走馬灯
「止まるな! お前が捕まればこの国に未来はない。いいから行け!」
サミュエルの怒鳴り声に押され、私は重たい体を引きずって長い廊下を走り続けた。
チラリと振り返ると、ジュダムーアの前に十人ほどの騎士が武器を構えているのが見える。そして、盾のように立ちふさがるサミュエルの黒い外套。甲冑を身に着け全身銀色に輝く騎士の中に、一人だけ黒づくめのサミュエルが際立っていた。
私を逃がそうとしてくれるサミュエルの思いに応え一生懸命走っていると、ジュダムーアの声が聞こえてきた。
「あの少女を生きたまま捉えよ! その男は殺しても構わない」
「はっ!」
ジュダムーアの号令を受け、一斉に騎士の甲冑が擦れる。そしてすぐに怒号や悲鳴、爆発音が聞こえてきた。
サミュエルと騎士の戦いが始まったのだ。
「はあ、はあ、はあ」
背後では騒々しい音が渦巻いているのに、なぜか鮮明に聞こえてくる私の呼吸音。それを異様に思いながら、さきほど地下でサミュエルがイーヴォに言った言葉を思い出す。
————迷わず俺を殺せ。
きっとサミュエルはここで死ぬ気だ。
自分の命と引き換えに、私を逃がそうとしているんだ。
それが正解か間違いかなんて私にはわからない。
ただ、サミュエルの思いに応えなくてはという気持ちだけで前に進み続ける。
悲しみを感じる余裕もない私が涙を流して走っていると、走馬灯のようにサミュエルとの記憶が目の前によみがえった。
「悪いが帰ってくれ」
ピシャッと扉を閉め、盗賊に追われる私とユーリを冷たく追い返した最悪の出会い。
「あぁ、怪我してたんだったな。見せてみろ」
はじめて見た魔法の驚き。
「どうでもいい奴らの言葉ではなく、自分を本当に大切にしてくれる人の言葉を信じろ」
そう言って私に手を差し伸べたサミュエルと、悩みを吹き飛ばすように一緒に飛んだ空。
「生きろ……シエラ!」
死にかけている私に、必死で魔力を注いでくれた温かい感覚。
「長い間黙っていて、辛い思いをさせて悪かった。シエラ……」
長年刺さっていた私の心の棘を抜くように、そっと抱きしめてくれた不慣れな手。
今までの思い出が浮かび上がると、記憶の中のまだ何も知らなかった頃の私が、きょとんとツインテールを揺らして問いかけてきた
————自分はどうしたいの?
私がしたいこと。
掴めそうで掴めない答えが近くにあるのを感じる。
————俺は、お前に似たヤツを思い出して自分のしたい様にしただけだ。
私が初めて空を飛んだ日、サミュエルは私を通して誰かを見ていた。
あの時、誰と私を重ねていたんだろう。
————お前らに言ったところで分からないだろう。
アイザックが私の能力が発現する条件を聞いた時、なぜサミュエルだけが私の気持ちを理解できたんだろう。
私とサミュエルの共通点、そして他の人たちとの違いって。
考えてみると、答えはすぐに見つかった。
……そうか、なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう。
私とサミュエルは同じなんだ。
両親を失ったサミュエルは、同じく両親がいない私と自分自身が重なって見えていたんだ。だから、私の胸に眠っている両親への思いや愛情への渇望、家族を持たない孤独感が分かっていたんだ。
そして、サミュエルは自分の分身である私に対して、自分がして欲しかったことをしてくれていた。
じゃあ今度は、私がして欲しいことをサミュエルにすればいい。
それなら答えは簡単。
「今度は私がサミュエルを救う番だっ!」
迷いを吹っ切った私は、足を止めて振り返った。
次々に降りかかる攻撃を全て打ち返すサミュエルが、今度は大きな炎を生み出して騎士をこちらに近づけまいと戦っている。シルバー相手に全く引けを取っていない。
サミュエルが騎士を吹き飛ばした。
互角に戦っていると思いきや、今度は波状攻撃のように騎士が連続で魔法を飛ばし始める。
さすがのサミュエルも全てを受けきることができず、飛び上がった騎士がサミュエルに槍を向けて落下していった。
「サミュエルあぶないっ!」
私はステッキを取り出し、騎士に照準を合わせて唱えた。
「主一、無適ぃぃぃ!」
ステッキから青い光が飛び出してまっすぐ騎士に向かっていく。
私は一度狙ったら外さない。光が騎士の肩にあたり、後ろにひっくり返って落ちていった。
私は援護射撃をしながら急いでサミュエルの元に戻る。
「バカ! 何で戻ってきたんだ!」
「バカって言う方がバカなんですよー! それに、ヒーローは遅れて来るんです」
「何がヒーローだ。ただの間抜けなウサギだろ」
「ムキー! せっかく助けに来たのに」
「いらぬおせっかいだな」
騎士の相手をしながらお互いに憎まれ口をたたき、私とサミュエルが肩を並べる。
相手の騎士も消耗しているが、サミュエルもかなり消耗していそうだ。なにより、ジュダムーアから放たれる威圧の重さが足かせになっている。
早く終わらせなければ。
「行くよ、サミュエル!」
「よし、来い!」
私が全身の魔力をかき集めると体がポワッと温かくなった。そして、体に巡る魔力を全てステッキに流し込んで叫ぶ。
ステッキから太陽のように眩しい光があふれ出て、視界が真っ白になった。
「アマテラス!」
「爆炎!」
私とサミュエルが息を合わせる。
目の前を埋め尽くす劫火の壁。今までとはけた違いの炎の勢いに、悲鳴を上げながら兵隊がどよめく。廊下いっぱいに炎が広がり、天井を彩っているステンドグラスが全て粉砕した。突き抜ける炎。降り注ぐガラス片。騎士たちが天井に意識を取られて動きを乱す。
逃げるなら今だ。
私とサミュエルが走り出そうとすると、今まで聞こえてきたはずの騒音がピタッと止んだ。急に訪れる静寂。上を見た騎士たちが驚いて目を見開いている。
……何が起きたの?
上を確認して、私も音が止まった理由を知る。
降り注いてくるはずのガラス片が、時が止まったように空中で制止してるのだ。そして、ガラス片が重力に逆らって空へと上昇し、そのまま外に飛んで行ってしまった。
今度は、呆気にとられる騎士が壁に向かって吹き飛ばされ、全員が床に転がる。
「ぐわぁぁっ!」
目の前の敵がいなくなったことに驚いていると、残り火の炎のカーテンから涼し気な顔のジュダムーアが現れた。炎が頬を撫で上げているというのに気にも留めていない。それどころか、髪の毛一本すら燃えていない。
「随分おてんばだな。でも、これからは大人しくしてもらう」
「ジュダムーア……!」
私がその名を呼ぶと、ものすごい重力が全身に襲い掛かり、ダンッと勢いよく膝と手が床についた。押しつぶされそうな圧力に吐き気を催す。
「ボクに会うときはその恰好をすること。覚えておけ」
「誰がお前なんかに……!」
同じく床に手をついているサミュエルがジュダムーアを睨んだ。
「ああ、イーヴォが真似していたのは君か。君には用がないから消えてもらおう」
ジュダムーアの冷酷な赤い目がサミュエルを見下ろす。そして、サミュエルに向けて手に持つ杖を向けた。
杖の先が赤く光る。
「お願いやめて! ジュダムーア!」
体が動かない私はなす術がなく、叫ぶことしかできなかった。




