それ、いじめじゃなくて犯罪です
上履きがなくなった。
朝、冬哉さんと気分よく登校して学校ついたら下駄箱にあるはずの上履きがなくなっていた。
昇降口から渡り廊下。果ては職員用玄関まで探したけど見つからなかった。
「先生、私の上履きがなくなりましたー」
近くまで来てたのでそのまま職員室のドアを開けて言い放つ。
中にいる先生たちがぎょっとした顔でこちらを見ていた。
元の遙だったら、黙って靴下で教室に行っていたでしょう。
でも、ここにいるのは中身がアラサーの遙なので素直に問題を教師に報告する。
「おかしいねー。誰か間違えて履いてるんじゃ…」
担任の先生、それはありえないですよ?小学生低学年ならともかく高学年になって自分の下駄箱を間違えたりしませんて。名前だって書いてあるし。
「間違えたのなら間違えた人のが残ってますよね?」
「…」
信じたくないのか面倒くさいのか、思考停止している先生。
動きまで停止しちゃいました。
考え込む事しばし。
「空木、お前虐められてるのか?」
再稼働するなり直球な質問をぶつけられた。
もう少しオブラートに包んで欲しいと12歳の遙が泣いているよ?先生。
「大多数の女子からは無視か悪口言われてますね」
12歳の遙は隠していた。
恥ずかしかったからだ。
でもここにいるのは中身がアラサーの遙だ。
言葉をなくした生徒と教師の頭上で、キーンコーンと朝活の合図の放送が鳴り響く。
「教室行きたくないんですけど?」
「うむ」
「先生スマホ持ってます?」
「うむ」
「今、思いついたんですけどね、こういう実力行使する子ってネットでも悪口買いてそうだなって」
「………」
「何か出ました?」
「空木、教室に行けそうか?教員用のスリッパ貸すから」
「ちょっと無理かなー。きつい」
「帰るか保健室にいくかどうするか…」
「保健室でお願いします。」
見て気分が悪くなるようなものがヒットしたらしいのは先生の表情見て悟った。
「先生、それ画面キャプチャして保存しておいてくださいね。」
何にしろ、今日はもう教室行く気が失せた。「負けない」って意地張るのも疲れるし。
「そうか、うん。気にするな。きっと悪戯だろう」
「先生、私はこれ『窃盗』だって思うんですけどね」
「……」
「世間一般で起きたら立派な犯罪なのに、どうして校内だと免罪されるのかな」
「……」
「私への誹謗中傷とかも名誉棄損ていう名の犯罪だと思うんですけど」
「生活指導の先生とも相談して対応を決める。大丈夫だぞ。空木」
「…」
あてにならないなーという感想が沸いてきて、私は無言で保健室へと向かった。
昼休み。
クラスメートが私の上履きを見つけてきてくれた。
隣の席の好感男子こと吉田君だ。
「…」
ご丁寧にもってきてくれた上履きには「ブス」だの「キモい」だのの文字が。
あと汚い。なんか泥汚れがついている。
「拭いたんだけど、とれなくて…」
吉田君、いい奴。
「ありがとう吉田君。見つからないかもって思ってた」
オキ〇クリーンに漬けてゴシゴシ擦ればとれるだろうか。
「…空木さんは可愛いと思う。だからこれは事実無根だ、これ書いた奴がブスだと思う」
「…ありがとう」
「その、この字、篠宮のだと思う。こっちのは自信ないけど多分津川」
「くだらない事するね?」
「本当だね…。空木、俺は味方だから」
「…うん。ありがとう」
心遣いが沁みるよ、吉田君。
その日は早退する事にして、どこで見つけたのか教えてもらい。
保健室の先生からはジップロックを譲ってもらい上靴を入れた。
「証拠品はやっぱりジップロックに入れなきゃね」
問題はかびないかどうかなんだけど乾かした方がいいのかな?
というか、遙ったら攻略対象を救う前にまず自分を救わなきゃいけないかも?
転校もいいかもしれない。吉田君はいい奴だけど。
「普通に犯罪だと思うけどねぇ。器物破損に名誉棄損、窃盗罪、あとハラスメント」
嫌な場所にいなくたっていい。どうせここまで拗れたら関係改善なんて無理だろうし。
「学校の対応次第だろうけど、親に相談しなきゃな」
新しい上靴も買わなきゃいけないし、安いのでいいからデジカメかスマホ買ってもらおう。
自衛のために。
あんまりふざけた事するならこっちもやられっ放しにする気はないから。
帰りに昇降口で外靴を履いてたら、尊とばったり出くわした。
「体調悪いのか?」
「これ」
私は落書きされた上靴を見せた。
「誰にやられた?」
尊に凄まれ、思わず後ずさる。
「怖いってば。被害にあったのは私なのに」
「…ごめん」
「中庭の池のところにあったらしいんだ。今日は教室に行きたくないから帰る」
ちょっと泣き笑いみたいな表情になったかもしれない。
なるべく平気な顔をしたかったんだけど。
「…何かあったら相談しろ。」
「クラス違うし、きっと無理。だけどありがとう」
まぁ、そもそもの元凶が尊なんだって。
「気をつけて帰れよ」
「うん」
「クラスが違っても、俺はお前を気にしてる。幼馴染だからな」
「…うん」
あれ?
尊の幼馴染発言にちょっとほんわかした。
でも何かひっかかるんだなぁ。
うーん何だろう。
首をひねりながら帰る途中、冬哉さんの高校の生徒が校外マラソンの授業で走っているのに出くわした。
「あれは広瀬夏樹だ」
陸上部の夏樹は先頭集団を引っ張って軽快に走っていく。
「うーん。ゲーム通りのさわやかイケメン…」
クォーターである広瀬夏樹はとても色素の薄い髪をしているので黒髪ばかりの集団ではとても目立つ。
短髪の多い陸上選手の中で、彼は伸ばし気味の色素の薄い髪を後ろでひとつに括っているのでさらに目立つ。
「冬哉さんの高校ってけっこう服装が自由だなぁ」
冬哉さんがいつも、カッチリとした隙のない服装をしているので、お堅い学校なのかなぁと漠然と思っていたけど、そうでもないっぽい。
ツーブロックにしている生徒もいるくらいだ。
「がんばれー」
思わず手を振れば、男子高校生ズも手を振り返してくれた。
うん、ちょっと元気でた。
遅れて女子のグループが手を振る私の前を通りすぎる。
「わ、ヒロイン!」
冬哉さんがいて広瀬夏樹もいるんだから、やっぱりゲームと同じ世界なんだ。
ヒロインも当然いるんだよね。
ピンクがかった茶髪のヒロインが目の前に…。
「かわいいー。小学生が手を振ってるぅ」
そんな風におしゃべりしながらも走っている。
余裕だなぁ、おい。