龍人の策略
「ジュダムーアに……生前贈与しただと?」
ガイオンの告白に、父親が蒼白な顔で固まった。そして、魔石を生前贈与していたことを知らないユーリとサミュエルも、驚いてガイオンを見つめる。
全員が思い思いに考えを巡らせて生まれた沈黙。
震える声で初めに口火を切ったのは、ガイオンの父だった。
「まさか、噂は本当だったのか」
……噂?
もしかして、ジュダムーアの悪行が他国にまで伝わっているのだろうか。
私が疑問を浮かべていると、サミュエルの肩に乗っている龍人が目を鋭く光らせて質問を返した。
「んー、ウ・ワ・サ・ねぇ。とても興味深い。緊急事態のため申し遅れましたが、僕はエルディグタールの医者、田中龍人。まず、息子さんが魔石を生前贈与する事態となったこと、心よりお見舞い申し上げます。良かったらどんな噂か聞かせてくれませんか? ガイオンパパ」
一見優しそうな微笑みをたたえる龍人に、サミュエルがピクリと眉毛を上げた。
あの顔は、なにか良からぬことを思いついた時の顔。それを知っている私とユーリがそっと目を合わせ、ハラハラしながら成り行きを見守った。
そして、答えるべきか悩んだ父親が困惑気味に口を開く。
「ああ。俺は道場で師範をしているから、他国の格闘技関係者とつながりがあるんだ。それで、エルディグタールの奴から聞いた話だ。ジュダムーアがレムナントから魔石の生前贈与を受けているかもしれない、とな。シルバーにも影響が出かねないと聞いていたが、まさかそんなことがあるはず無いと信じていなかったんだ。それが、まさか息子の魔石が奪われてしまうとは……。いくらバカ息子とは言え、親より先に死ぬことはないだろう!」
そこで一度言葉を切ったガイオンの父が、唇を噛んで床を思い切り叩殴りつけた。
静かに涙を流す父、エプロンで顔を押さえ声を殺して泣いている母。悲しみに打ちひしがれている様子から、両親の悲痛な思いが痛いほど伝わってくる。
「あ、あの!」
さめざめと泣きだす父に、少しでも安心してもらいたいと思った私が「シエラブルーの影響で寿命が延びるかもしれない」と伝えようと手を伸ばす。
しかしすぐに、唇に人差し指を当てた龍人がウィンクし、私の行動を遮ってきた。
きっと何かひらめいたのだろうと思った私は、龍人のジェスチャーに従って言葉を飲み込んで成り行きを見守る。
サミュエルの肩から降りた龍人が、胸に手を当てて丁寧にお辞儀をしてからガイオンの父を見据えた。
「大事なご子息に降り注いだ悲劇、ご両親のお気持ちお察しいたします。しかしこれだけは聞いてください。あなたの息子さんはただ魔石を生前贈与しただけではないのです。ジュダムーアの犠牲となる予定だったエルディグタールの騎士千人の命と引き換えに、自ら進んで人柱となったのです。これは誰にでもできることではありません。魔力量の多さのみならず、イルカーダの正義を心に刻んだガイオンだからこそ成し得た功績。彼はイルカーダの誇りを守るために、勇気ある決断をしたのです」
「千人の命……?」
「そうです。ガイオンがいなければ、千人のシルバーがジュダムーアに魔石の生前贈与をさせられていたのですよ。それがどういうことか分かります?」
「……人の命を救った、と言うことか?」
「それだけじゃありません」
首をかしげるガイオンの父に向かって、目を三角に釣り上げてニヤリと笑う龍人が、わざと声のトーンを落として囁いた。
「他国への侵略を先延ばしにした、と言うことですよ」
ガイオンの両親がヒュッと息を飲んだ。
へっ? 他国への侵略?
そんな話は一度も聞いたことが無い。
ジュダムーアは自分の寿命を延ばすことを目的として、色んな人に生前贈与をさせていたのではないのか?
私は事実とは異なる龍人言葉に疑問を感じずにはいられなかった。
しかし、真実を知らないガイオンの父は龍人の言葉を信じたらしく、顔を引き締めて龍人を見つめ返した。
「……なるほど、龍人とやら。皆まで言わずとも状況は分かった。ジュダムーアは世界最大の魔力量を持つ自国では飽き足らず、自らの力を増幅させて他国をも支配下に置こうとしていると言うことか」
「いずれそうなるでしょう」
「このイルカーダも手中に収めるつもりか」
「ジュダムーアは強欲の王。最大の武力を持つイルカーダは魅力的なのです。その可能性が無いとは言い切れません」
「しかし、それでは世界大戦を引き起こしかねないではないか!」
「それを防ぐために、こうして我々が立ち上がったのでございます」
「なんと……!」
雷に打たれたような衝撃を受けたガイオンの父は、目を見開いて自分の息子を見た。
「ガイオン……お前はそのような大義のために自らの命をイルカーダの、いや、世界の盾としたのか!」
「まあ、そう言うことだ。俺のカンもそう言っている」
床に横たわってうつらうつらしていたガイオンが、雰囲気だけでどう返答すべきかを瞬時に察した。すると、すっかり壮大な話に飲み込まれてしまった父が、「なんということだ」と頭を抱え、宙を見つめながら考えを整理し始めた。
そこに、休む間を与えず龍人がたたみかける。
「ちなみに、先ほど言っていた噂は、イルカーダの王や国民は知っていますか?」
「いや、内容が内容だ。単なる噂でも国際問題に発展しかねない。俺のように師範クラスの人物は知っているが、特に明確な証拠があったわけでもない。誰も安易に口外はしていないはずだ」
「ふむ。では、それが単なる噂ではなかったと知るのは、今の時点でガイオンパパとママだけ……ということですね」
「……そうだ。もしもっと早く知っていれば、いや、単なる噂だと油断していなければこんなことにはならなかった。これも全て、先手を打てたのに黙って見ていた俺のせいだ。俺の責任だ!」
父親が過去を後悔していると、床に横たわったままのガイオンが困り顔で声を上げた。
「おいおい、父ちゃん。話が飛躍しすぎだろ。俺がそうしたいと思って行動したんだ。父ちゃんには一切関係ない。変な責任を感じないでくれよ」
「何を言っている! 俺は自分の息子の命を救う機会をみすみす見逃した上に、知らなかったとは言え、世界の英雄をたった今この手で殺すところだったんだぞ。いいからバカ息子は黙ってろ!」
「な、なにを⁉」
褒めているのかけなしているのか分からない親子喧嘩が再度始まってしまった。売り言葉に買い言葉。そして感情が高ぶった父親が、自分の胸にかけていた魔石のネックレスをブチィッと引きちぎり、前にかざす。
「かくなる上は、俺の魔石を生前……」
「やめろよバカ親父、俺の男としての覚悟に泥を塗るつもりかよ! おっとっと」
父親を止めようと急に体を起こしたガイオンが、貧血でふらふらとよろめいた。
「あぁぁ、ガイオン。急に動いたらだめだよ」
私がガイオンの熊のような巨体を支えて横たわらせる間に、本人の意思は完全に無視して勝手に生前贈与の祝詞を唱え始める父。それを再び止めようとして倒れるガイオン。どちらも感情的になりすぎていて始末に負えない。
誰か何とかして!
「二人ともやめなさぁぁぁぁいっ!」
怪獣の咆哮のような大声が道場に轟き、鼓膜がビリビリ震えてキーンとする。ガイオンの母の叫び声だ。
「あんたたちはいつもそうやって答えを急ぐ癖があるんだよ。まだ話の途中なんだから大人しく聞いていなさい!」
「はい」
「はい」
二匹の野獣が、母の一声でシュンと大人しくなった。
「まったく恥ずかしい。それで、龍人さん。乗り掛かった舟だ。聞かせてもらおうじゃないか。一体どうやって世界大戦を防ごうっていうんだい?」
「よくぞ聞いてくれました」
期待通りの質問に、満足気な龍人が目を光らせて笑った。
「僕は、シエラをエルディグタールの時期国王にする」
「はえっっっ⁉」
「シエラを国王に⁉︎」
私が国王……⁉
なんじゃそりゃぁぁ!
突拍子もない龍人の策略に、私とユーリが腰を抜かした。




