ダメ人間成長期
昨年の5月。
事の始まりは、とあるアプリをインストールしたことだった。
私がどんな人物であったかを簡単に説明すると、中高は吹奏楽部に所属し、将来は法律関係に就くべく私立大学の法学部に入学。
以降、平凡な学生生活を送っていた。
確かにスマホは大好きだった。
大学生活に不安を抱えながらも、友人達の動向を知るべく、SNSを頻繁に利用していた。
しかしながら、ゲームをしていたかというと、ツムツムと、推理または脱出ゲームをたまにやるくらいで、ホーム画面にあったアプリは数個であった。
そんな私がなぜ、「あの」アプリを入れたのか...。
時を遡ること約1年。
詳しい事情は割愛するが、高校からの友人と久々にご飯に行く約束をしていた前日、思わぬ事態が起こった。
それはもう、楽しみだったはずの友人との約束など頭に入らないくらいに。
あの端的かつ情の欠片もないような一文で、私は悲しみのどん底へと落ちていった。
次の日は散々だった。
友人に話し、泣き、なにもかもどうでもよくなり、そして虚しさに襲われた。
気を紛らわす何かが欲しかった。
ただ、それだけだった。
最初は何か、脱出ゲームや推理ゲームのような、頭を使うゲームで、嫌なことも忘れて没頭したいと思った。
そんな私の目に飛び込んだ「人狼」という文字。
私はこのゲームに覚えがあった。
と言っても、高校の頃少しだけ友人達と対面でやった事がある程度で、ルールを軽く知っているというだけだった。
興味本位でそのアプリをインストールしてしまった。
不安と期待に震えながら起動した。
たくさんの「村」が出てきた。
この村に入り、役職に分かれるのだろう。
当然、知らない役職もたくさんあった。
「市民」は「村人」、「騎士」は「狩人」であったし、「狂人」や「猫又」なんかも知らない。
しかし幸いなことに、村一覧は初心者村で溢れかえっていた。中には少人数のものもあった。当然対面ではなくオンラインでやるため、アイコンや名前が必要であった。
ここから「黒騎士」が誕生した。
(ここだけの話、最初はダッフィーという名前でやっていた)
最初の変化は「睡眠」だった。
中高はとにかく部活の朝練で朝が早かったし、大学に入ってからも朝からバイトで、当然起きる時間は早かった。
そのため寝る時間も早く、10時前には寝ていた。
ところが、アプリを入れたその日は、寝る頃には日付が変わっていた。
ゲームに熱中するあまり、時間を気にしていなかったのだ。
更に翌日は2時、そのまた翌日には寝る間も惜しんで熱中した。
初めてから2、3日でどっぷりハマってしまった私は、徹夜でゲームをすることが増えた。
寝ずにそのままバイトに行くため、バイト中は眠かった。それでも、睡眠よりもゲームをする時間が優先された。
それからというもの、完全に寝る方法を忘れてしまった。
徹夜で2、3日起きて、激しい頭痛に襲われ、寝ようにも金縛りにあい、それが嫌でまたゲームをする。そして気がついたら眠っていたりする。気絶したような感覚。
寝ようにも眠れないので、その気絶を待ってゲームをするより他なかった。
朝起き出す母に、起きていることがバレないよう、必死で寝たフリをしながらゲームを続けた。
それからも、眠気はあるが眠れない日々が続いた。そしてどうやら、いつも以上にぽやっとしていることと、目の下のクマで勘づかれたのか、とうとう両親に、寝ずにゲームをしていることがバレた。
最初のうちは寝ろ寝ろと怒られた。
ゲームを辞めろ、スマホ取り上げる、と。
だが、そんなことはどうでもよかった。
とにかくゲームがしたかった。
もう両親に怒られても気にしなくなった。
次第に両親も、私が朝までゲームをして起きていることに慣れたのか、呆れた様子はあるものの、何も言わなくなっていった。
そしてエスカレートしていった。
そのうち、初めてから2ヶ月が経った。
たったの2ヶ月しか経ってないが、周りからは「初心者」から「経験者」のように見られるようになった。長年やっている人達がたくさんいる中で、私は明らかに初心者だった。
しかし、年月は少ないが、プレイしてる時間は上級者達とさほど変わらなかったかもしれない。そして、待望の夏休みがやってきた。
学校もない、バイトもない、やることもない。いや、一つだけある。
ゲーム。ただそれだけだった。
この頃になると、オンラインゲーム上でできた友人達と毎晩のように遊んでいた。
人狼以外にも、その友人達に進められたオンラインゲームを、ひたすらやっていた。
昼夜逆転生活から、もはや寝なくなり、今が朝か夜かも判別つかなくなっていった。依存は深まる一方だった。
次に起きた変化は「食」だ。
夏休みに入り、早くに家を出ることが無くなった為に、朝、リビングのある1階に降りていったところで誰もいない。
父も母もほとんど仕事に行っていて居らず、妹は部活で忙しい。
だから、部屋から出る必要が無くなった。
最初は私にも空腹感というものがあった。
食べることも寝ることも大好きで、幸せを感じていた。質より量、量より質、とは言われるが、質のいいものを沢山食べることに越したことはない。朝ごはんを楽しみに眠りにつき、夜ご飯を楽しみに帰宅していた。
好きな物を好きなだけ食べる生活だった私だったが、そこに「好きな時に」が加わった。
要するに、朝に起きて食べる必要が無くなったのだ。次第に、昼と一緒でいいか、もう少し後でいいか、今日は食べなくていいか、となっていき、しまいには食べなくても空腹感を感じることが無くなっていった。
そうして私は、眠らず、食わず、ただひたすらにゲームをする生活になった。
何がそんなにも魅力的だったのか。
もちろんゲーム性も面白いし好きなのだが、なにより、「友達」、「仲間」の存在。自分の存在価値を見出してくれる人達がいることが大きいのだろう。空っぽだった私に、たくさんの感情を注ぎ込んでくれた人達。
その全てを漏らすまいと吸収した。
そしていわゆる「ダメ人間」とやらが完成した。
ダメ人間と今こそ言ってはいるが、あの頃は自分自身がゲームに依存していることも、眠らず食わずやっていることにも危機感を感じてはいなかった。むしろ最高の生活だった。
私が行けばいつだって誰かがいて、喜ばれる。楽しい。とにかく楽しかった。
5分に1回、いや、もはや常に開きっぱなしで村を探しまくった。初心者の私にはかなり難しい、狂ったような村にも行くようになった。やがて常連になった。その村が開く度に行っていた。そこの主と仲良くなった。そこに来る人達とも仲良くなった。
やがてグループが出来た。私は初めて、ネット上で知りあった人達と通話をした。
初めこそ緊張したものの、慣れるのは早かった。なぜなら、いつも遊んでいる人達で、性格なんかもよく知っているからだ。グルの通話に入れば誰かしらがいる。誰かしらが一緒に遊んでくれる。雑談だって楽しい。
毎日が充実していた。
同じグルで、私をグルに入れた張本人でさえ心配してくる程に、私は狂ったようにゲームをし続けた。
そして、幸せだった夏休みは終わった。
みんなもそれぞれの生活がある。
仕事も学校もあってみんな忙しい。
浮上率が減った。
私はバイトに行かなくなった。
ゲームの時間が減るからだ。
そうすれば朝早く起きることも無く、夜中ずっとやっていても問題はないし、朝まで、みんなが寝てしまうまでゲームができた。
みんなが寝て、暇になって、少し横になれば気絶したように眠る。そして1時間から2時間程で目覚め、今まで寝てなかった分が全てリセットされる。数時間眠るだけでもスッキリ起きられるようになったので、むしろ健康になった気でいた。
しかし、やばいと感じる頃にはもう遅かった。
ゲームに依存してしまった私は、大好きだった授業もほとんど聞かず、授業中にゲームをすることは当たり前だった。
学校にこそ行くものの、学校の友達と会って話して、ゲームをするだけのために行っているようなものだった。
友達のいない授業はサボるようになった。
興味のない授業も行かなくなった。
そんな私が単位を取れるはずもなく、気がつけば、1年の間で取れた単位は、フルで取れれば48だったところがたったの20。
この時初めて、危機感を感じた。
1年の頃は、部活に明け暮れていて、授業に出れない時もあり、単位もさほど取れなかった。が、それよりも下回る結果に驚きを隠せなかった。
一緒にゲームしてた友人でさえ単位は普通に取れていた。私より遥かに。
それが悔しくて許せなかった。
私は究極に落ちぶれてしまったんだ。
しかし、そんなことに今更気づいたところで、ダメ人間になってしまった私の生活がそんなに簡単に変わるわけもなかった。
今年...今年、単位が30以下だったら...
卒業出来ないことが確定する。
ぴったり30でもかなり余裕が無い。
理想では40は欲しいところ。
そんなことはどうでもいい。
私は人狼を消した。
理由は、人間関係のもつれだったり、精神的なものだったり色々だ。
おそらくもうやらないだろう。
かと言って、その時出来た友人達とお別れしたのかと言うと、そうではない。
未だに毎晩のように電話は来るし、新しいゲームを見つけては勧めてくる。
そんな友人達に、とても感謝している。
結果的にダメ人間となってしまった私だけど、充実した幸せな生活を送っている。
それは、こんなダメ人間な私でも、存在を認め、必要としてくれている人達がいるからだ。ダメ人間だって構わない。
前を見て生きられる。
友よ。これからもよろしく。