11:竜は語る
ラヴィナ上部――つまり島へと戻った俺達を待っていたのは嵐だった。
「これは……まさか」
俺は嫌な予感がする。
「リンド、あれを――」
シスカが指差す先、黒い空には長い胴体を持つ竜が浮かんでいた。それはいつか見た、あの龍だった。
「雷嵐の主……テュエッラ。やはりまだ生きていたのですね」
「一旦中に戻ろう! あいつは流石にやばい!」
「大丈夫です。あれは敵ではないはずです」
「は? それはどういう意――おい、シスカ!」
シスカが、嵐の中へと踏みだした。
「どういうことだよ!」
俺は逃げたい気持ちで一杯だったが、シスカを置いて逃げるわけにはいかない。それに、確かに言われてみれば初めて遭遇した時に感じたような圧倒的威圧感や敵意を感じない。
「やはり……目覚めていたのだな、裏切りの姫よ」
突如嵐が止み――低い、轟きのような声が空から降ってくる。
「はい。ですが、記憶を失ってしまいました。ですが大体のことは把握しています」
「そこの人間が目覚めさせたのか」
「はい。リンドという名の人間です。彼のおかげで私は目覚め、そしてラヴィナの現状を知ることが出来ました」
「……我の立場から言えば、ラヴィナを動かし得る其方を目覚めさせる可能性がある者は統べて排除するつもりだった」
なるほど、だから最初襲ってきたのね。
「そして目覚めたが最後、ラヴィナを再び起動させ、あの愚かな王と同じ末路を辿るかもしれないと」
「……私は記憶は失いましたが、考えまでは失っていません。リンドと相談し、ラヴィナはこのままにしておいた方がいいという結論に至りました」
「それでいい。この島は、人の手にも神の手にも余る。このまま空を彷徨わせ続けるしかない」
「下界はどうなったのですか」
シスカの問いにすぐに答えず、テュエッラがしばらく無言のままこちらを見つめ続けた。
「……世界は衰退した。神は絶え、竜は封印を守る為に空から降りなくなった。やがて世界は人の物となり千年が過ぎた。そうしたらどうなったか――同じだ。千年前と同じ道を辿っている。かつての力を得た者が神を名乗り、殺し合っている」
どこの世界も一緒だ。歴史は繰り返すってやつだ。
「だが、こたびの戦に神はいない。竜もいない。お前達機械仕掛けの神すらも登場しない。向かうは――破滅のみ」
テュエッラの声には、少しだけ悲しみが混じっていた。
「エクスマキナと同じ過ちを今度は人が犯すのですね」
「彼等に、このラヴィナほどの力はない。だが、その数と悪意はそれ以上だ。我ら竜族はそれも運命だと見定めている。人が消えたところで星は消えぬ」
「それでも多数の命が消えてしまう。止める手段は」
「ない。ラヴィナを止めれば良かった千年前とは違う。それに我らはここから動けない。ラヴィナを放置するわけにはいかない」
なんて会話してるけどね。俺は知っている。俺の世界はまだ何とか保っているが、この世界には地球以上にやばそうな力がゴロゴロしてそうだ。ほっとけば星まで消えるかもしれない。
「俺には、何が正しくて何が間違いか分からないけどさ。そんなに人間同士で争っててヤバいのなら、止めるしかないんじゃねえの。ラヴィナだってさ、もう動かせるのシスカしかいなんだし、竜族も大手を振って下界に行けばいいじゃないか」
「ラヴィナの護りを放棄しろと言うのか、人間」
「だって、もうラヴィナを動かせるのは俺らだけだろ? だったら手を組めばいい。あんたら竜族と俺達で同盟を結ぶ。ラヴィナは起動させないが、代わりに中にゴロゴロありそうな兵器やらなんやらを使ってさ、あんたらと一緒に下界に降りて、戦いを止めればいい。下界の人間がどれぐらいの力を持っているか知らんけど、流石に竜とラヴィナの兵器があれば、負けないだろ。あんたらがラヴィナから動けないなら、ラヴィナと共に移動すればいい」
俺がそう提案すると、二人が沈黙する。
いや、ただの素人意見ですからね?
「ラヴィナの中枢へとアクセスを封印しましょう。そうすれば少なくとも分解砲はもう使えない。それでもこの要塞の移動操作ぐらいは出来ると思います。更にリンドの力で兵器達を起動させれば戦力にはなります。テュエッラ、彼の意見は実行可能ですよ」
「……裏切りの姫よ。我はお前の最期を知っている。お前が、信用にたる存在であることも。お前がこのラヴィナを封印するというのなら信じよう。だが、人を守る為に人を殺すという矛盾を、忘れるな。我ら竜族は星の使い。星に徒なす者と分かれば人であろうが神であろうが……お前であろうが牙を剥く」
「ええ。それで構いません。もし私達が間違った道へと歩みそうになったら止めてください――千年前のように」
「ならば、話は終わりだ――シスカ、そしてリンドだったか? 貴様らに竜族は協力しよう。我は一度、同胞達をまとめて、説得を行う。その間にラヴィナの封印を行え」
そう言って、テュエッラが去っていった。
「えっと……なんか口挟んですまん」
なんか大事になっている気がする!
「ふふふ……リンドは流石ですね。あの竜族を仲間にしたのですから」
「いや、でも千年前はシスカがそれをやったのだろ? 人と竜を結託させて、ラヴィナを止めた」
「結局は色々と失敗しましたからね。同じ過ちは犯したくありません」
「でもさ、こうなるとドラゴン……喰いにくくなるな」
流石に同盟を結んだ相手の仲間を食べるのは気が引ける。
「……ですねえ。仕方ありません」
心底残念そうにシスカがそう言った。
「じゃあ、その封印とやらをしにいきますか。またあそこにとんぼ返りが」
「ですね。ついでに使える兵器や兵装も探しておきましょう。戦争に備えて」
「しかし、戦争中に空から竜を引き連れてこんな要塞が現れたらびっくりするだろうなあ」
「一致団結して、こちらに敵意を向けるかもしれませんね」
「抑止力になればそれでいいだろ」
俺にはそういうパワーバランスとか抑止力とかについてはさっぱり分からない。人の身にはあまりに重すぎる。
だが、シスカや竜族なら違うかもしれない。
「いずれにせよ、地上に降りられそうでホッとしているよ」
「私はこのままでも良かったですけどね」
「真顔でそういう事言うと、照れるからやめてくれ」
「なぜ照れるのですか?」
首を傾げるシスカを見て、俺はため息をついた。
「なんでもない。気にするな。さあ行こうぜ」
「はい!」
こうして俺達は再びラヴィナ中枢へと向かい、封印――具体的に言うと、コンソールを物理的に破壊するという何とも脳筋な方法――を行った。
「移動操作は別所で行いますので問題ありません」
無惨な姿になったコンソールを前に、ドヤ顔するシスカ。
「うーん……まあいいか」
こうなると、俺のスキルでももう起動不可だ。ここまで壊れてしまうと俺のスキルが通用しないのは実験済みだ。
「まあ、テュエッラもこれで納得するだろうさ。本当は分解砲そのものを壊したいところだが」
「おそらく分解砲でないと破壊不可でしょう」
「それじゃあ本末転倒だな。仕方ない、これで満足しよう」
シスカに案内され、このラヴィナのブリッジへと向かった。そこは、どういう理屈なのか、全周囲がモニターになっていて、ラヴィナ周囲を映し出していた。
そこには――テュエッラを中心に、夥しい数の竜が舞っている。
「それでは下降を開始します。まずは、人のいない土地を目指します」
シスカがマイクを通して、外へと話し掛けた。
その言葉に、テュエッラが答える。
「――付いていこう。竜族はお前達と共にある」
ラヴィナ全体が揺れる音と共に、ゆっくりと景色が上へと流れていく。
「さて……どうなるやら」
「きっと大丈夫ですよ」
「そう信じよう」
俺はそんな事を言いながら、少しずつ見えてきた大地に高揚する。
思えば短い期間だったが、この浮島に転移されて途方に暮れていたのが遠い昔のようだ。
「さて……ようやく異世界転移物らしくなってきたな」
俺はわくわくしながら、そう呟いた。
こうして俺は、空中要塞と竜、そして半神半機の少女と共に――ようやくこの異世界に、足跡を刻むことが出来たのだった。
まだまだ話は続きますがここで一旦完結とさせていただきます。ありがとうございました