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放課後屋上部 『聖夜のキスにアヴェ・マリア』

所属している文芸部でお題『クリスマス』、『主人公の名前が阿部』によって書かれた物語です。

 ーーあの時、もし私があの場所へ行かなければ、きっと私はここに居ない。

 あの日、何もかも嫌になって逃げ出して辿り着いた場所である屋上、そこで私は二人に出会った。


 片や気怠そうに火のない煙草を咥える男子生徒。

 片や両手首に包帯を巻いている女子生徒。


 どちらもこの学校では有名な二人。


『屑喰い』おおがみ 鳴月なつきと、『血文字』緋頭ひず あかり

 以毒制毒の先輩男子と、希死念慮の同級生。


 そんな二人は、涙を流しながら屋上に駆け込んできた私を見て、ハンカチと手を差し出してくれた。


「「ようこそ、放課後屋上部へ」」


 たった一言、その言葉を添えて。


 ーーこれは、あの日から半年経った十二月二十四日、クリスマス・イブの話。


 ▽▽▽


 阿部マリア。

 それが私の名前だ。

 父が日本人、母がイギリス人のハーフで、生まれた時から日本に住んでいる。

 ハーフだからといって英語がペラペラな訳でもない。家では両親共に日本語だし、私も日本語しか話せない。だけど母から受け継いだ、白に近い金髪と碧色の双眸が私の周囲から偏見の視線を降らせてくる。


 顔の作りは日本人寄りだから、黒髪に染めてカラーコンタクトでも付ければ見た目は日本人になるだろう。

 でも、私はこの金髪も碧眼も気に入ってるし、何より『私が私じゃなくなる』気がするから、髪は染めないと決めていた。


 そんな私は、日本人の中に馴染めなかった。

 生まれも育ちも日本、話す言葉も日本語、生活様式も何もかも日本色で染まっている私なのに、ただ金髪と碧眼というだけで、排斥の対象となった。


 いや、それだけならいじめられなかったか。

 私はーーこう言うと自慢にしか聞こえないかもしれないがーー結構、顔が良い。母の整った顔に、幼い見た目が相乗したような、可愛い顔だ。男子からは美少女ともてはやされ、女子からは嫉妬の目を向けられる。


 それが、昔から嫌だった。

 小学校、中学校と良くない思いをしてきた私は、高校になったら「みんなと仲良くなるぞっ」と息巻いていた。


 結果として、それは叶わなかったが。


 友達は確かに出来た。良い子達ばかりだ。だけど、それ以外が悪かった。はなから私を敵視する女子は、少なくなかった。何をしたわけでもないのに、私は彼女達の敵になった。

 結局、高校でも嫌がらせをされる日々が続いた。

 ーーそう、あの日までは。


 ▽▽▽


 六月に入って少し経った頃、私達のクラスで窃盗事件が起きた。

 盗まれたのは、一部生徒のお金。財布に入っていた千円札が全て盗まれたらしい。発覚したのは放課後だ。

 お金を盗まれた一人の女子は、すぐに犯人探しをしようと提案した。担任に報告するよりも先に、だ。


「私、コーヒーで汚した千円札も入れていたの」


 だから、その千円札を持っているのが犯人だ、と自信満々に言い放ち、全員の財布を見せるように指図した。まさか犯人がそのまま自分の財布に盗んだ金を入れるわけない、みんなそう思っていた矢先、件のお札は見つかった。


 私の、財布から。


 あとはもう誰もが想像できる通り。

 犯人は私だと断言する女子グループと、犯人じゃないと主張する私とその友達。やがて私を犯人だと言う人は友達以外のほぼ全員となった。女子グループに嵌められたと気付いても、その証拠がない。私が無実を言い張っても、証拠となる千円札の方が影響は大きかった。


 そして、この悪意に満ちた空気に耐え切れなくなった私は逃げ出した。どこに行くでもなく、ただひたすらに離れたかった。これ以上は、心が壊れてしまいそうだったから。


 そんな私が辿り着いたのが、屋上。

 悪名高い二人に出会った時だった。


 私が泣きながら事情を説明すると、男子生徒ーー狼先輩が咥えていた煙草(何故か火は付けられていなかった)を箱に仕舞って、柵に預けていた身を起こした。


「んじゃ、行くか」


 それだけ告げると、狼先輩は泣いたままの私の腕を引っ張って教室を案内させた。そこから先は色々とあったが、狼先輩によって私の無実は証明された。

 事件は、女子グループの自作自演だと暴露された。


 それから私はいじめられることもなく、平穏な学校生活を送ることができるようになった。

 あとは、放課後に屋上へ行くことか。


 そこに行けば、私を救ってくれた先輩に会うことができるから。


 ▽▽▽


 十二月二十四日、クリスマス・イブ。


 どこに視線を向けてもクリスマス一色な街並みに浮かれた気分になりながら、私は待ち合わせの場所であるショッピングモールへと向かっていた。


 このショッピングモールは市内の方にあって、私は一、二度しか行ったことのない場所だ。知らない土地というのもあって少し不安だけど、それ以上に楽しみという気持ちが胸の内に溢れていた。


 冷たい風が頬を撫でる中、両手を口元に差し出して息を吐く。家を出る時は気にならなかったけど、昼を過ぎた今では段々と寒くなっている。


 夜になったらもっと冷えるかも……


 小さい頃から去年まで使い続けてきたマフラーはボロボロで、先輩に見せたくない思いから家に置いてきてしまったが、それは間違いだったかもしれないと少し後悔する。

 でも、仕方ない。今日はいつも以上に見た目に気を遣わなければいけないのだ。


 だって今日は、デートなのだから。


 左腕の小さな時計が指す時刻は十二時半。

 期待と緊張で高鳴る胸を押さえながら待ち合わせの場所に着くと、デートの相手ーー狼先輩は既に来ていて、私を待っていた。


「オオカミ先輩せんぱぁい、こんにちはです〜」


「ん、来たか。あとオオカミじゃなくてオオガミな」


「もしかして……お待たせしましたか?」


「スルーするなよ。あと、俺も今来たところだ」


 狼先輩は垂れた前髪を掻き上げると、困ったような顔で見つめてくる。四、五秒くらい私の姿を見た後、歯切れの悪い口調で口を開いた。


「あ、あー、その……似合ってるな、服……」


「……心がこもってないですね。付け焼き刃のデート知識なのが見え見えですよ」


「うっせぇ。慣れてねえんだ、こういうのは。……さっさと行くぞ」


「はぁい」


 気まずそうに頭を掻きながら、狼先輩は背を向けて歩き出した。いつも通りのようでちょっと落ち着かない先輩の態度に、クスっと笑ってしまう。


 今日のデートを誘ったのは私だ。

 誘う時は死にそうなくらい恥ずかしかったけど、今では勇気を出して良かったと思っている。

 このデートでどれだけ関係を進められるか、今日までそれだけを考えてきた。


 デートプランは全て狼先輩に丸投げしているが、デートの最後、別れ際に私は告白する。

 悩みに悩んで、決めたことだ。

 告白が失敗したら、私はもう狼先輩をキッパリと諦める。


 元々、狼先輩の隣にはアカリちゃんーー『血文字』として知られている緋頭 燈というヤンデレ少女がいる。私が放課後屋上部という謎の集まりを知る前から、二人は一緒にいる仲だ。ただ、アカリちゃんに確認したところ、二人は付き合っていない。

 まるで私がアカリちゃんから先輩を奪う構図だが、当のアカリちゃんから「デートがんばってね」と言われては複雑な心境にもなる。


 良くも悪くもアカリちゃんとは本音をぶつけ合える仲だから、友達の関係を壊したくないんだよね。


 でも、それは先輩と付き合いたいと願う私のエゴかもしれない。狼先輩との関係を進めて、アカリちゃんとの関係も維持する。得をするのは、私だけだ。


「おい、マリア」


「あれ、どうかしましたか?」


「いや、別に……観たい映画があるか聞きたいだけだ」


 そう言って狼先輩が指差すのは、公開中の映画のポスター。話題の作品から名前も知らないものまで展示されている。どうやら、デートの最初は映画館らしい。


「先輩のおすすめ映画で、良いですよ?」


「ん、了解。あと上目遣いがあざとい」


「えへへ」


「褒めてねえよ……」


 先輩は素っ気なく言うが、照れているのを隠し切れてない。照れ隠しでそっぽ向いてしまうのもなんだか狼先輩らしく感じた。


「取り敢えず、この映画でいいか? 海外のだから吹き替え版になるけど」


「それ……たしかCMもしてる人気の映画ですよね。スパイアクションでしたっけ?」


「ああ。海外ならではの過激なアクションだとさ」


「先輩ってアクション映画好きなんですか?」


「まぁな。男はみんなアクション好きだろ、多分だが」


「へぇ……」


 感心したように呟きながら、チラリと視線をポスターへ向ける。

 クリスマスの時期だ。恋愛モノも少なからずある。だというのにこの先輩はアクションを選んだ。

 デートだからもっとムードを意識して欲しいものだけど……下手に恋愛系に触れるよりも、人気のある映画を選んだってことなのかな。


 ま、そういうことにしておこう。


「先輩はまだまだ初心者ですからねぇ〜」


「お前、そのニマニマした笑い方似合うよな。腹立つ」


「えへへ」


「だから褒めてねえよ……」


 はぁ……とため息を吐いた狼先輩は「チケット買ってくる」と言い残してチケット売り場に向かっていった。

 手持ち無沙汰で待つのも申し訳ないと思い、先輩の分までドリンクを買っておこうと私もカウンターの方へ足を運んだ。

 今日がクリスマス・イブなのも関係しているのか、映画館は混雑している。特に、カップルの数が多い。ドリンクを買う列に並んでいる大半が男女のペアだ。


(私も先輩と並んで立ってたら、そう見えるのかな)


 指先で金髪の毛先をくるくると弄りながら、そんなことを妄想する。周りにいる人達は自然の姿で、側から見てもカップルに見える。お互いどちらも、似た雰囲気を纏っている。


 だけど、私と先輩はどうだろう。先輩と私は、周りの人達みたいな自然な姿だろうか。日本人とハーフでは、そう見えないだろうか。


 でも、そうだ。アカリちゃん。


 緋頭 燈と狼 鳴月の組み合わせは、全くもって違和感のないものだった。まるで二人で一人、一心同体みたいな。

 やはり、先輩が彼女を作るとするならば、アカリちゃんみたいな女の子なのだろうか。

 私と、アカリちゃん。


「……先輩は、どっちを選ぶのかな」


「ん? ジンジャエールで」


「ふぁあ⁉︎ ジンジャ・エール⁉︎ ダレソレ⁉︎」


「誰⁉︎ ジンジャエールはジンジャエールだぞ⁉︎ 何と勘違いしてんだ⁉︎」


「……あ、ジンジャーエールのことですね。やだもう驚かさないでくださいよ」


「言い方くらいでそんなに驚くことか……? ていうかジンジャエールじゃねえの?」


「何言ってるんですか。ジンジャーが入ってるからジンジャーエールですよ」


「さもありなん」


「ふふん、頭を撫でながら褒めてください」


「よしよし、えらいえらい」


「むっふふー」


 ……あ、これカップルっぽいかも。


 ▽▽▽


 狼先輩が選んだ映画は、面白かった。

 スパイ映画ならではのハラハラ、そしてド迫力のアクション。最後にはお涙頂戴の感動のシーン。

 そして主人公がイケメンだった。ヒロインも美女だった。幸せになれよお前らぁ! と叫びたくなる展開だった。いや、うん。ちょっぴり泣いた。


「すごかったぁ。オオカミ先輩……グッジョブですっ」


「おう。流石は人気作。展開的にシリーズ化も見込めそうだな」


「これが1となるなら2はハードル上がりそうですねー」


 映画の感想を言い合いながら、観客の流れに乗って私と先輩は映画館の外に出た。この後の流れをあらかじめ決めていたのか、先輩は人混みに呑まれそうになる私の手を掴むと、上手く隙間を縫って進み始める。


「先輩、手……」


「別にいいだろ、今日くらいは」


「……はい」


 振り返らずに告げられたその言葉に、発火したかと思うくらい頬に熱が走った。心臓が急に早鐘を打ち始める。ぶっきらぼうに言われたけれど、狼先輩もデートを意識してくれていることが嬉しかった。


(そういうところ、好きですよ。先輩)


 普段から先輩は気怠そうな態度を取る。たまに乗り気な時以外はどこか面倒くさそうな対応だ。だけど、こういうちょっとした場面で、実は真面目に考えているのだと分かってしまう。


 今日のデートだって、ただ遊ぶだけとは思っていないはずだ。

 私の真意を、隠している想いも、きっと先輩はとうの昔に見抜いている。


 それが恥ずかしくて、怖くて、このまま無邪気に遊ぶだけでいいと怖気付いてしまっていたけどーー


(それだけじゃ、ダメなんだ)


 私は、私の恋心は。


 この関係を、変えたいと願ったのだから。


 だから、今だけはこの夢に溺れよう。

 恋心の葛藤を忘れて全力で楽しもう。

 今日が最後になるのかもしれないから。


「……オオカミ先輩っ。次はどこに行くんですか?」


「あー、そうだな。カフェテリアにあるドーナツ屋で少し休憩を、と思ってた」


「ドーナツ……! それ、採用します!」


「そりゃどうも」


 喜んでもらえてなによりだ、と狼先輩は苦笑しながらそう口にする。

 ちょうど今の時期に季節限定のドーナツが出ていて、前々から食べたいと思っていたのだ。

 まさか偶然にもドーナツを食べる機会が来るなんて……と、考えたところで思い出す。


「そういえば、前に季節限定のドーナツ食べたいって私が言ってたの、憶えていたんですか?」


「……さぁ、そんなこと言ってたっけな。ただの偶然だろ。良かったな」


「もう、素直になってくれてもいいんですよー?」


 ニパァー、と満面の笑みを浮かべて先輩の顔を覗き込むも、顔を逸らされる。それでもどんな表情を浮かべているのかは簡単に思い浮かべることができた。先輩が頭を掻く動作だけで、照れていることがバッチリ分かる。


「オオカミ先輩、分かりやすいなー。チョロいなー。そんなんじゃあ女の子にコロッと騙されてちゃいますよー?」


「うっせぇ。騙されるにしてもお前くらいしか仲良いのいねぇよ」


「っ! あ、アカリちゃんがいるじゃないですかぁ」


「いや、燈は……騙すというか、『毒だから飲んで。飲んでくれるよね、兄さん?』って感じだから」


「ああ、ですねー……」


 騙るなど不要の猪突猛進……はちょっと違うかもしれないけど。アカリちゃんは狼先輩に対して直球だからなぁ。


「私もなろっかなぁ。ヤンデレ」


「やめてくれ。いや、割とマジでやめてくれ」


「ふふっ、冗談ですってばー。私はいつだって先輩の味方ですよ? 健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、先輩を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますよ?」


「怖い怖い怖い。燈の時も思ったが、そのセリフは重みが違うな」


「アカリちゃんも言ってたんだ……」


 なんだか、少し負けた気分になった。

 いや、ヤンデレという土俵で勝負しようとはハナから思っていないけど。


 ▽▽▽


 季節限定のドーナツを堪能しながら、カフェテリアでの時間をまったりと過ごす。しばらく普段の生活の話を交わしていたのだが、今は映画の感想を再び語っていた。


「私はやっぱりラストシーンで感動しましたねー。街の住民達か、ヒロインかの選択。ヒロインのために命を張るのは、やっぱり主人公だなぁって感じです」


「最後のアレか。見ず知らずの大勢か大切な一人の天秤はいつだってハラハラさせるからなぁ」


「ヒロインを助けたことで本命の爆弾を止めるキーを手にしたのも面白かったですよね。やっぱり大切な人は見捨てちゃいけないっていう教訓かも」


「俺が悪党だったらそんなヘマは絶対にしないけどな」


「ふふっ、そうですよね。うっかり口を滑らした下っ端、瞬殺されてましたけどね」


「救えねえな……可哀想な奴だ」


 おかしそうに笑いながらカフェオレを口に含む先輩を目にしながら、ふと気になった。


「先輩だったらどっちを選びますか? ヒロインは……アカリちゃんで。どちらしか救えないとしたら」


「んー、それは必ずどちらかなのか?」


「はい。そうしましょう」


「なら燈だな」


「ほほう、その心は?」


「大勢死のうが俺に責任はない。爆弾置いたやつが悪い」


「あのぅ、先輩は正義のスパイという設定ですけど」


「お世話になりました」


「辞めちゃうんだ⁉︎」


 でも、まあ先輩らしい考えかもしれない。

 悪は何があっても悪、そして自分もまた悪である。

 故に俺は毒。毒を以って毒を制す『屑喰い』だ。

 決めポーズをしながら言っていた先輩の言葉。そして先輩がスパイとするならば、いっそ敵の計画に参加する悪人の振りをして内部から叩き壊しそうだ。

 ふむ、悪くないストーリーである。


「で、マリアならどうするんだ? 仮に俺が捕まっていたとして、どうする?」


「へ?」


 組んだ手の上に顎を乗せながら、狼先輩は問い掛けてくる。まさか質問を返されるとは思わなかったので、少し間抜けな声が出てしまった。


「ん、んー……でも、やっぱりオオカミ先輩かなぁ」


「どうしてだ?」


「やっぱり、大切な人を見捨てるなんてできないじゃないですか。それに大勢を救ったとしても……その中に先輩がいないんじゃ、そんな世界に価値なんて……ありませんから」


「そりゃどうも。でも価値が無いは言い過ぎだな。なんてったって、お前がいる。それだけで十分価値があるだろ?」


「っ……、もう。それこそ言い過ぎですよ、先輩」


 その照れ隠しの笑みは上手く浮かべていただろうか。

 心臓ばかりがうるさくて、もうどうしようもなく先輩が好きなのだと私は自覚した。


 ▽▽▽


 カフェテリアでの休息を終えた私達は、ショッピングモールを回ることにした。まず最初に向かったのは、本屋。狼先輩も私も人並みに本を読むので、お互いに好きな本を勧め合うことにする。


 本を選んでいる先輩の横顔は真剣で、先輩に「……どうした?」と聞かれるまでは無意識の内にじっと見つめてしまっていた。咄嗟に誤魔化したけど、多分バレてる。


 これ以上いると私の心臓が過労になりそう、なんて考えながらも先輩から離れたくないという乙女心がそれを許さない。


「先輩って、やっぱり毒ですよね」


「急にどうした?」


「いや、先輩がよく言うじゃないですか。毒を以って毒を制す……以毒制毒、でしたっけ? やっぱりオオカミ先輩にぴったりな言葉だと思っただけですよー」


「……そりゃ、どうも」


 首を傾げながら私を見つめる先輩の目は訝しげ。その表情からはありありと『変なヤツ』と思っているのが見てとれた。


 それから数分後、本を選んだ私達はお互いに交換して購入する。

 私が選んだのはミステリーで、推理好きな女子高生が身近で起こるちょっとした事件を次々と解決する話だ。


 狼先輩が選んだのはファンタジー小説。なんでも主人公が異世界に連れ去られる話らしい。あの手この手で逃げ出そうとする主人公が、なし崩しに世界を救うというコメディのような展開で、先輩の話だけで面白さが伝わってきた。


「家に帰って読むのが楽しみですね〜」


「お気に召したなら良かった。女子ってこういうの抵抗ありそうだからな」


「そうですか? 女の子だって好きですよ? ただ、周りに合わせて『そういうの興味ない』って言う人もいるでしょうけど」


「へぇ、そういうもんなのか……」


「ええ。そういうもんなんですよ」


 狼先輩は独り言のように「生き辛そうだな」と呟く。それは適当に告げた言葉のようにも、心の底から共感した言葉のようにも思えた。

 孤独で、畏怖されている狼先輩だからこその、響きだったのかもしれないけど。


「……それじゃあ、次はどこに行きますかっ。せーんぱい?」


「あーっと、そうだな……まだ時間があるし、適当に店を見て回るか」


「はぁい。しっかりエスコートしてくださいね、おおがみ先輩!」


「だからオオガミじゃなくてオオカミ……ん?」


「ほらほら、行きますよ〜!」


 不自然にならないように先輩の腕を抱きながら、グイッと引っ張る。多少強引だけど、これくらいは構わないだろう。ただ、胸の高鳴りだけは伝わらないで欲しいと願いながら、私は先輩を連れて次のお店へ向かっていく。


 服や靴、ぬいぐるみや家具、果ては花、ジュエリーまで見て周り、最後にはゲームセンターで白熱のバトルを繰り広げた。太鼓型の音ゲーではボロ負けしたものの、コインゲームで私が勝ったので勝敗はイーブン。

 そして、この時が来た。


「オオカミ先輩、覚悟を決めてください」


「……まぁ、やってもいいか」


「いぇいっ! なら早速撮りましょう、プリクラ!」


 グイグイと腕を引っ張って、あまり乗り気ではない先輩をプリクラの中に引き入れる。どうしてプリクラ嫌いなんだろう? と普通に疑問に思うが、今はそれどころじゃない。ここで生まれる選択肢は、デートにおいて高い重要度を持つ。

 すなわちーー


(ほっぺにチュー……やるっきゃない!)


 ーー周囲の目もなく狭い機体だからこそ、そのチャンスは訪れるのだ。

 自然に、あくまでも自然に頬にキスをする。唇を触れさせる時間は刹那、あくまでも軽く触れさせるのが、より意識させるコツーーだと勝手に思っている。

 もし「今キスした?」と聞かれても、「さぁ、どうでしょう」とはぐらかせば完璧っ。


「先輩、もっとこっちに寄ってください。フレームからはみ出ますよ?」


「あ、ああ……近くないか?」


「プリクラならこれくらいフツーです」


 嘘です。全然普通じゃないです。

 先輩の腕を抱き締めて密着しているのは私がそうしたいだけなんです。


 ……なんて、口が裂けても言えるもんか。


 撮影機から流れる甘ったるい声の合図と共に、フラッシュが焚かれる。

 ピースしたり、先輩の肩に頭を預けたり、笑ってない先輩の頬を引っ張ってみたり。

 そして、最後の撮影。


(うぅ、緊張するぅ……)


 脳内のシミュレーションは万全だ。

 あとは、実行に移すだけ。


『最後に一枚、いっくよぉ〜〜』


 そして始まるカウントダウン。

 覚悟を決めた私は、残り2秒で先輩の頬に届くよう背伸びする。残されたカウントが1となって、私の唇が先輩の頬まであと五センチ、というときに。

 こちらに振り向いた先輩と、目が合った。

 たぶん、お互いに驚いた顔をしたと思う。

 だけど私が止まることも、狼先輩が避けることもなかった。

 頬を狙っていた私の唇は、まるでそちらが本命だったかのように先輩の唇に触れる。

 パシャリ、と乾いた音が響く中、チュッという水音が私の耳朶を打った。


 二人して呆けること数秒、私達は打ち合わせたかのようにバッと顔を背けた。

 顔が燃えるように熱い。遅れたように心拍数が急上昇している。チラリ、と先輩の方を見ると、似たような表情をする狼先輩がいた。照れ隠しのように頭を掻きながら、何も言わずに立っている。

 私はその様子にニマァッと笑みを浮かべながら、すすすっと擦り寄って先輩の腕に抱き着いた。


「あれぇ? あれあれぇ? もしかして先輩、照れてますかぁ?」


「……うっせぇ。俺は別に照れてない」


「そんなこと言っても顔は真っ赤ですよ〜? キス、しちゃいましたね」


「っ、唇が触れるくらい、どうってことないだろ。それにこれはキスじゃない。不幸な事故だ。ああ、事故だ。災難だったなー」


「……もう、素直じゃないんですから」


 ぷくー、と頬を膨らませながら、そっぽを向く。

 そして、心の中で、盛大に息を吐いた。

 心臓はバクバクで、もはや全身が熱くて仕方がない。さっきから頭の中で「ヤバイ」と「キスしちゃった」が延々と繰り返されている。これ以上は私自身が恥ずかしさの許容限界を超えそうだった。


 ▽▽▽


 それからプリクラの外でお絵描きをした後、写真を分け合ってゲームセンターを後にする。件の写真は、家に帰るまで封印しておこうと財布の奥に厳重に仕舞い込んだ。


「結構な時間を過ごしましたねー。もうすぐ十八時ですよ」


「ああ、時間通りだ。行くぞ」


「え? ど、どこに?」


「今日のメインイベントだ」


 ニヤリと不敵に笑う狼先輩は、私の手を取って人混みの中へと入り込んだ。ショッピングモールの出口に行くほどに人の数は増えていき、外に出るともっと大勢の人が歩いていた。冷たい風が吹き抜けるも、人々はまるで何かを待つようにその場から動かない。

 いや、それ以上に普段とは違う奇妙な光景があった。


「お、オオカミ先輩! ど、道路が封鎖されてますけど⁉︎」


 警備員のような服装の人達が柵の前に立ち、道路を完全に封鎖している。そして、車が来ないことで安全となった道には大量の人が流れ込んでいた。

 先輩もその流れに乗って、歩道から道路へ私を引っ張っていく。


「十八時から二十時までは歩行者天国だ。もしかして、知らないのか? これから始まるイベント」


「知りませんよ⁉︎ デートプランは先輩に丸投げですから!」


「へぇ、なら覚えとけ。このショッピングモールに隣接したメインストリートで、毎年メリークリスマスイベントが開催されるんだよ」


 ーーそら、始まるぞ。


 狼先輩のその言葉がトリガーだったかのように、カチリと時計の針が十八時を示す。

 瞬間、極彩色の光が星々ように一斉に輝いた。


「ふわぁ……!」


 同刻にライトアップされたイルミネーションが、赤、青、白、黄色と輝きを放ちながらストリートを照らす。壁にはサンタやトナカイの姿が浮かび上がり、設置されたツリーは豪華な装飾を煌めかせた。そして、黄昏の空には小規模ながら花火が数発打ち上げられる。周囲の人々は「メリークリスマス!」と叫びながら騒ぎ始めた。


「メリークリスマス、だな。マリア」


「……はい。素敵なイブをありがとうございます、先輩」


「ああ。……少し、歩こうか」


 繋いだままの手を離さずに、先輩は歩き出す。

 周りが楽しそうに笑い合う中、私達は無言で道を進んでいた。私は、もうすぐこのデートが終わってしまうのだと悟り、俯く。

 できることなら、永遠に続いて欲しい時間だった。

 だけど、もうすぐ夢から醒める。

 先輩はきっと、私を選ばないから。


「あー、着いたぞ。これをお前に見せたかった」


「わぁ……大きなツリーですね……!」


 それは、高さが十メートルはあるクリスマスツリー。イルミネーションで着飾り、様々な装飾が吊り下げられていて、その姿はクリスマスツリーの最高峰と言っても過言ではないくらい綺麗だった。


「さて、と……ほら、メリークリスマス」


 狼先輩はショルダーバックから包装された物を取り出すと、私にポンと渡してくる。まさかプレゼントがあるとは思わなかった私は一瞬だけ固まってしまったが、すぐに受け取った。


「開けても、良いですか?」


「ああ、もちろん」


 先輩からの贈り物にニマニマした笑顔が止まらない。早くプレゼントの中身を見たい一心で包装を解き、それを手に取った。


「あ……マフラー……」


 それは、紅色をした手触りの良いマフラーだった。


「その、なんだ。お前に似合いそうだったから買った。……別に、それだけなんだけどな」


「先輩……」


 ああ、ダメだ。

 嬉しくて、嬉しくて、このデートを終わらせたくない。

 優しくされればされるほど、怖さがどんどん増してくる。

 いやだ。離れたくない。ずっと側に居たい。先輩の特別になりたい。

 先輩のことを……好きなままでいたい。

 でも、言わなきゃ。

 だからこそ、言わなきゃ。

 夢から醒める魔法の言葉を、今ここで。


「狼先輩、聞いてください」


 私は。


「私はーー」


 ずっと前から。


「ずっと前からーー」


 先輩のことが。


「あなたのことがーー大好きです」


 そして、告げた。

 私の想いを、口に出した。

 先輩の表情は、変わらなかった。

 いつも通り、変わらなかった。

 夢から醒めてしまったのだと、涙が溢れそうになった時ーー


「ーーマフラー」


「え?」


「マフラー、巻いてやるよ」


 狼先輩はそう言うと、私が持つマフラーをそっと手に取り、私の首に巻き始める。私が突然のことに動けないでいる中、先輩は私の目を見つめて口を開いた。


「このクリスマスツリーには、ジンクスがあってな……両想いの二人がキスをすると、永遠に結ばれるらしい」


 そして、先輩は一歩前へ踏み出す。

 マフラーを結ぶために伸ばしていた腕をそのまま私の背中に回し、右手を私の頬に添えた。


「せん、ぱい……」


「目、閉じろ」


 その言葉こそ、本当の魔法だったのかもしれない。

 私はそっとまぶたを閉じて、先輩に唇を差し出した。

 そして、触れる。

 先輩の温もりが、ハッキリと伝わってくる。

 どれくらいしていたかは分からないけど、私と先輩が愛を伝えるには十分な長さだった。


 目を開けると、少し照れた様子の先輩の顔が映る。普段ならきっと、「こういうのは俺のキャラじゃない」とかそんな冗談を言っていただろう。


「先輩……好きです。狼先輩は……私のこと、好きですか?」


「……ああ、そうだよ。言わせんな、恥ずかしい」


 そう言いながら、顔を逸らしてしまう狼先輩。

 夢から醒めても、先輩はーー私の好きな、先輩だった。


「先輩、もう一回キスしてください」


 ギュッと抱き締めながら、先輩にお願いする。

 先輩は誤魔化すように頭を掻いていたけど、私のお願いに折れたようにもう一度キスをしてくれた。


「足りないです。もっとしてください」


「えぇ……また今度でいいだろ?」


「ダメです」


「ったく……」


 ああ、今ならどんなことだって先輩に甘えられそう。

 先輩とのキスがこんなにも素敵で、心地良くて、甘くて……涙の味が、するなんて。


「お、おい……? なんで泣いてるんだ……?」


「どうだっていいんです。もっとキスしてください」


 そして、教えてください。

 本当に私でいいんですか?

 私を愛してくれますか?

 ずっと私の側に、居てくれますか?


「ああ。お前だから、良いんだ」


 私の心を読んだように、狼先輩がそう応えてくれる。

 嬉しくて、夢みたいで、涙はしばらく止まりそうになかった。

 遠くで聴こえてくる鐘の音、ジングルベルと天使のラッパ。

 そう言えば、キスしたら赤ちゃんできるってお母さん言ってたな。

 いや、そんなことはないと流石に分かっているけどね。

 でも、ちょうどいいや。


「先輩、知ってますか? キスしたら赤ちゃんできるんですよ?」


「え、そうなの? マジかー。やらかしたわー」


「そこはせめて『ピュアかっ!』って突っ込んでくださいよ」


「俺はそんなキャラじゃねえよ……」


「ふふっ、そうでしたね。まあ、でも。そういうことだからーー」


 セキニン取ってくださいね、オオカミ先輩っ。


 ▽▽▽


「それで、マリちゃんと付き合ったんだ」


「ま、そんなところだ。しかし……お前が許すとは思わなかったな」


「兄さんが付き合うこと? いやいや、私はそこまで束縛しないよ。ただ、私のお眼鏡に叶ったマリちゃんなら、いいかなって。相思相愛なら応援だってするよ」


「ふぅん。そういうもんか……」


 ーー冬休みが明け、学校が始まった日の放課後。

 いつも通り、屋上には二人の男女が居座っていた。

 片や火のない煙草を咥えた男子生徒、片やその男子生徒の膝の上に座る、両手首に包帯を巻いた少女。


「でもね、兄さん。私と兄さんは彼氏彼女、いや夫婦以上の関係だってことを忘れないでね。私たちは、いつだって一緒。どんなことがあっても私達は裏切っちゃ駄目なんだからね」


「夫婦以上の関係って……兄妹だから、家族ってことか?」


「血の繋がってない家族だから、私達が夫婦みたいなものかな。それでもって兄妹。家族で夫婦で、兄妹。これ以上ない関係でしょ?」


「そういうことか。ま、別にどう考えようがお前の自由だろうな」


 男子生徒はそう言うと、膝の上に座る少女の首元に顔を埋めた。

 彼らは、彼氏彼女でも、ましてや夫婦でもない。

 ただの、血の繋がっていない兄妹。


 だからこれはーー不倫じゃない。


「そうそう。言い忘れてたけどさ、兄さん。マリちゃんに私達のことを話したけど、意外と好印象だったよ。良かったね」


「それは隠さずそのまま伝えたのか? ……その上で好印象なら、マリアの器が想像以上に大きいと思うんだが」


「良いじゃん。だって聖母サマだよ? でも、兄さんの彼女であるマリちゃんから許可は貰ったからね」


 二人で一人、一心同体。

 彼らの関係を壊したくなかったマリアは、女子生徒の提案をあっさりと飲んだ。むしろ、女子生徒が全面的に恋愛を支援してくれると聞き、喜んで承諾した。


「兄さんと私の『イチャつき』も許してくれるってさ。良かったね、兄さん。これで公認の不倫関係……じゃなくて、兄妹になれるよ」


「俺はそんな爛れた関係は嫌だったけどな」


 とはいえ、誰も損をしないならそれでいっか、と。

 気怠げな態度で、狼 鳴月は空を仰いだ。


 燈とマリアを選べなかった自分。

 友情と恋愛を選べなかったマリア。

 それに漬け込んだ、燈。


 歪なくせに、ぴったりとハマるそれは何と呼ぶのだろうか。

 少なくとも、自分には分かる日が来ないのだろうと、ため息を吐きながら目を閉じた。

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