ゲノム編集
「本当に良いんですか? 国王陛下」
「構わない」
エルディグタール城の最上階。
広くてきらびやかなジュダムーアの寝室で、今まさにゲノム編集が行われようとしていた。
天蓋付きの大きなベッドに横たわるジュダムーアの体に、いくつもの機械が取り付けられている。白衣をまとった龍人の前には、人体の画像、いくつかの数字、生体反応を表す波形がホログラムで映し出されており、たった今ジュダムーアの体調をくまなくチェックし終わったところだ。
全ての確認が終わった龍人が問いかける。
「永遠の命を手に入れてしまえば、最終的に人生を終わらせる方法は『自死』しかありません。一万年生きている私が言うのもなんですが、永遠に繰り返される時間を生きるのは思っているより辛いものですよ」
「……たった二十五年で終わる命より辛いものがあるものか。お前には分からないだろう」
「確かに、莫大な魔力を持つガーネット種の寿命は大変短い。まるで、大輪の花を咲かせて散っていく花火のようです。ただ、それ故の魅力があるのも事実。殿下は、永遠の命を得て何をなさるのですか?」
「……永遠の命を得て」
龍人の質問に、ジュダムーアはある記憶を思い出した。
それは、まだ母が生きていた頃。
目の前を、ガーネットの女性が通り過ぎていった。
しかし、その様子は普通ではない。両脇を騎士に抱えられ、奴隷たちが住む地下へと連れていかれたのだ。ジュダムーアは、その女性と一瞬だけ目が合って衝撃を受けた。
自分の周りにいる大人とは明らかに目に宿す力が違う。
美しい。
生命力にあふれるその目がジュダムーアの胸を射抜いた。
目の前の出来事に疑問を持った七歳のジュダムーアは、母に質問を投げかける。
「母上、あの女の人はガーネットなのに、なぜ地下に連れていかれたのですか?」
質問を受けた母が、汚れたものでも見るような顔でジュダムーアを見下ろした。
「ジュダムーア、見てはいけません。シルビアは、ガーネットの恥さらし。次期国王との婚儀が決まっていながら、城を抜け出して姿をくらましていたのです。次のお世継ぎを生むという名誉がありながら、彼女は婚儀から逃げ出し国王一族の顔に泥を塗りました。だから、ガーネットでありながら奴隷と共に残りの余生を暮らすことになったのですよ。お願いだからジュダムーアは、そんな恥ずかしい真似はしないで立派な世継ぎを作ることだけを考えてちょうだいね」
「はい……母上」
母の言葉に、ジュダムーアは違和感を覚えた。
自分の子どもの幸せよりも、ガーネットとしていかに立派に生きるかを求める母。両脇を兵に抱えられているにもかかわらず意を決したように凛々しい姿のシルビア。
二人の相反する表情が、幼いジュダムーアの脳裏に焼き付いた。
百年生きるライオットに比べ、自分の生涯はたった二十五年。
魔力が強いとはいえ、闇雲に魔力を消費すればさらに寿命は短くなる。
そんな使えない魔力など、あってないようなものだ。
魔力を制限し、欲を制限し、次の世継ぎを作ってすぐに死ぬ。ガーネットはみんな、虫けらのようにその行動を繰り返すだけ。
そうしなくては母の愛が得られないジュダムーアは、無条件にそのルールに従うしかなかった。
先ほどのシルビアは、ルールに従わず異物の烙印を押された。
外の世界に抜け出せばシルビアのように排除され、たった二十五年の短い生涯を、みじめに奴隷として生きることになる。
……なんて愚かなことをしたんだ。ボクは絶対シルビアのようにはならないぞ。
ただ、このままでは母の望みを叶えることはできても、母の愛も自分の望みも得られないまま、シルビアと同じく城と言う牢獄で死ぬことになるのではないか。
自分は一体何のために生まれてきたんだろう。
ライオットは長い生涯で何を成し遂げるんだろう。
シルビアは外の世界で何を成し遂げてきたのだろう。
ボクは……
ボクは…………
このまま死にたくない。
自分だけは、呪縛のようなガーネットの運命から抜け出すんだ。
「……様、ジュダムーア様」
名前を呼ばれたジュダムーアが、ハッと龍人を見る。
「大丈夫ですか? 何か考え事でも」
「問題ない」
王となり絶対的な権力を手にしたジュダムーアは、隙を見せないよう誰の前でも気を抜かないようにしてきた。自分がいち早く王となるために、邪魔なガーネットを全て排除してきた経験が、さらに輪をかけて警戒心を高めている。
しかし、悲願だった永遠の命を前に、一瞬だけ気持ちが緩んでしまった。
それに気づかれないよう、気を引き締め直したジュダムーアが起き上がり、針を持つ龍人の手首を力強く掴んだ。
鋭く光る赤い目が、龍人の顔を間近に捉える。
「これは毒物ではないだろうな」
「陛下、私はヒポクラテスに忠誠を誓った医師。倫理に反することはこれまでただの一度も経験がございません。私の医師のプライドにかけて申します。これは陛下に永遠の命をもたらす奇跡の薬です」
数秒の睨み合いの後、目を光らせたままのジュダムーアが投げ捨てるように龍人の手首を離し、再びベッドに寝転がると天蓋の天板を見つめて言った。
「すべてが終わるまで120日と言ったな」
「はい、国王陛下」
「その間裏切ることがあれば、即刻お前を殺す」
「どうぞご自由に、国王陛下」
脅すようなジュダムーアの言葉を全く意に介さず、龍人はニヤリと口角を上げた。
「ですが、これから先は陛下と私しか人生を共にできないのです。他の人間は皆先に死んでいきます。今いる部下も、愛する者も、その子どもたちも、何世代もの人間の死を見ていく事になります。唯一の理解者である私めを、どうぞごひいきに」
龍人の忠告を噛み締めるように頭で反芻したジュダムーアが、感情もなく言った。
「ボクはボクしか愛していない。さあ、やってくれ」
その言葉を聞いた龍人が、ジュダムーアの上腕に駆血帯を巻き、怒張した血管の上を真っ白な綿で消毒した。
そして、細い針をジュダムーアの血管に差し込んだ。




