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ハイスペック

「サミュエルには今、四つの選択肢が与えられている」


 ジュダムーアを倒すには、今のままでは確実に戦力が足りない。

 その解決策を提案しようとする龍人に、私は身を乗り出して聞き返した。


「四つ?」

「そう、四つ。その話をする前に、ちょっとだけ説明が必要なんだけど。サミュエルの目には、エルディグタールの鬼神と呼ばれたアイザックの魔石が埋まっているのは知っているね?」

「うん」

「魔石の役割はまず一つに魔力の貯蔵、そして体内で魔力の循環を起こす、この二つがある。そして、もともと持っている魔力量に比例して魔石の持つ力も大きくなるという特徴があるんだ。この魔力量と言うのは、細胞内で生み出せる魔力の生産量によって決まる。例えば」


 ホログラムの龍人が、どこかから黒板を引っ張って持ってきた。

 カツカツと軽快な音をたてて、絵を書いていく。


「これがシエラちゃんだと思ってね。シエラちゃんが一時間に割れる薪の量が10本だったとしよう。そして、これがガイオン。ガイオンは同じ時間で100本割れる。それぞれ一日で割れる薪は何本?」

「私が240本でしょ。ガイオンが……えーっと……」

「500本くらいじゃないか?」

「2400本だ」


 指を数える私とユーリが計算でつまづいていると、サミュエルが代わりに答えてくれた。


「そう! つまり、10倍違うことになる。それを魔力に当てはめて考えてみて。それだけ違う魔力量を貯蔵したり循環させたりするわけだから、人種間で魔石のパワーが全然違うということなんだ。つまり」


 今度は、二人の人型の間に矢印を書いて説明する。


「シルバーのアイザックから魔石を贈与されたサミュエルは、レムナント以上の力を魔石から得ることができる。反対に、レムナントの魔石をアイザックに贈与したところで、その魔石は役不足となる。だからサミュエルの場合は、シルバーの魔石を得て相当な戦力になると言うわけ。さらに!」


 龍人がガタッと勢いよく立ち上がり、握りしめた両手の中でチョークがポキッと折れた。


「十三年の追跡研究の結果、サミュエルはアイザックの魔石に適応し、レムナント以上の魔力を生み出せることが分かったんだよ! あははは!」

「ふぅーん。人種が違っても、上位の魔石に体が適応するのか」


 椅子の上にあぐらをかいた芽衣紗が頬杖をついて言った。


 だからサミュエルは、アイザックの氷瀑と同じくらい大量の炎を出すことができたのか。


 私も納得していると、興奮の絶頂に到達した龍人が「ジーザス!」と言って両腕を天高く振りあげた。それを、笑顔のエマが拍手しながら見守っている。

 久しぶりに見る龍人の奇行に、アイザックとガイオンが面食らっているが、慣れているサミュエルは何の反応も示さずに疑問を口にした。


「それは良かった。それで、そのことがどう解決策になるって言うんだ?」


 疑問を投げかけられ、天を仰いでいた龍人がズイッとサミュエルに近づく。その勢いに「サミュエルを食べてしまうんじゃないか」といささか恐怖を感じた私は、龍人がホログラムで良かったと心の底から安心した。


「ふっ。結論を早く聞きたい気持ちもわからないでもない。僕としてはまだまだ説明し足りないんだけど、しょうがないから結論から言おう。それに結論からさかのぼるという手もあるし、その方が君たちの理解力には……」

「龍人」

「わかったわかった。つまり、サミュエルはこの中で一番魔力の干渉を受けない体を持ちつつ、一番魔力が高い戦闘要員ということになるんだ」

「魔力の干渉を受けない?」


 私が首をかしげると、長くなってきた説明にガイオンのまぶたが段々下がってくるのが見えた。


「魔力の量はガーネットが一番高いけど、体が一番丈夫なのはライオット、そしてレムナントと続く。だから、レムナントのサミュエルは、シルバーよりもガーネットよりも、体が丈夫な上にシルバーと同程度の魔力を持つということになるんだ。ご存知の通り、ガーネットは多すぎる魔力により強力な魔法を使うと自分の体をむしばむ。しかし、我らがサミュエルは⁉」

「むしばまない!」


 難しい説明は分からなかったが、何となく龍人の誘導尋問に分かった気持ちになって、私とユーリが元気に答えた。さらに龍人が聞く。


「そして、シエラちゃんのアマテラスの力を受けたサミュエルは?」

「すごく強い!」


 私とユーリの回答を聞いた龍人が笑顔で「ご名答」と言った。ちなみにこの時、ガイオンは眠りの世界に旅立った後だ。

 龍人はさらに詳しい説明を始めようとしたが、目の座ったサミュエルに止められた。


「きっと、攻撃を受けながらもしぶとく最後まで立ち上がり、敵を追い詰めることができる。だから、サミュエルは僕たちにとって、なくてはならない戦士なんだよ。長期戦になれば特にね」

「理屈は分かったが……」


 サミュエルが自分の足元を見た。

 きっと、失った右足のことを考えているのだろう。

 それに気が付いた龍人が、今度は大きな透明の筒を持ってきた。


「じゃあ、今度はこれを見てもらおうかな」


 筒の中には液体が入っていて、何かのかたまりがフヨフヨ浮いている。一体何を持ってきたんだろう。

 龍人の怒涛の説明に終始目を輝かせているバーデラックを押しのけ、前に出てきたユーリがかたまりを観察する。


「なんだ、この団子?」

「一応、サミュエルの足の肉片をかき集めて再生してみたんだけど」

「あ……足の肉片⁉」


 驚いたユーリが一歩後ろに下がった。

 大人たちからもどよめきが漏れる。


「さすがにあそこまでダメージ受けていたら完全に元通りって言うわけにはいかなそうなんだ。これをくっつけることはできても、前みたいに動けるか分からない。ま、足が無いよりいいっか?」


 無いよりいいっかって、すごく軽い口調……。

 私だったら、元自分の足だったかたまりを見て相当ショックを受けるけど、サミュエルはどう思ってるんだろう。


 恐る恐るサミュエルを見たが、無表情で何を考えているのか読み取れない。


 私はサミュエルの記憶を見てしまったから、今までいかにうまく感情を隠して生きてきたかを知っている。一見なんでもなさそうにみえるけど、きっと心の中ではショックを受けているはずだ。

 だから、ほんの少しも気の毒に思っていない龍人の口ぶりにサミュエルが不憫に思えてきた私は、もう一度だけあの提案をしてみる。


「もしサミュエルが嫌じゃなきゃ、私が治してあげても良いよ」


 私の言葉に、かすかにサミュエルの目が泳いだ。

 やはり、治癒行為が両親のことを思い出させてしまうのだろうか。無理矢理治すつもりはないが、サミュエルのためなら私はどんなに辛くても我慢するのに。


「気持ちは嬉しいが、失ったものを再生するのはかなり大変なはずだ。簡単には頼めない」

「でも……」

「そこでぇぇ!」


 私とサミュエルの押し問答が始まろうとした時、龍人の大声がそれを遮った。


「さっき言ってた四つの選択肢が出てくる。治療の方向性について、この中からサミュエルが一番良いと思う方法を選んでほしい」


 そう言った龍人が、仰々しく指を折りながら例を上げていく。


「一つ、足が無いまま現状維持。二つ、心もとないけど元々の足をくっつける。三つ、命をかけてシエラちゃんが足を再生する。四つ……」

 

 龍人の目がキラリと光る。


「芽衣紗が作った超ウルトラハイスペックの義足をつける……はははは! 足を失ったサミュエルには、人間の足よりも使い勝手の良い義足という選択肢があるのさ。どうせなら両足を変えちゃってもいいかもね。さあ、どうする?」 

「芽衣紗が作った義足だと? 随分用意が良いな。龍人お前、こうなることも計算済みだったってわけか?」


 忌々しそうに顔をしかめるサミュエルに、龍人はあからさまに驚いた顔をした。


「計算済み? やだなぁ、僕は複数のパターンを想定していて、たまたま僕の想定内に物事が転がっただけだよ。僕の大事な大事なサミュエルをわざと傷つけようだなんて思ってないさ。義足の改良を芽衣紗に提案したのも、エマをトライアングルラボに呼び戻しておいたのも、全て最大限のリスクを想定して対応しただけ。ただ、義足を使いこなすサミュエルは是非、ぜぇぇぇひ見てみたいと思っていたけど、ね」

「チッ、選択肢とか言って勿体ぶりやがって。結局、お前の望み通りの展開に持って行きたかっただけじゃないか」


 おどける龍人にサミュエルが食って掛かると、芽衣紗が言葉を補足する。


「いつもはアレだけど、リスクを想定した話は本当だと思うよ。義足は一から作ったものじゃなく、もともとあったものを簡単に改良しただけだから。以前、戦争で足を失った戦士がいてね、その人のために作ったものが、まだ使われないで残っていたの……」


 話し終わった芽衣紗が少し寂しそうな顔をした。


 戦士のために作ったものが使われなかったということは、もしかしてその人は戦争で……。


 私が芽衣紗の気持ちを考えて気の毒に思った時、気持ちを切り替えるように「とりあえず持ってくるからちょっと待ってて」と言って芽衣紗が一度退室した。


 大丈夫かな、芽衣紗。


 心配しながら背中を見送ると、すぐに芽衣紗はガラガラと台車を押して戻ってきた。


「おまたっせー!」


 台車の上に、乗っている三足の義足。

 それを見て、各々が声をあげる。


「なんだ、これは……」

「キャー! なにこれ!」

「うおぉぉぉぉ! かっこいい!」

「おぉ、いいじゃねえか!」

「ほお、これはすごい」

「ほっほっほ、さすが龍人さんの妹……」


 みんながワイワイしながら義足に注目していると、疲れ切った様子のサミュエルがベッドに寝込んで頭の上まで布団をかぶった。

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