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天下一の親子喧嘩

 野獣の雄たけびと共に、壮大な親子喧嘩が開幕した。


「てぇぇぇぃぁぁぁぁ!」

ぁぁぁぁぁ!」


 睨み合う2人から滴る汗を合図に、両者が一歩前に出る。電光石火の如く、同時に繰り出された二人の右腕が交差した。

 半身をひるがえし年老いた父の拳をかわしたガイオンは、右腕を頭上に折り畳み防御の姿勢を取りながら体を沈める。そして向かってくる相手の勢いを利用して左拳ひだりこぶしを父の腹部へ繰り出した。


 捉えた! と思った瞬間、上から降ってきた父の左手に拳を叩き落されたガイオン。しかし、その流れを利用して両手を床につき、間髪入れずに足を振り上げて父の顔面を狙った。

 父が両手をクロスさせて飛んでくる蹴りを受け止めると、足元にある息子の顔に向かって真っすぐに腕を振り下ろす。

 ガイオンがバク転をしながら間一髪のところで交わすと、先ほどまで自分の顔があった場所に父の拳が突き刺さる。魔力対応の床も、本気の父の前では薄氷も同然。強固な床ですらバキッと大きな音を立ててけてしまった。

 床に埋まる父の腕からシュウシュウと立ち昇る白い煙に「あれが当たらなくて良かった」と肝を冷やす。


「……ガチじゃねぇかよ、くそ親父」

初志貫徹しょしかんてつ獅子搏兎ししはくと。息子を立派に育て上げることが父親の役目。全力を投じて当然」

「俺は親父の勲章なんかじゃねぇ。自分の人生くらい好きにさせろ」

「諦めが悪いのだけは父親譲りか。だが、つまらん意地はもう捨てろ」

「残念だが、捨てられない意地を見つけちまったんでね」


 ガイオンがへへっと笑う。

 そして説得は無理だと悟った父が、再び攻撃の構えを取った。


「良かろう。いざ、尋常に勝負!」


 再び二人の凄まじい攻防が始まった。





 ……はわわわ。やばい。

 二人とも全然手加減なしじゃん。

 あれじゃ本当にガイオンのお腹に穴が開いちゃうよ!


 みんなに「トイレに行く」と嘘をついた私は、こっそりのぞきに来た道場の光景に愕然とする。両者とも本気の殴り合いを続けており、どちらが怪我をしてもおかしくない状況だ。

 幸い、どちらも互角に攻防を繰り返しており、決定的な一打とまではいっていない。


 目にもとまらぬ速さで繰り返される攻防は、まるで舞を踊っているように見える。最初はハラハラしていた私だが、芸術的な光景にいつの間にか見入ってしまっていた。


 ……さすがガイオンとお父さん。この調子なら、私が何もしなくても大丈夫かもしれないな。


 取り越し苦労だったと思って気を緩め、安心して見ていたのはほんの数分。戦況が動き始める。

 ガイオンの動きがわずかに鈍くなってきたのだ。やはり、魔石が無いことが身体能力に影響を及ぼしているのだろうか。

 

 そう危惧した瞬間、父の拳がガイオンの頬を捉え、バキッと大きな音が聞こえてきた。


「いっっってぇ!」

「息子よ。早く負けを認めるがいい」

「……わかったよ、父ちゃん」


 うつむいて負けを認めるガイオンの言葉に、父が攻撃の構えを解く。


「ふむ、ようやくわかったか。今までの行いを反省するなら許してやらんでもない」

「勘違いするな」


 父が「ん?」と言って眉をひそめる。


「俺は、父ちゃんが相変わらず頭でっかちなことが分かったって言ったんだ。俺は反省するようなことは何一つしていない」


 口の中を切ったガイオンが流れる血を手でぬぐい、ペロリと唇をなめると父親をキッと睨んだ。


「俺はあいつらやエルディグタールの人たちから学んだんだ。負け戦だと初めから諦めるんじゃなく、自分の大切なもののためにこの命を燃やすんだ、ってな。指をくわえて見ているだけの人生なら死んでるも同然。諦めという名の鎖、常識と言う縛り、そんな物に振り回されるのはまっぴらごめんだ。だから」


 ガイオンがクワッと目を見開いた。


「くそ親父は黙ってろ!」

「くっ……生意気な」


 攻撃をもろにくらい苦痛に顔を歪めていたガイオンが、怯むことなくさらに闘志を燃え上がらせた。それに呼応するように父親も闘志をみなぎらせる。

 一歩も引くことのない二人は、どちらかが殴られればもう一方が反撃する、真剣勝負を続けた。

 決して折れることのない信念、これがイルカーダの男か。


 関心する一方、ついに流血現場を目撃した私は、さらなる惨事を予感して小動物のように震えあがった。


 ……ひぃぃ、まずいまずいまずい。

 さらにヒートアップしちゃったよ!

 やっぱり私がアマテラスでこっそりサポートしなきゃガイオンが死んじゃうかも。男同士の戦いに水を差すことになるかもしれないけど、死ぬより断然まし。ましましましっ。

 もし怒られてもあとで謝るしかない!

 

 私はガイオンが無事であるよう祈り、魔力を集めようとした。

 しかし、すぐにある事を思い出して思いとどまる。


 そういえば私が最初にアマテラスを使った時、ちょっと剣を合わせていただけなのに、サミュエルからは劫火、アイザックからは氷の柱が飛び出し、ユーリは小枝を折るように大木を真っ二つにしていた。ユーリもサミュエルもアイザックも、本人たちの予想以上の力が出てしまい、怪我人が出てもおかしくない状況だった。

 もし今私がガイオンを強化したら、あの時みたいに予想以上の威力が出てしまうなんてこと……。


 そこまで考えて私の額に冷や汗が流れた。


 ……あり得る。


 もともとのガイオンはエルディグタールで一番の大豪傑で、山を一つ吹き飛ばしたって噂もあるくらいだ。その力でお父さんを吹っ飛ばしかねない。

 でも、私がやらなきゃガイオンが危ない。

 どちらかを取ればどちらかを失う、究極の選択だ。 

 

 両方失うことができない私は、ヒーヒー言いながら頭を抱える。

 そうこうしている間に、ガイオンの足取りがさらに重たくなり顔から沢山の汗が流れ始めた。それに、いつのまにか攻撃がぱたりと止み、防戦一方になっている。

 魔石の無い体では限界が近いのだろう。もう時間が無い。


 ……こうなったら、やるっきゃないでしょ!


 意を決した私は魔力を集め始めた。


 しかし、決断が遅すぎた。


「これで、終わりだぁぁぁ!」


 魔力のこもった父の重たい蹴りが、息子に向けて放たれた。とどめを刺すような鋭い一撃が、ドンッという大きな音と共に体の真正面を捉える。

 とっさに両手で攻撃を受け止めるガイオンだったが、体の強度が足りなかったのだろう。もろに蹴りをくらった腕がひしゃげ、ミシミシッと体をきしませて後ろに吹っ飛んでしまった。

 壁に打ち付けられたガイオンが苦しそうに咳き込み、口から噴き出した血で顎を染める。


「キャー! ガイオン!」


 まずい!

 最悪の事態だぁぁ!


 私は隠れていることも忘れ、一目散に入口の影から飛び出した。

 そして呆然としている父には目もくれず、咳のたびに口から血を噴き出すガイオンの横にひざまずく。


 血が止まらない。

 かろうじて聞こえてくる呼吸音に、ゴポゴポと異様な音が混ざっている。


 もっと早く行動するべきだった!


「お願い、ガイオン。死なないで!」


 後悔の涙を流す私は、祈る気持ちでガイオンの体に手を当てた。

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