救命救急
私はぐったりと壁にもたれかかるガイオンの側に駆け寄り、闇雲に治癒を試みた。
早く回復させなければ!
「無茶しすぎだよ、ガイオン!」
すると、口から血を流しているガイオンが、うつろな目をこちらに向けて微笑んだ。呼吸もままならず言葉にならないが、僅かに動く唇でなにかを伝えようとしている。なんだろう。なんとか聞き取ろうと私は耳を寄せる。
「どうしたの? 何か言いたいの?」
「やっぱり……お前」
「やっぱりお前?」
それ以上は咳き込んでしまってしゃべることができない。
しかも、咳をしたことでまた口から血が出てきた。
「あぁぁ……! 大丈夫⁉ 無理してしゃべらない方がいいよ」
こんなに大量の血を見た事が無い私は、半ばパニックになりながら魔力を流して治癒を試みる。しかし、あまりにひどい状態で、どこをどうすれば良いのか全く分からない。とにかく手あたり次第に治していく。
私が必死になっていると、再びガイオンが口を動かしたので、なんとか言葉を読み取ろうと唇の動きに注目した。
————イイオンナだな。
「イイオ……もう、何を言ってるのこんな時に!」
場違いなセリフに私が怒ると、ガイオンは幸せそうに笑って目を閉じた。
「あぁぁぁぁ! 目を閉じないで、起きてガイオン!」
「シエラ、叫び声が聞こえたけど何かあったの……か……」
道場に、ユーリ、サミュエル、ガイオンのお母さんがやってきた。私とお父さんの間にいるガイオンを見て、全員が驚いた顔で駆け寄る。
咳のたびに血が噴き出し、か細い呼吸から聞こえるのはゴポゴポと水中にいるような音。誰も予想していなかった惨状を前に、サミュエルがすかさず行動を起こす。
「龍人!」
龍人の名前を呼ぶと、「はぁぃ♪」と言ってホログラムがあらわれた。ガイオンの両親が眉毛をしかめたが、今は説明している余裕はない。
サミュエルの背後霊のように肩を組む龍人が、ガイオンを見て目を見張る。
「おや、ガイオン元将軍……一体何があったのかな?」
「お、俺はいつも通りにしていただけなんだ。ガイオンの力に合わせて魔力を込めて回し蹴りをしたら、いきなり血を吐いたんだ。なぜこんなことになってしまったのか分からない!」
目の前の光景が理解できない父親が、頭を抱えてその場に崩れ落ちた。
説明を聞いた龍人が一瞬で状況を理解し、「わーぉ」と言って肩をすくめる。
「そりゃ魔石の持たないガイオンにとっては、大型トラックに轢かれたのと同じ衝撃だろうね。むしろ、原形をとどめているだけでもさすがと言ったところか。あ、トラックって言うのは……いや今はいいか」
「魔石を持たない……だと⁉」
動揺を隠せないガイオンの両親が絶句する。
その様子には見向きもしない龍人が、ためらいなく指示を始めた。
「この状況で考えられるのは肺挫傷、肝損傷、脾臓損傷、腎臓損傷と言ったところか。とにかく一刻を争う。全員で一気に止血、そしてエアウェイの確保を! 早く!」
サミュエルが私の横にしゃがむと、肩に乗っかっている龍人がガイオンの体の上にホログラムを映しはじめた。肺、肝臓、脾臓、腎臓の位置にそれぞれの臓器が浮かびあがる。
「重要な臓器はとりあえずここ。これを目印に一気に治癒魔法を流し込め! そしてシエラちゃんはアマテラスで全員の魔力の増幅を!」
「はい!」
急いで私たちが治癒を試みる間、ガイオンの呼吸音が段々静かになっていき、嫌な空気が道場を包んだ。
何とか一命をとりとめようと、サミュエルもガイオンの両親も必死になって魔力を注ぎ続ける。そして私もアマテラスを……
「ふんっ!」
出ない。
早くしなくては、という思いで一心不乱にアマテラスを発動させようと試みる。
しかし、前とは違って小さい光の粒がほんの数粒出るだけだ。
「あれ、おかしいな……。アマテラス! アマテラス!」
焦れば焦るほどうまく魔力が出てこない。
このままでは本当にガイオンが死んじゃう。肝心な時に仲間を助けられないとは、なんて私は役立たずなのだろうか。
ガイオンを失ってしまうショックと自分への失望で涙を流していると、ユーリが私を後ろから抱きしめ、右手で目を覆った。そして耳元でささやく。
「シエラ、落ち着け。お前のほかに魔法使いが三人もいるし、龍人だっているんだ。一人で背負おうとしなくていい。絶対大丈夫だから、ゆっくり深呼吸しろ」
私はユーリの手で作り出された真っ暗闇の中、一度深呼吸をしてから体の中に巡っている魔力を感じた。
「そうだ、シエラ。それでいい。そして魔力を集中するときは何をするってサミュエルとトワから習った?」
「主一無適……」
慣れた言葉と共に、体を流れる魔力が勢いを増す。
「お前ならできるっ!」
ガイオンの呼吸が止まり、母が悲痛な声で名前を呼ぶのが聞こえる。
十分な集中を実感した私は、祈りを込めてもう一度唱えた。
「アマテラス!」
私の体が熱くなり、魔力が飛び出していった。
目を覆っているユーリの手が離れると、見えたのは道場に降り注ぐ暖かい黄金の光。なんとか成功したようだ。
「……できた」
「うん。できたな」
「でも、ちょっと光が少ない気がする」
やはり、芽衣紗が作った魔法のステッキが無いせいか、前よりも光が少ない。
この量で大丈夫だろうか。
私がアマテラスの効果に不安を感じていると、再び龍人の指示が聞こえてきた。
「止血完了。フレイルチェスト! 肋骨を修復して換気量を確保しつつ下肢の挙上。脳血流量を維持する」
ガイオンは肋骨が折れていたようで、胸が陥没していた。龍人の指示を受けて三人がてきぱきと行動すると、ガイオンの呼吸が再開するのが分かった。アマテラスは一応効果があったらしく、三人によって他の怪我も治癒されていく。
あとは意識が戻るのを待つばかりなのだが。
なかなか目を覚まさない息子に、ガイオンの母が息子の手を取って額を合わせた。
「本当にバカな子だね。魔石が無いなら無いって、なぜ最初に言わないんだい」
再開したガイオンの呼吸とすすり泣く母の声。
そのほかの音は何一つしない。
全員がかたずを飲んで成り行きを見守る中、かなりの魔力を消費した私はユーリと手を取って祈る。
————お願いガイオン、戻ってきて!
息子を想う母の涙が落ちる時、まだ残っていたらしいアマテラスの光が一つ、ガイオンと母の間に舞い降りた。
柔らかい光を反射した母の涙が、キラキラ輝きながらポタリとガイオンの頬に落ちる。
すると、全員に見守られているガイオンがうっすらと目を開けた。
「ガイオン!」
「……んあ。どうしたんだ母ちゃん。更年期か?」
「バカ……!」
開眼したガイオンに、峠を越えたことを全員が悟る。
母が「良かった」と言ってガイオンの手を握り、父親が安堵のため息をつく。そしてサミュエルが額の汗をぬぐい、私とユーリが床に寝そべっているガイオンに抱き着いた。
「あぁぁぁ、良かった! 死んじゃうかと思ったよぉぉ!」
「俺も死んじゃうかと思ったよ!」
「あー、わりぃ」
私たちの心配とは裏腹に、ガイオンはちっとも悪いとは思っていないような軽い口調で、笑いながら謝罪の言葉を述べた。
その時龍人は、「ふむ。やはり四人も魔法使いがいると治りがはやいねぇ」と言って、相変わらず怪しい顔でニヤリと笑っていた。
血だらけの胸で泣く私とユーリにガイオンが狼狽していると、その横で父がひざまずいた。そして神妙な面持ちで聞く。
「ガイオンお前、魔石はどうしたんだ」
父の問いかけで真剣な顔をしたガイオンに、一瞬ためらいがよぎった。
しかし、すぐに父の目をまっすぐ見据えて答える。
「……ジュダムーアに生前贈与した」
「なんだと!」
その言葉を聞いたガイオンの母が、息を飲んで口を押えた。




