静そのもの、しかも他人を宥めるまでする彼女の只者で無さが逆に不気味で私の不安を大いに煽った。

 一際激しい爆発音の後は、断続的にバリバリとーーまるで窓ガラスに暴風雨が吹き付けられているような音がしている。どうやら目に見えない障壁が、私をその衝撃波から守ってくれているようだった。

 恐る恐る足もとに視線を落とすと、私を囲むように引かれた直径1メートルほどの小円が麦の穂色に輝いていた。

 目を凝らしてみると、そこから立ち昇る黄金色の粒子が、天に向かって円柱形に延びている。推察するに、これが透明な防壁の正体だろうか。

 その輪の外にいるお姉さんをチラ見すると、出迎えてくれた時とまったく変わらず、にこやかで落ち着き払っている。

 ビシバシと音すら立てながら全身に叩き付ける突風をまともに浴びているにもかかわらず涼しい顔で微動だにしない。フロント係に相応しい感じの良い受容の微笑みもそのままだ。鮮やかな赤い巻き毛だけが吹き荒れる風に良いように翻弄されている。

 一体何がやって来るんだ。

 あまりに現実離れした規格外の事態に置かれると感覚が麻痺してくるものなのか。これはもう流されるがまま一旦区切りがつくところまで行くしかないと腹を括らざるをえなかった。


 舞い降りたのは巨大な影ーー艶やかな鈍色の体躯は陽に照らされて虹色の光彩を放っている。

 眩いばかりのその七色の塊は、やがてひとりの青年の姿を形造っていった。

 翼が半ば仕舞われてもなお宙空に浮かんだままこちらを見下ろす双眸は、エメラルドを嵌め込んだような鮮やかな翠色だ。表情らしい表情が浮かんでいないため作り物めいて見える。

 彼自身の翼が巻き起こした風の渦が、青みがかった白銀の髪を一気に舞い上げる。触れた端から溶けてしまいそうなくらい柔らかな質感だろうと遠目で見て分かる。長めの前髪が吹き上げられて、秀でた白皙の額が露わになるのを茫然と眺めていた。


 ゆっくりと風に乗るようにして彼の両脚が地に降り立つ。

 私の目の前に。

 宙を見上げていたときはそんなに体格差を感じなかったが、唖然としながら爪先からゆるりと彼の身体を視線で辿りながら顔を上げると、顎を持ち上げて仰ぎ見なければならないほど彼は長身だった。

 全身が彫像のような絶妙なバランスで、まさしく作り物めいた造形をしている。均衡の取れた体躯はやや細身だが、頼りない印象は受けない。

 何より目の前に立つそれが息をしていることに驚くほどだった。

 こんなにも美しい人型の生き物が実在するのか。

 見れば見るほど鼓動が逸る。

 この高揚は恋やときめきとはまた別の、世界の神秘を発見したかのような驚嘆だ。こんな風にしげしげと眺めては失礼だと思う感覚すら希薄だった。まるで芸術品を鑑賞しているようなーーあれ?

 そこまで見つめてようやく気付く。

 髪の色も目の色も違うし飛んでくるし浮いてるし色々想像を越えてて理解が追いつかないけどこの人、顔立ちはあの写真の男性とそっくりじゃない?

 そう気付いたことで空に舞い上がっていた意識が人体に戻ってきた。


 彼と目が合った瞬間、その色白の美しい顔面の中で、くっきりとした太めの眉が不機嫌そうに跳ね上がった。

「何だこのちんちくりんは」

「……ハァア!?」

 明らかに私を見てそう言った。

 喧嘩を売っている。

 こいつは、この、美しいお人形さんみたいな顔をしたヤツは、初対面の女性に対してあるまじき暴言を吐いた。

 驚きのあまり開いた口が塞がらない。声も出なかった。


「まさかこれが俺の番い候補なのか?」

「……は!?」

 つがい!?

「ンンッ! 口を慎んで下さい。ただでさえ我々の種は存続の危機にある……嫁不足は深刻なんですよ。あなただってその身に染みて分かっていらっしゃるでしょう」

「それとこれとは話が別だろう。……フン、コクハツのヒト族か」

「……」

 こくはつ? 告発? 何を?

 さっきからこの人たちが何を言っているのかまったく理解できない。

 そもそも人じゃない。絶対に。この目で見たことが夢でなければそれは確実だ。

 いや、もしかしたら私はあの結婚相談所に向かう道中で交通事故にでも遭ってしまい、今目にしているものはすべて危篤状態にある私の白昼夢か何かなのでは……。その方が納得できるくらいヘンテコな状況だ。

 赤毛のお姉さんの鮮やかな先導と笑顔に促されるがままこんな意味の分からないところに長居して、顔だけが取り柄のような失礼千万男に初対面で暴言を吐かれる羽目になるなんて今日は厄日か?

 夢でも何でもいいからとにかくここから抜け出そう。立ち去ろう。それが一番だ。この人たちの都合に付き合う義理など無いのだから。

 なるべく冷静になろうと思考を巡らせ、先ほどから煮え湯のように沸き立つ怒りを腹の中でどうにかこうにか抑え込もうとしたが、隠す素振りも無く頭上から注がれる痛いほどの視線に顔を上げざるを得なかった。


「……なんですか、人のことを博物館の展示物みたいにじろじろ見て……失礼じゃないですか?」

 ゆっくりと値踏みするような視線で全身を舐め回される。

 いくら相手が今まで目にしたことのないような超絶美男子でもさすがに看過できない。

 さっき自分が相手を不躾なくらい眺めていたことは棚上げした。

「ハクブツカンとやらは知らないが、お前が珍品だということは事実だ。実際どこぞの城に飾られていてもおかしくないしな。それを自分の伴侶としようとしているのだから観察ぐらいするだろう」

「珍品!? は、伴侶!? ふざけないで下さい」

「ふざけてなどいない。むしろふざけているのはお前の存在ではないのか?」

「!?」

 あまりに侮辱的な物言いに怒りが限界突破しそうになった。

 今なら口から火を吹けそうなくらい頭に血が上ったが、ここで感情のままに言い返していては話が終わらなくなりそうだ。

 頭の中で一から順に数字を数えて憤りを少しずつ押さえ込んでいく。


「早急に見繕ってくれと依頼したにも関わらず、待たせた挙げ句に用意したのがこれとはな」

「ご希望に添えない場合もございますと申し上げたはずですよ。それにお待たせしたのはご登録者様に縁の繋がる番いがあまりに稀少であったというのも理由のひとつです」

「客に向かって言い訳か」

「事実を申し上げたまでです」

「……チッ」

 今、舌打ちしたぞこの人!

 態度が悪いにもほどがある。

 ぽっと出の私に対してのみならず、仕事として仲介したらしい受付の方にまでこんな風だなんて信じられない。

 これがこの男の普通なのだとしたら性悪にも程がある。店員さんに横柄な態度を取る人間が、私は男だろうが女だろうが大嫌いだ。……こいつは人間じゃなさそうだが。

「立場や身分がどうであれ、こちらに登録された時点であなたも一利用者に過ぎません。よってこちらもそのように扱わせていただきます、とご契約時に了解いただいているはずですよ」

 とはいえ受付係を務めるだけあってこちらのお姉さんもメンタルは強い。強力な笑顔の仮面はまったく剥がれ落ちる気配は無いし、柔和な雰囲気と……強気でやや失礼だがきっぱりとしたビジネスライクな物言いは丁寧なままだ。


「お客様」

「……え、私ですか?」

「はい」

 私も客だったのか、ここの。

「あちらでもお聞きになったかと思いますが、安易に個人情報を漏らさないようにお気を付けください。稀に非常にタチの悪い輩もおりますので、言葉巧みに御名を聞き出し、禁呪でこちらに縛り付けてしまう案件が他所では度々報告されています。当事務所では身元調査も徹底しておりますので、現時点では利用者間でのそのようなトラブルは一件も発生しておりませんが、くれぐれもご注意くださいませ」

「きんしゅ……」

「随分頭の悪い発音をするんだな」

「何ですかそれ」

 せせら笑うような一言は完全に無視してお姉さんに向かって聞き返す。

 それどころじゃない。

「禁呪も知らないのか? 黒髪のくせに、それで今までどうやって生きてきたんだ」

 またもや無視する。こいつ、一言嫌味を付け加えないと発言出来ないのか?

「守秘義務は理解しているつもりですが、それ以外のことが……言っている意味がまるで分からないんですが」

「ふむ……なるほど。あちらとこちらでは規約内容が一部異なっているようですね。私どもの確認不足です。重ね重ね、ご不便をお掛けして申し訳ございません」

「そうだ。俺にもきちんとした説明をしろ。見つかったというから急ぎ来たというのに……」

「いえ、私はちゃんと説明してもらいたいだけで……」

「承知致しました。ではあちらで一度腰を落ち着けてお話しいたしましょう」

「俺は金華茶を所望する」

 当然のようについてこようとするので一瞥して片手を突き出し、ストップをかける。

「なんだ」

 彼は心外そうに踏みとどまって私の言葉を待っているようだった。

「……さっきからうるさいですよ、そこの人。私はこちらのお姉さんとお話ししてるんです。なんで勝手に着いてこようとしてるんですか?」

「何? 俺に目も向けないと思っていたら、お前」

「お客様。あれは一時無視して下さって結構ですので、どうぞこちらへ」

「あ、どうもありがとうございます」

「おい!? 俺を置いて行くな!」

 いくら顔が良かろうとも口と態度の悪い輩に無理に割く時間は無い。

 私と受付嬢さんはさっさと応接セットまで移動した。


「お客様。申し訳ありません、こちらの同胞が度々失礼を……」

 囲いの中に一時避難して私を先に席に座らせた彼女は、「粗茶ですが」と温かい飲み物を用意してくれた。

 日本の湯呑みに似た白く薄い陶器の中に黄色い花びらが四、五枚浮かんでいる。口に含むとすっきりとした甘味と清涼感のある不思議な後味のお茶だった。

 ホッと私が一息をついたのを見て、彼女はおもむろに立ち上がるときっちりと腰を折って頭を下げた。

 謝られたことにも恐縮したが、何よりその内容を頭の中で反芻して目を剥く。

「どうほう……えっ!」

 この人もあんなデカくなって空飛べるってこと!? 人じゃないの!?

「ですがあちらはお客様のことをどうやら気に入られたようですので、どうかこの申し出を邪険にしないで頂きたいのです。ご無理を承知で、慎んでお願い申し上げます」

「……あの、どう見ても気に入られてるようには……」

 いくらなんでも「ちんちくりん」は無いだろう。

 それに「これ」呼ばわりされた気がする。登場から言動まで衝撃的すぎてうろ覚えだが。

 あの態度は気に入ろうが気に入らまいが失礼だ。

「それにコクハツだとかなんとか……」

「ああ、それはあなた様の御髪のことですよ。黒髪のお方ということです。こちらでは黒い髪の方は大変に珍しいので、目の前にしてついうっかり口に出てしまったのでしょう。決してあなた様を貶めるような意図は……」

「ちんちくりん発言は……」

「無礼な口は後で捻っておきますね」

「よろしくお願いします」

 それは当然悪口ですよね。

「ですが、私も含め龍という種の話を致しますと、頑固で理屈屋な気質も相まって選り好みの激しい個体が多いのですよ。あのように失礼極まりない言い方しか出来ないところは本当に残念な方なのですが、少なくとも彼はあなたの見目を含めた情報を先んじて確認した上で、ここまで飛んでやって来たのです。子どもっぽい憎まれ口は叩いていますが、あなたに会って言葉を交わしてからもここに留まり、あなたの側に居たいという意思を示しています」

「……どう見ても、いっしょに居たい相手に対する言動じゃなかったと思うんですけど」

 というかさっきのやり取りや、彼女の口振りからして、あの失礼千万男と受付嬢さんは旧知なのかもしれない。

「そうですね……不器用にも程があるというか、ヒト付き合いを好まない個体ではありますから、距離感の掴み方を知らないんです」

 どこか手間の掛かる弟を見るような苦笑いが彼女の薄灰色の目に浮かぶ。

「あのへそ曲がりの気難し屋にとって、これはかなり貴重な機会なのです。どうか、我が種の存続のためーーいえ、この際はっきりと申し上げましょう。龍の里の嫁不足解消のため、どうかひと肌脱いでいただけないでしょうか?」

「……」

 サト。里というのは、「龍の里」のことだったのか、とその時ようやく合点が入ったのだった。

「それは……ひとまず置いておいて……とりあえず聞きたいんですが。ここは、どこですか? あと龍って……何ですか?」

「なるほど」

「……」

「なるほど」

 なるほど、とは。

 赤毛の受付嬢さんーーサフィナさん、といっただろうか。彼女は神妙な顔で何度か頷いて、一時思案するような沈黙を挟んでから重たい口を開いた。

「私がここでご案内するのが良いとは思うのですが……生憎と当相談所のサービス内容には含まれておりませんので、よろしければお相手の方にお訊ねください」

「……そうですか」

 給料外の仕事をさせるのは忍びない。

 しかしここがどこかも答えてもらえないなんて、ちょっと不親切すぎやしないか。

「それもコミュニケーションツールのひとつとしてご活用いただければ」

「はぁ……」

 というか完全に私が雰囲気に飲まれて流される前提で話が進んでいるのだが、私はまだ何ひとつ了承していない。

「おい、いい加減話は済んだのか。客をひとり棒立ちで待たせるなどーー」

「お客様」

「なんだ」

「この方はこちら側の知識を一切得ずに異界から召された女性ですので、私共の常識は通じません」

「……道理で珍妙な格好をしている」

「珍妙……」

 ごく平凡なパンツスーツなのだが、それが珍妙とは。

 衝撃を受けて絶句する私をチラリと見て、受付のお姉さんは大きく咳払いをした。

「あなたにとっての当たり前は彼女にとっては未知の知識です。慎重に、かつ丁寧に、少しずつこの世界に慣れるよう丁重に扱って差し上げて下さい。それが招待した側である我々の、そしてあなたが果たすべき義務ですよ」

「フン、初めからそう言えばいいものを」

「結論を急くのはあなたの悪い癖です」

「知った風な口を……」

「ひとついいですか」

 何やら不穏な言い争いが勃発しそうになっていたのでちょうど良い話題で遮ることにした。こんなギスギスした空間に居たくはない。

「なんだ」

 先ほどよりも爪の先ほど態度が軟化したように思える美青年が、しかしながら怪訝そうにこちらを振り返る。


「勘違いでなければ……いえ、絶対そう。あなた、写真の姿よりも若返ってない……?」

「……」

 ギクリ、と彼の背後に太文字フォントの効果音が見えた気がした。

 ここで気にするのがそこかよと自分でも思うが、気になるものは気になるのだ。

 やはりこれは見間違いなどではない。

 写真で見たときも二十八にしては若々しいと感じていたが、それは美形補正だと思っていた。だがこうして本人と対峙してみてその疑念は確信に変わりつつあった。どう見ても、若い!! というか若返っている!!

 態度がデカくて偉そうだから、その圧倒的な存在感に誤魔化されそうになるところだが、サバを読んでも二十代前半に見えるかどうかというところだ。

 純粋な感覚で算定するならば、はっきり言って十七、八そこそこにしか見えない。

 背丈はあるがひょろ長いという印象だし、面差しもほっそりとしていて肩まわりや胸の厚みも無く身体の線が(人間換算で)成人男性というには頼りないのだ。青年というよりも少年を感じさせる。

 こんなのとお見合いするなんて客観的に見ても主観的に見ても犯罪臭がする!


「ああ、そうですね……それについては私からご説明致しましょう」

 私の指摘を真正面から受けて、途端に口をつぐんだ彼の代わりに受付のお姉さんが進み出た。仮面のような完璧な笑顔の中に苦いものが混じっている。

「龍は他の種族に比べて圧倒的に長命であり、加えて肉体の成熟した壮年期が最も長いとされています。彼はまだその前段階の、青年期に差し掛かったところの若い個体なのです。人よりもゆっくりと年月を経る肉体ですから、人の成熟度に換算するとあなた様と同程度なのですが、人型をとった場合にはやや幼く見えてしまうものなのです」

「ふむ」

「龍は運命の番いを見つけることで肉体的にも精神的にも急成長すると言われていますので、あなたと無事結ばれればあっという間に壮年期を迎えるはずです。肉体的に弱い伴侶を守護するのも番いの龍の務めですからね」

「へー」

「というわけだ」

「……」

 無茶苦茶だ。トンデモ設定だな龍って。

 というか龍? 龍なの? 本当に?

 こっちの美青年も、こっちの美女も。

 今さらだけどこの人たち本気なんだろうか。

 でもこのヒト、いやこの龍、確かに飛んで来たし、宙に浮いてたし……。


「お前の側の文明や文化に違和感の無いよう、似姿や情報も勝手に操作されるらしい。向こうで見た俺の姿もお前の目には同種族の同年代男性に見えただろう」

「はあ、まあ……」

 装いこそ普通だったがその輝くばかりの顔面はめちゃくちゃに目立っていた。他の人とレベルが違いすぎて軽く退くくらいに。

 こうして本人を目の前にすると遜色ないどころか実物の方が八割増くらいでハンサムだ。勘弁してほしい。

 まあ落ち着け。

 顔が良くて性格も良いのは詐欺師か生粋のモテ男。私が太刀打ち出来る相手ではない。

 だが彼を見ろ。顔は良いが性格は悪い。おまけに初対面だというのに口も悪いし態度も悪い。

 ……そう、口が悪い。あまりに悪い。初対面だというのにずっと「お前」呼びだし。だから嫁のなり手がいなかったんじゃないの、と思う。


「俺たち龍は個人主義かつ能力主義だ。弱い個体は淘汰される。しかしお前がヒトである以上、俺に比べて非常に矮躯で無力であることは変えられない。だから、俺の目の届く範囲に居れば身の安全は保証してやる」

「……はあ」

 何を言いたいのか掴みかねたが、どうやら彼は私を「弱い個体」として守ってくれるつもりでいるらしい。

 そりゃあんなドデカイ身体で押し潰されたらひとたまりもないだろう。それどころかあの風に舞い上げられただけで心臓が止まりそうだ。

 おまけに黒髪が珍しい髪だとか言われると、今まで抱いたことのない不安がじわじわ湧いてくる。


「龍の伴侶選びは難航することが多いのです。相手を見つけ、求愛するまでは龍側の役目ですが、伴侶となる側がそれを受け入れるか否かは別問題ですので」

「……それは誰であろうと同じでは? どんなに相手を望んでも得られない場合はあるでしょう」

「ええ、おっしゃる通りです。それは龍にとっても人にとっても獣にとっても同じこと。だというのに、こちらの同胞ときたら……」

「何だ」

「気遣い以前に礼儀作法のレの字も弁えないのですから、問題しかありません」

「なに……?」

 白い額がわずかに歪む。怒りの表情さえ様になるのだから美形というのは得をしている。

 それを尻目にサフィナさんにこそっと耳打ちされた。

「このような不遜な態度は照れ隠しと思っておいていただいて結構ですよ。縁が薄ければ、まずこの方はやって来ませんでしたから」

 こそっと耳打ちされるが不信感はまったく拭えないし印象も最悪なままだ。

 これとお見合い……結婚相手として検討しろと言われても、到底無理だと思うのだが。

「ん? ということは、このマッチングも私に拒否権があるということですね?」

「はい。……ですが、今回は両者合意の顔合わせですので、お客様にはご契約内容分の期間はこちらに滞在していただくこととなります」

「ぐっ……!」


 輝かしい顔面に釣られて軽々しくタップしてしまった過去が悔やまれる。

 こんなわけの分からない状況に追い込まれるなんて!! 聞いてない!!


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