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ガイオンの告白

 ————ジュダムーアに永遠の命を与えることにした。



 ガイオンと馬に乗って走っている私は、先程の龍人の言葉を思い出す。

 それを聞いたときは全員が驚き、絶句した。

 あの悪魔のようなジュダムーアが永遠の命を手に入れる。

 それがどれほど恐ろしいことか。


 しかし、理由を聞いて全員が納得せざるを得なかった。



 ————このままでは、君たちに所縁ゆかりのある人が皆殺しにされる。



 今にも飛び出しそうなジュダムーアを引き留めるには、やむを得ない選択だったのだ。きっと、それを見越して龍人は城に残ることにしたのだろう。

 永遠の命という、最後の切り札を切るために。


 龍人がジュダムーアをつなぎとめておけるのは、体の細胞が生まれ変わる120日間。その間にサミュエルを助けなくてはならない。

 そのため、私とガイオンは不思議な力を持つ生命の樹まで回復祈願に向かっていた。


 今日は満月。

 生命の樹が唯一葉を茂らせる日でもあり、再び枯れる日でもある。


 生命の樹はその特徴から、昔は『よみがえりの木』として人々の信仰を集めていたようだ。今は失われてしまった風習で詳しくは分からないが、なにかしらの御利益があるらしい。


 徒歩で移動すると丸一日くらいかかってしまうので、迷惑をかけた償いにとガイオンが馬を出してくれることになった。それに同乗できるのは、体の小さいユーリか私、どちらか一人。満月の生命の樹を見てみたい二人は、潔く真剣勝負で決めることにした。

 心配ない。私にはきちんと勝算があるのだ。


 私とユーリが拳を握ってにらみ合う。


「せぇぇぇぇぇのっ!」

「じゃんけんぽん!」

「やったぁー!」

「ま、まけたぁ……」


 床に崩れ落ちるユーリを、勝ち誇った顔で見下ろす私。

 本人には内緒にしてるが、ユーリはいつも最初にグーを出すクセがある。

 こうしてじゃんけんで勝った私は、サミュエルの回復祈願をしにトライアングルラボを出発したのだった。




「うっははー! 早い早い!」


 初めて乗る馬に大はしゃぎの私は、がっしり座っているガイオンを背もたれに、飛ぶように移り変わる景色を楽しんでいた。


「がははは! いい気分だろう。こうやってコイツと風を切って走ると本当に最高なんだ。ただ、あとどれぐらい一緒にいられるか……」


 ガイオンが「いっけね」と言って口をつぐんだ。

 見上げると、知らんぷりを決め込んだガイオンが目を泳がせている。


 ……ん? これは明らかに怪しいぞ。


 秘密の匂いを嗅ぎ取った私がすかさず聞き返す。

 

「あとどれくらい一緒にいられるかって、どういう意味?」

「なんでもねぇよ」

「なんでもなくない。絶対何か隠してるでしょ。私にはお見通しだからねー!」

「なんでもねぇったらなんでもねぇんだ!」

「なんでもなくないったらなんでもなくないー!」


 ますます怪しい。

 ちょっとした秘密が命取りになることもあるので、ここは聞き出しておいた方が無難だ。決して興味本位ではない。そう、興味本位では!

 ……本当は、ちょっとだけ興味本位だ。


 私とガイオンの攻防がしばらく続いたが、先に折れたのはガイオンだった。

 ポリポリと頭をかきながら、観念して理由を教えてくれた。


「あー、しゃあねーな。お前のしつこさには負けた。他の奴らには言うなよ。いいか?」


 私が「うん!」と大きく頷いて返事をすると、少しためらいがちにガイオンが口を開いた。


「……実は、ジュダムーアに石をくれてやったんだ」

「石を……。えっ! ガイオン、生前贈与したの⁉︎」

「そうだ」


 魔石を失ったら魔力が衰えるだけでなく、数カ月で命を落とすと言われている。

 それに、魔力量が人の価値を決めるエルディグタールにおいて、魔石を失うということは口にはしがたい意味も含む。


 もしかして、私たちを逃がしたせいで責任を取らされたのだろうか。


 こんなに深刻な話だと思っていなかった私は、かける言葉が見つからなかった。


「残念だが、お前を嫁にもらうことはできなくなっちまったなぁ」


 がははは、とガイオンが笑いながら言った。本気か冗談か分からない言葉に、少しだけ空気が軽くなる。


「それ、本気で言ってたの?」

「俺は強い奴が好きだからな。お前を見た時に、コイツはなんかすげぇヤツなんじゃないかって感じたんだ。理由はわかんねぇけど」

「そっか……。じゃあ、約束通り三年は待ってもらわないとね」

「……そうだな。ま、今すぐもらってやっても良いけどな。がははは!」


 私は少しでも希望を持ってもらいたくて、明るい口調で冗談を言った。それに応えて大声で笑い飛ばしたガイオンが「でもな」と続ける。


「石が無くなって気づいたんだ。自分の命より大切なものがあるって、幸せなことなんだなって」

「……ガイオン」


 やっぱり、この人は他人のために自分の命を差し出したんだ。

 なんて強い人なんだろう。


「大変だったんだね」

「なぁに。大したことないさ」


 ガイオンはニシシと笑った。


「でも、魔石がないんだったら、今までのような魔法が使えなくなっちゃうでしょ? みんなにいった方がいいんじゃない?」

「いや、それだけはやめてくれ。俺は、気を使われて足を引っ張るくらいなら死んだほうがマシだ。大丈夫、俺は魔石がなくたって戦えるさ! なんたって、イルカーダの男だからな!」

「そっか……、分かった!」


 いつになく真剣なガイオンの本気の言葉。

 その想いが伝わり、私はガイオンの意思を尊重したいと感じた。


 この事実を私しか知らないのだとしたら、この先私がガイオンを守ってあげなきゃ。

 やっぱり無理にでも聞いて良かった、そう思った時だった。


「さ、しっかりつかまれよ!」

「えっ? うわぁっ」


 ガイオンが手綱を握りしめ、ブンッと大きく振った。


「全速力だぁ! がははは!」

「きゃぁぁぁぁ!」


 馬が勢いよく走り出し、体が大きく上下に揺れた。それに、時々倒れている木をピョンと飛び越えるので、気をつけないと舌を噛んでしまいそうだ。

 後ろにガイオンがいなかったら、とっくに道端に放り投げられていただろう。馬から落ちそうで落ちないスリルと森を駆け抜ける疾走感が楽しく、私はキャッキャ言いながら手綱にしがみついた。


 しばらく走り続けると、太陽が傾き空気が少しひんやりしてきた。鼻の頭も少しだけ冷たくなってきた頃、何かが見えてきた。言われなくてもわかる。


「わぁっ! 生命の樹だ!」


 真っ白な生命の樹の周りは他の木が無く、背の低い草が生えているだけだった。

 開けた場所まで行き、ガイオンに抱えられて馬を降りる。


「ここには久しぶりに来たな。相変わらずでかい木だ」


 私はガイオンの横に並んであらためて上を見上げた。

 背丈はクロムオレンジの木と同じくらい高かったが、幹の太さは比べ物にならないほど生命の樹の方が太い。

 一枚の葉も茂らせておらず全体が骨のように白い木は、外見からはまだ芽吹きを感じさせないのに、なぜか生命力がみなぎっているようだった。硬そうな外皮の内側に、たくさんの太い血管が走り、エネルギーが脈々と巡っているのを肌で感じる。


 ————ドクン


 今脈打ったのは私の心臓か、それとも生命の樹の息吹きか。


 生命の樹に目を奪われた私は、吸い込まれるように一歩一歩近づく。

 足を踏み出すごとに静けさが増し、濃淡が重なってくっきりしていく視界。私の呼吸の音が鮮明に聞こえてくる。この空間だけが他の場所と違う世界のようだ。


 太陽が沈み、辺りが闇に包まれていく。


 いよいよだ。

 生命の樹が満月の光を浴びたら、一体どうなるんだろう。


 私の期待に応えるように、空に月が浮かび上がり柔らかい光が降り注いだ。

 

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