もう一つの再会
「ジュダムーアは、生前贈与の前に対象者を数日監禁するんだ。何をしているのかは分からないが、その部屋は厳重に見張られていてとても近づくことすらできない。申し訳ないが、助ける手立てはないだろう」
悲しそうな顔で事実を告げるエーファンに、完全に冷静さを失ったイーヴォがつかみかかった。
「そんな、諦めることなんかできないよ! ノラは僕のたった一人の親友なんだ。僕のせいでノラは……」
「やめろ、イーヴォ。エーファンにあたったって仕方がないだろう。一人のために、今俺たちが全滅するわけにはいかない。諦めろ」
説得を試みたサミュエルがイーヴォの肩に手をかけた。すると、イーヴォが今度はサミュエルの服をつかんでわめきだした。
「ふざけるな! なんだよ、他人事だと思って。どうせ自分のことじゃないからそんなこと言えるんだろ! 大事な人がいない奴が偉そうなこと言うな!」
気持ちを煽る言葉に舌打ちしたサミュエルが、今度は逆にイーヴォの襟を締め上げた。イーヴォの口から「ぐぅっ」と苦し気な声が漏れる。
「俺は自分が同じ立場だって同じことを言うさ。それに、もし俺がお前らにとって荷物になる時が来たら、迷わず殺せ。誰かの命を危険にさらしてまで生きていようとは思わない」
イーヴォが苦しそうに顔を歪めたのを見て、アイザックが止めに入る。
「二人とも、そう熱くなるな。イーヴォの気持ちも痛いほどわかるが、闇雲に行動しても良い結果にはならない。今日連れていかれたということは、あと数日は時間があるだろう。その間に別の策を考えよう」
サミュエルに開放され、ゲホゲホと咳き込むイーヴォの背中を龍人がさすり、「僕も最善を尽くしてみるよ」となだめる。
イーヴォはそれ以上何も言わず、うつむいて床を見つめた。
……本当に、これで良いんだろうか。
私がイーヴォにかける言葉が見つからないでいると、アイザックがシルビアに向かって言った。
「さあ、シルビア。まずは君だけでも一緒にここを出よう。騒ぎが起きる前に」
「でも……」
シルビアが困惑の声を上げた。
しかし、シルビアが言い切る前にエーファンが言葉を遮る。
「シルビアは今まで良くやったよ。こんなにやつれるまで、一人で病人を治し続けてきたんだから。これからは外で幸せに暮らすと良い。幸い、僕らには龍人先生がいてくれるからね。今度は龍人先生が治してくれる」
「私一人で外に出るなど……あなたはどうするんですか?」
心配するシルビアに、エーファンが首を横に振る。
「ここから僕がいなくなるわけにはいかない。ただでさえ人が少ないのに、一人減ったらみんなの負担が大きくなってしまう。だからここに残るよ。大丈夫。ライオットは体が丈夫なことだけが取り柄だから。死ぬ前に、一目だけでもシエラに会えて良かった」
「エーファン……」
「ここにいても、君にできることはもうないんだから、諦めてさっさとみんなと行きなさい。シエラのこと、頼んだよ」
もう二度と夫に会えないかもしれない。
そう思って涙を流すシルビアのおでこに、エーファンがそっとキスを落とした。
きっと、自分の愛する人がここから抜け出せることが嬉しいのだろう。涙を浮かべるエーファンの顔が安心で緩んでいる。
それ以上他の人も何も言わず、シルビアだけを連れて出ることで話は決まった。
……お父さんは、ここを出る気がないようだ。
それでは私は納得できない。
せっかく会えたお父さんなのに、ここで別れなきゃいけないのか。さっきサミュエルが言ってたように、何かを得るには何かを諦めなきゃいけないのか。
そんなの嫌だ。
みんなと一緒に暮らしたい!
そう思った私は、こぶしを振り上げて鼻息荒く立ち上がった。
「私が、ジュダムーアをぶっ飛ばしてやる!」
私が叫ぶと、ユーリが驚きの声を上げた。
「シ、シエラ⁉」
「お父さんもここにいるみんなも、みんなで幸せにならなきゃだめだよ! だから、私がジュダムーアをぶっ飛ばしてやるんだ!」
「いつもの鉄砲玉みたいだけど、シエラの言うことが正しい。みんなで幸せになろう!」
ユーリが私の意見に同意してくれた。
いつも私を理解してくれる兄の言葉に、自然と笑みがこぼれる。
私とユーリがニコニコして顔を合わせると、トワがクスクス笑ってその場をまとめた。
「ふふふ! シエラちゃんとユーリ君らしいわね。じゃあひとまず先にシルビアさんだけでも行きましょう。他の人たちは、助けに来るって言うことで!」
扉の側にいたアイザック、サミュエル、トワ、イーヴォに続き、私とユーリ、そしてシルビアとエーファンが部屋の外に出る。
ひとまず今回はこれで退散だ。
エーファンがシルビアの手を取り、城の出口に向かって歩きだすと、廊下の向こうから松葉杖をついた男の人が近づいてきた。
その男が、信じられないものでも見るように、震えながらサミュエルに歩み寄る。
「……もしかして、サミュエルじゃないか」
男を見たサミュエルも、ハッと目を開いて驚いた。
「まさか、生きてたのか⁉」
「やっぱり、サミュエルか。立派になったな。お前が孤児院を出て行って、ずっと心配してたんだぞ」
「死んだと聞かされていたが、……こんなところにいたのか」
男の人が、サミュエルを見て涙を流し始めた。
どうやら知り合いみたいだけど、この人は一体……
私が疑問に思っていると、サミュエルがこちらを振り返り、少しだけ眉毛を下げて言った。
「ユーリ。お前の父さん、リヒトリオだ」
「え……父さん? 父さんは死んだんじゃ」
「ユーリだって⁉︎ そうか、ユーリ。確かに赤ん坊の時の面影がある。こんなに大きくなって、お前も立派になったな……!」
「本当に、父さんなの?」
死んだと思っていた父親を前にし、口を開いたままユーリが固まった。
私も本当の両親と再会したばかりなので、その気持ちを痛いほど感じる。きっと、わき上がってくる沢山の感情を整理できず、どうしていいか分からないのだろう。
私はそっと、ユーリの背中を押した。
一歩足が前に出ると、後は自然に走り出し、親子が抱きしめ合った。
「父さん!」
「ユーリ!」
もう一組の親子の再開を、みんなで微笑みながら見守った。
良かった。
自分の両親だけじゃなく、ユーリのお父さんまで見つかるなんて、お城に潜入したかいがあった。あとはノラだ。
しかし、ノラだけじゃなく生前贈与自体を止めなければ、被害者は後を絶たない。根本的な問題を無くすために、私たちはすぐにもう一度ここに来ることになるだろう。
私が次の計画を企てている時だった。
「むぎゅ!」
誰かが後ろから私の口を塞いだ。
それだけじゃなく、私の体ごと抱えてどこかに連れ去ろうとしているようだ。
きつく抱き合うユーリとリヒトリオの姿が、あっという間に遠ざかっていく。
「むが……んぐぐ……!」
必死に助けを求めようとするが、しっかりと口を押えられてしまって言葉にならな買った。
親子の再開に気を取られているみんなは、私が連れ去られようとしていることに気が付かない。
……ど、どうしよう!
このままじゃどこかに連れ去られてしまう。
お願い、誰か助けてー!
私の願いも虚しく、心の声は誰にも届くことはなかった。




