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最強の頭脳

「うわぁぁぁぁぁぁ!」


 ジャウロンの重たい足音と獲物を見つけた喜びの咆哮、それに地下を反響する龍人の断末魔がバーデラックの耳に聞こえてきた。


「ほーっほっほっほ。かわいいペットのエサになるとは、下等種族でも役に立つことがあるんですね」


 ジャウロンは、その狂暴さからほとんどが幼体のうちに狩られており、成体になるものは少ない。シルバーのバーデラックでさえ、巨大な成体のジャウロンを相手にするのはかなりの困難を要する。それに加え、ここにいるジャウロンはバーデラックの手によって筋力を極限まで強化されたもの。

 魔力の持たない龍人では、到底倒せない相手だ。


 静まり返った地下の様子に、邪魔者が消えたことを確信したバーデラックが立ち去ろうと背中を向けた。その時。

 

「なーんちゃって」


 聞こえるはずのない声が聞こえ、耳を疑ったバーデラックが振り返った。

 しかし、その声は幻聴ではなかった。

 地下へと続く入口から這い出てきた人間の指。それに続いて、にょきっと姿をあらわしたのはたった今死んだはずの龍人だ。「よいしょっ」と出てきた無傷の龍人に、バーデラックが驚きの声をあげる。


「なぜだ⁉ なぜ生きている!」


 その問いに、肩をすくめた龍人が頭をポリポリかきながら答えた。


「なぜって、自分で制御できないものを生み出すわけがないでしょ? バカじゃないんだから。作る時にはきちんと対処もセットにしておかないと」


 また地球が滅亡しちゃうでしょ、と言う龍人に、何を言っているのか理解できないバーデラックが言葉を失って立ち尽くした。そこへさらに龍人が説明を加える。


「絶滅したジャウロンを復活させたのは僕。前はアンキロサウルスって言う名前だったんだけどね。ついでだから復活させるときに羽をカスタマイズして追加してみたんだ。かっこいいでしょ?」


 自分の作った工作を自慢する子どものように、得意げに腰に手を当てて笑った。


「……ジャウロンを復活させた? 何を言っているんですか、あなたは」

「どうせ地球上の人口が減ったんだし、一種類くらい恐竜がいても大丈夫かなって思ったんだよねー。だって、本物の恐竜を見てみたかったからさ」


 そこで、「あっ」と何かに気が付いた龍人が、指を立ててバーデラックの目を見た。


「君の発想も悪くなかったよ。えっと、筋力の強化だっけ? 現代人にしては頑張った方だと思う。でもね、上顎の骨の穴に気が付かなかったのは惜しかったなぁ。もし穴を閉じられてたら、さすがの僕も危なかったよ」

「骨に……穴?」


 眉をひそめるバーデラックが聞く。


「うん。あんな巨体、真正面からぶつかったって倒せないだろ? そんなことをするのは物好きなサミュエルくらいだよ。君んところのガイオン将軍も好きそうだけど。でもそんな物好き滅多にいないから、上顎の骨にちょこっとだけ空洞が開くようにゲノムを編集しておいたんだ。それを知らないで、自分から大きな口を開けて近づいてくれるんだから、非力な僕でもそこをポンとつけば一発で脳震盪さ」


 簡単だろ? と龍人が手のひらを上に向けていたずらに笑った。

 その様子に、信じられないものを見るようなバーデラックが、小さく首を振って現実を拒否しようとする。しかし、相手が話についてきていないことなどお構いなしに、龍人はさらに話を続けた。


「まー、でも僕が一万年生きてきて見た中では、君が一番優秀かもしれないな。だから、君が天才だということは認めてあげてもいいよ」

「一万年……生きてきた? まさか、そんなことは不可能だ!」

「ははは! そうだよ、不可能だよ……」


 笑いながらズイッとバーデラックに顔を寄せた龍人が悪魔のようにニヤリと口角を上げ、人差し指で自分のこめかみを指さす。


「君の頭じゃね! でもおあいにく様。僕はこの通り、ゲノムを編集して永遠に若返り続けることに成功したんだよ。あはははははは!」


 ゲノムの編集など聞いたことがないし、絶滅した生物を復活させることなど今のバーデラックには到底想像がつかない高度な技術だ。 

 勝ち誇る龍人の高笑いの前に、発想すら及ばない自分に大きなショックを受けたバーデラックが肩を落とした。


「おっと、ごめんよ。気を落とさないで。僕の頭の中には、人類が発生してから積み上げてきた五百万年分の叡智が全て入っているんだ。君はせいぜい多くても、現代が始まってからの一万年分だろ? それ以前の物は、全て海の藻屑になってしまったからね。だから仕方のないことなんだよ。君のせいじゃない」


 そう言って龍人は、人類が絶滅しかけたこと、進化した人間が魔力を持つようになったこと、今日まで繰り返されてきた無意味な権力闘争のこと、自分のゲノムをどのように編集したのかなど、知っていることを思いつく限りペラペラとしゃべった。


「そんな……私が頭脳で及ばないなんて」


 バーデラックは自分の理解が及ばない話に衝撃を受け、ヘナヘナとその場に膝をついて放心した。生まれてこのかた、自分より頭のキレる人間に会ったことが無かったのだ。

 しかし、今はっきりと分かった。上には上がいると。負けを認めざるを得ない。

 一度も頭脳で負けたことがなかったバーデラックのプライドが、完全なる敗北の前でポッキリと折れた。


 龍人は、口を半開きにして固まっているバーデラックを冷たく見下ろしおもむろにしゃがみこむと、目の前の骨と皮だけの肩に手を置いて猫撫で声で語り掛けた。


「でも、考えてもみてよ。僕と君の違いは、膨大な知識の量だけ。君の悲劇は僕が側にいなかったことだ。でも、一から自分で発見した知識でジャウロンを強化できたのは、進化した人間の中でただ一人、君だけなんだよ。その最強の頭脳とも言える僕らが手を組んだらどうなると思う?」


 目を細めた龍人が、さらにバーデラックにおでこを寄せて囁いた。


「これだけ研究熱心なんだ。君も、僕に負けないくらい知識欲があるんだろう? 僕の知ってることを全て君に教えてあげても良い。選んでよ。このままジュダムーアに殺されるか、それとも僕と手を組んでジュダムーアを引きずりおろすか」


 死人のように絶望感を漂わせるバーデラックの目が、穏やかに笑う龍人をゆっくりとらえた。


「さあ、どうする?」

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