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無知の知

「僕の後継者はバーデラック君に任せるから、これからは僕だと思って仲良くしてあげてよ」


 龍人の突拍子もない発言に、一番驚いているバーデラックが声を裏返しながら抗議し始めた。


「ちょっと待ってください、龍人さん。私はあなたと手を組んでも良いとは言いましたが、この方たちと一緒に行動するなんて聞いていませんよ」

「そうだよ、龍人。『やっぱりやーめた』とか言って、途中で私たちのことを裏切られたら困るよ!」

「そうだ。それに俺は、こいつの胸をつらぬいたんだぞ。いつ寝首を掻かれるか常に気を張ってなきゃいけないなんてごめんだ」


 私たちだけじゃなく、バーデラック本人からも反対の声が上がり、龍人が困ったように肩をすくめた。


「あれ? 一番いい方法だと思ったんだけどな。まあ、ちょっと聞いてよ」


 龍人がバーデラックに向き直り、人差し指を立てて説明を始めた。


「バーデラック君はお城にあるレトロな機材をいじってるより、ラボの方が沢山の学びを得られるんだよ。なんたって、ここの機材は僕が千年前に寄贈したおさがりなんだからね。テロメアが短くなった君は一年一年が貴重だから、こんなところで時間を無駄にするのはもったいない。心配しなくても、芽衣紗が完成させたホログラム電話を使えば、僕が隣にいるのと全く変わらず指導できるよ」

「テロメア?」


 また新しく出てきた言葉に、私とユーリが首を傾げた。

 それに気が付いた龍人が説明してくれる。


「そう、テロメア。そうだな……細胞の寿命とでも言ったら良いのかな。赤ちゃんのテロメアは長くて老人は短い。年を取るにつれて、ロウソクが燃えていくように染色体のテロメアが短くなって、多くの生きものは寿命を迎えるんだ。なぜか、バーデラック君のテロメアは同年代のシルバーより短くてね」


 ……ロウソクが燃え尽きるみたいに、か。

 その、テロメアっていうやつの長さが寿命と関係しているってことなのかな?

 

 私の頭の中で、火のついたロウソクを持ったバーデラックが思い浮かんだ。だんだん短くなっていく様子に焦って右往左往する姿が滑稽こっけいだ。

 龍人の説明にバーデラックがキュッと口を結ぶと、今度は私たちに向かって龍人が話し出す。


「君たちの心配もわからないわけじゃないけどさ。じゃあなんで、みんなはアイザックと一緒に行動してるの?」


 みんなの視線がアイザックに集中した。


「アイザックだって、過去にサミュエルの両親を殺したんだよ。もし一度の過ちが許されないのだとしたら、アイザックを殺さなきゃ。……でもそんな必要、ないでしょ?」


 今のアイザックはむしろ私のことを助けてくれるし、大切にしてくれるから、龍人の言う通り殺す必要なんかない。過去のアイザックがどんな人だったのか直接は知らないけど、今はもう私の仲間だ。

 でも、それと同じように私たちを殺そうとしていたバーデラックを受け入れるのは、やはり難しい。


 何と言っていいか困ってユーリの顔を見ると、ユーリもどう答えるべきか迷っているようだ。

 誰かが口を開くより早く、さらに龍人が言葉を重ねた。


「アイザックは、なんで変われたの? 良かったら教えてよ」

「……私が間違っていたと分かったからだ。昔はこの国の教育に染まって、シルバーより魔力の弱い人間を同じ人間だと思っていなかった。しかし、事実は全く違うと気が付いた。私が知らなかったことを、シルビアのお腹の中にいるシエラが教えてくれたからだ。今は、昔の自分を後悔している」


 申し訳なさそうなアイザックが、しっかりした口調で答えた。


「うん。アイザックは分かったんだよね。だから変われた。バーデラック君もそう。彼は知らなかっただけなんだよ、自分が一番じゃないってことを。人間はね、己の無知を知ってから本当の人生が始まるんだ。過去にこだわってたら進化はできない。僕たちが見なきゃいけないのは、過去じゃなくて未来でしょ?」


 龍人が「ねっ」と言ってウインクした。

 トワが拍手をすると、演説を終えた龍人がうやうやしくお辞儀した。


「ま、もし気に入らなかったらその時は殺しちゃっていいからさ」

「わかった。そうしよう」


 サミュエルが即答すると、バーデラックが顔をこわばらせ「勘弁してください」と嘆いた。


 バーデラックってこんな人だったっけ?

 なんかもっとこう……高圧的だと思ってたんだけど。

 それに、ライオットとレムナントのことを「下等種族」と言ってさげすんでいたはず。なのに、魔力の持たない龍人の発言に聞く耳を持っているようだ。

 無知を知ったらそんなに人って変わるもんなの?


 疑問に思った私は、素直に聞いてみることにした。


「ねえ、アイザックも昔は人が違ったの?」


 私の何気ない質問に、アイザックは耳を赤くして口ごもった。

 なかなか返答しないでいるアイザックの代わりに、眉間に皺を寄せたサミュエルが答える。


「もーそりゃ酷かったんだぞ。『魔力も持たないゴミどもがぁ!』とか言って、俺の家の前で大暴れしたんだ」

「そ、それ以上は言わないでくれ……本当に悪かったと思っているんだ」


 ここが地下で寒いせいか、真っ赤な顔を両手で隠したアイザックから湯気が出た。それを見たサミュエルがツンとそっぽを向く。


 確かに、無知を知ると人間が変わるようだ。

 どんなやりとりがあったか知らないが、龍人の横にチマッと立っているバーデラックを見ると、少しは改心したのかもしれない。


 全てを受け入れられたわけではないが、なんとか納得する。そしてふと横を見た。

 イーヴォが睨むように眉間に皺を寄せ、難しい顔をしている。

 しかし、これで話は終わりとでも言うように、いきなりパンと手を叩いた龍人が明るい口調で話し出した。


「さあ、話がうまくまとまった所で、逢わせ屋龍人の出番といきましょうか」

「逢わせ屋龍人?」

「ふふふ。昔やっていたテレビ番組さ。結構好きだったんだよね」

「テレビ?」


 そう言って楽しそうに手を揉む龍人に、どこか嫌な予感を感じるのはなぜだろう。

 サミュエルも同じ気持ちなのか、「今度はなんだ」と顔をしかめた。

 そして、龍人はいつものように悪だくみをしているような笑顔を浮かべ、私の目を見て言った。


「このフロアーに、シルビアがいまぁす!」

「えっ、ここに……?」

「こんなところにシルビアがいるだと⁉」


 シルビアがいる。

 その言葉にアイザックが目を細め、私はユーリの袖を掴んだ。

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