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女帝

「あら、龍ちゃんいらっしゃい! 今日は百人の大宴会だから人手が足りなくて困ってたのよ。いつも本当に助かるわぁ。どうぞよろしくね」


 私たちは、ホテル リディクラスの最も奥にある厨房へとやってきた。

 慌ただしく戦場のような厨房には、白いエプロンをつけた料理人たちが沢山おり、それぞれ担当している料理の仕上げに入っていた。さらに奥の部屋には、きれいに着飾った女性が沢山待機している。

 そして、この場所を仕切っているのは、スパンコールの豪華なドレスに身を包んだ品の良い女性だ。穏やかに見える笑顔なのに、なぜか全てを見透かすかのような気迫を感じさせる。たとえて言うなら女帝。この人がここのボスに違いない。

 女帝を見た私の背筋がピンと伸びた。


「それに、トワも来てくれたのね。それにこちらは……」

「ママ。サーシャって呼んであげてちょうだい♪ この子、こういう仕事は初めてなの」


 龍人りゅうじんがサミュエルを見てニコリと笑った。

 無表情のサミュエルの眉毛がピクリと上がる。


「そう、サーシャ。よろしくね。でも、表情が硬いわね。ちょっと笑ってごらんなさい」


 ママに促され、眉間にしわを寄せたサミュエルの口角がわずかに上がった。笑顔というより、ただ顔が引きつっている。

 サミュエルの笑顔なんてまともに見た事が無い私は、一体どんな顔をするんだろうと期待していたが、やはり全然笑えていない。逆に見ているこっちが笑顔になった。


「きっと緊張してるのね。先輩たちが教えてくれるからそんなに心配しないで。それに、クールな女の子の方が好きって言うお客様もいるから大丈夫よ」


 うふふ、と笑ったママが、水が流れるようになめらかな動きでサミュエルの頬を優しくなでた。


 ……ママ、残念だけどあんまり大丈夫じゃないと思うよ。


 私とユーリもママに挨拶したところで、龍人が今日の打ち合わせを始める。


「それで、ママ。私たち、王族の情報をこっそり仕入れようと思ってるんだけど、うまく配置につけてくれるかしら?」

「ええ。きちんと用意はしてあるわ。今日来るのは、騎士団長のガイオン様が率いるエルディグタールの騎士数名と、シルバー街の住人よ。いい情報を持っていそうなのは部隊長と救護隊長、そしてシルバー街の町長あたりだと思うから、まずはそこの席についてもらおうと思ってるの。シエラちゃんとユーリ君は、厨房でお手伝いをお願いね」

「えっ、騎士団長が普通の住人も連れて来るの?」


 騎士団長という大層な役職から、バーデラックのような傲慢な人を想像していたので、住人を交えて宴会すると聞いて驚いた。


「ええ。とにかく突拍子もなく派手なことが好きな人だから、何を考えているのかわからないんだけどね。ただ、怒らせたら誰も手が付けられないから、ガイオン様だけは近づいたらダメだって覚えておいて。前、部下が命令に逆らった時、機嫌を損ねて山を一個吹き飛ばしたって噂よ。あなたたちの素性がバレたら、命の保証はできないわ」

「わ、わかった」


 怒って山を吹き飛ばすなんて、死んでも近寄らないように気をつけなくっちゃ。私は嘘が下手だから、絶対に目立たないようにしよう。

 それに、今日仕入れるのはジュダムーアの生前贈与の情報、あわよくば私の生みの母シルビアにまつわる情報だ。どれも禁句といえる危険な情報であることに間違いはない。バレたら骨も残らず吹き飛ばされるだろう。


 難しいことは大人たちに任せておくのが一番!


 私が裏方作業に徹することを心に決めた時だった。

 厨房に黒服の男が舞い込んできた。


「ガイオン様御一行が到着いたしました!」

「さあ、みんな! 配置についてちょうだい。お客様に最高のおもてなしを!」

「はい!」


 女帝の開戦の合図で、ここにいる全員がときの声を上げた。





 出迎えに行ったママを先頭に、お客さんが続々と宴会場に入って行った。


 噂の大豪傑ガイオンは、紹介されなくてもどの人か一目で分かった。

 獅子のたてがみのような金髪を揺らし、ママの横をがに股で歩いている筋肉だるまがそうだろう。盗賊団にいた男たちも大きかったが、それとは比にならないほど体が大きくて分厚い。もちろん武装はしていないが、たとえ「鎧をまとっている」と言われても信じてしまうほどの大きさだ。しかも、予想通り声がでかい。


 ……あれは、絶対近寄っちゃダメ!


 私の中の警戒センサーがピピッと鳴った。

 ガイオンがステージ前の特等席に座ると、続々と他のお客さんも席に着く。


 全体を見渡したママが、素早く女の子たちに指示を送った。それに合わせ、女の子たちとウエイターがきびきびと宴会場に流れ込む。


 戦闘開始だ。


「龍子、トワ、サーシャ。頑張ってね! いい情報いっぱいとってきてね!」

「まかせって~ん♪ チャンスがあったらガイオンちゃんにもアタックしてみるから。だってぇ、絶対大将が一番いい情報を持ってると思わな~い?」

「バカ。さっき言われたこと覚えてないのかよ。何かあっても俺は助けないぞ」


 全く緊張の色を見せない龍人に、青い顔をしたサミュエルがぐったりしながら注意した。わざわざ危険を冒そうとする龍人より、今にも死にそうなサミュエルの方がよっぽど心配になる。


「サミュ……サーシャ顔色悪くないか?」

「サーシャったら、もう少し女の子っぽくしないとすぐばれちゃうわよ~」

「そうよ。顔は可愛いんだから。もっと自分に自信を持って!」


 トワにバシンとおもいっきり背中を叩かれたサミュエルが、あきらめたように会場へ入っていった。手と足が一緒に出ているのは見なかったことにしよう。

 そのあとを、いつも通り楽しそうな龍人とトワが追いかける。


 ちょっと心配だけど、今日の私は大大吉だからきっと大丈夫。

 問題を起こすことなく、無事に情報がゲットできますように!


「……あれ、そういえば、ガイオンの能力ってなんだっけ?」


 私がガイオンの特殊能力を聞き忘れていたことに気が付いた時、大歓声とともに宴会が始まった。

 ガイオンのひときわ大きい笑い声が聞こえてくる。


「さあ飲め、今日は無礼講だぞ! がはははは!」

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