記憶の甦りは突然に
「あの人って空木冬哉じゃん!」
選ばれなかった攻略対象が全員死ぬというスマホゲーム。もともとは投稿サイトに寄せられた小説が原作だった。
法事の席に遅れてやってきた美青年はそのスマホゲームの攻略対象の空木冬哉だった。
彼はヒロインに選ばれないと悲しい最後をとげる。
彼だけではない。選ばれない攻略対象は必ず死んでしまうのだ。
「何とかしないと」
前世の記憶を思い出した空木遙はハッピーエンドを目指すが、全員生き残らせる事ができるのか?
「愛と終着の奏」
それは、とあるネット小説が原作のゲームである。
分類するならば乙女ゲームというジャンルになるだろか。
原作である小説も、当時「悪役令嬢ざまぁ」「悪役令嬢からのざまぁ」傾向が大勢であった中で、やや異彩を放ったストーリーだったように思う。
とはいえそんなに新しい物ではなく、どこかで聞いたようなエピソードで組み立てられており、読む者達を慣れ親しんだ懐かしい世界に誘うような郷愁感を与えるような作品であると言えよう。
その投稿小説サイトでは応援イラストが投稿できるようになっており、作者によってはそこに自分が貰ったイラストを挿絵のように貼り付ける事が出来た。
その機能で、とある「お耽美好きな神絵師」が利用して作中のキャラクターを描いて投稿した事から人気に火がついた。
「愛と終着の奏」
それは主人公が様々な困難から選択肢を選んでいくと最後に最愛の人と結ばれるという話で、よくある恋愛ゲームではあるのだが、主人公が選ばなかった攻略対象が次々と死ぬという点で異彩を放っていた。
その死に方は「お耽美好きな神絵師」が傾倒するだけあって、美化された死に方であり、読者達は
自分の押しが選ばれなかった時の命の零れていくような喪失感にある意味酩酊していった。
ある者は、銃撃戦の最中に主人公を想いながら死に、ある者は「ハムレット」のオフィーリアのように水面に揺れながら死んでゆき、ある者は冬に思い出の地で降りしきる雪に埋もれて死に、ある者は豪奢なベッドの上で眠るように死ぬ。
主人公がハッピーエンドなのに他の選ばれなかった攻略対象に訪れるのは「死」の一択である。
なんという報われのなさ。
ゲームになった時に件の絵師を押さえられなかったためなのか、それっぽいキャラの絵が使用されたが、作画崩壊が甚だしく期待度の割にがっかりしたゲームのワースト10に挙げられたという不名誉な事態となったのは記憶に新しい。
それでも小説からのコアなファン達は、自分の押しの死をなんとか選ばれなかった場合でも避けられないのか考証し、作画の崩壊に涙しつつもゲームならばどこかに存在するかもしれないと隠しルートを求め周回を繰り返すのであった。
そしてあるファン達はひそかに似て非なる物語をも創造していったのある。
私、空木 遙は転生者である。
その手のネット小説で流行った「前世の記憶」というものをうっすらと持っている。
何故それがわかったかと言うと…。
それは空木家本家のお祖母様の法事の席だった。
空木家の親族郎党が集まって、ありし日のお祖母様の思い出に花を咲かせていたところ、遅れて登場してきた青年を見たところ走馬灯のようにとある乙女ゲームのシーンが脳裏によみがえってきて
当時12歳だった私はぶっ倒れた。
決して酔っ払った叔父にウィスキーボンボンを口に押し込まれたせいだけではない。
いや、それもあったかもしれない。
とにかく別室に寝かされた私は酔っ払い達の喧騒を耳に、先ほどから流れ込んでくる前世の記憶に翻弄されていた。
スマホのゲームの美麗なイラストの広告に心躍らせて深夜にポチったゲームアプリ。
いざ起動させてみたら美麗なのはパッケージだけで、微妙に狂ったデッサンの登場人物にがっかりしつつもせっかく買ったのだからと起動してみた事。
一回目に、選んだ攻略対象以外が全員死んでびっくりした事。
ネットの評判をぐぐったところ今年発売されたゲームワースト10にランクインしている事をしってがっくり来た事。
自分の選択肢が悪かったのかと攻略情報サイトを見ても選んだ人物以外がすべて死ぬのが通常仕様だと知ってさらにがっくり来た事。
寝覚めの悪い結末に、あちこち情報を探している内に元の原作小説に行き当たり、読んでみてまたすべての攻略対象を救うのが無理だと知って悶々として。
さらに検索していくうちにコアなファンが二次創作したさらにコアな小説に行き当たる。
そんなこんなで「愛と終着の奏」に夢中になっていた私はどこか注意散漫だったのだろう。
歩道橋で足を滑らせて落ちてしまって死んだらしい。
「いやーマジですか。そうですか。ありえねー」
それほどゲーマーという訳でもなかった。
仕事と家の行き帰りの隙間時間にポチポチやっていただけなのに。
前世の私はよほど未練があったらしい。次の生でも覚えているとは。
「あの人、空木 冬哉じゃないですか。」
彼は主人公に選んでもらえなかった場合、主人公や両親との思い出の地である閉園後の遊園地で死んでしまうのだ。
整った顔は白く血の気を失い、長いまつ毛や彼の美しい黒髪に白い雪の結晶が降り積もり…。
「いやぁぁぁぁ」
彼のバッドエンドはトラウマだ。
いや彼のバッドエンドもと言い直すべきか。
「だめだめだめ!何とかしないと!」
その時の私はウィスキーボンボンのアルコールで頭の中が沸いていたに違いない。
主人公は遠野 優花 優しくてかわいい女の子。
対するイケメン攻略者は4人。
寒空の中、雪の中で死んじゃうのが空木冬哉でわたしの従弟にあたる。
花に囲まれてオフィーリアばりの水死をしてしまうのが 広瀬 夏樹。
警察官で殉死してしまうのが 飯塚秋司。 ベッドの上で眠るように息絶えてしまうのが神宮寺 春斗
ちょっと死にすぎじゃない?
眼鏡っ子少年探偵もびっくりな致死率じゃない?
そこまで考えてもう一人、攻略対象ではないけれど話の序盤で不幸な目に合ったり死んでしまったりする人物を思い出した。
それは、空木リリカ母娘。さきほどウィスキーボンボンを私の口に押し込んでくれた叔父の娘であり妻である。
私は若干フラつきながらも会場に必死に戻った。
「おばさん。聖雛鴨病院はやめた方がいいよってクラスメートが言ってた」
「ええ??」
「産科の先生が代わって、その、あまりいい噂を聞かないって」
そう、叔母は今、身ごもっており、お産の時、リリカは仮死状態で生まれてくる。
そして居合わせた当直の先生がそういった緊急事態に慣れてなくて…。
「そうなの?はじめて聞くわ。その話」
安定期に入ったので検診が一か月に一回。つい最近も体調不良で里帰りをしていた為、情報を知らなかったのだ。
「腕のよいベテラン先生が急に独立して故郷で産婦人科病院をたちあげたって聞いたよ?、後任の先生選びにゴタついてるって」
そんな話をしておけば、叔父が勝手に動くだろう。何しろ叔父は叔母の事が大好きなのだ。
「そうかそうか。さっきは悪かったな遙。お前のお父さんが蟒蛇だったから平気かと思ってたんだ。親子だからな!」
「顔形が似ていても体質までは似てません!」
「悪い。悪い!」
バンバンと笑いながら私の背をたたく叔父だが、ゲームではあんな事をするとは…。
「いたいっておじさん」
「すまんて」
そう、リリカが生まれる時にトラブルがあって、リリカは健常な状態ではない状態になる。
そのため、この一見気のよさそうな叔父が鬼に変わるのだ。
具体的には本家の遺産を狙って家を乗っ取り、正当な跡取りである冬哉を苦しめるようになる。
リリカの治療にお金がすんごくかかるから。
物語のエピソートでは聖雛鴨病院がちょくちょく余計な事をしてくれる。
夏樹のケガを誤診したり秋司が最後に運ばれるところもそこだった。
春斗の飲んでいた薬の袋にも聖雛鴨病院と書かれていたとネットの住人が検証していて、今回もここは全力で避けた方がいいと思ったのだ。
「ごめんねぇ遙ちゃん。この人酔っていて」
叔母が眉を八の字にして謝ってくれる。
この叔母も出産が原因でゲームで死んでいた。
死なせたくない。




