表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/174

儀式

 イーヴォの言葉に、アイザックが顔をしかめた。


「まさか。そんなはずはない! シルビアはガーネットだ。いくら長生きできたとしても、とっくに寿命が尽きているはずだ!」

「その通りだ。もう二度とお前にはだまされないぞ。その減らず口を今すぐ黙らせてやる!」


 サミュエルの剣がバチバチ光を放つ。

 二人に睨まれるイーヴォが、負けじと大声で張り合った。

 

「嘘じゃないよ! この目で見たんだ。このネックレスと同じ形の髪飾りをつけている、ガーネットの女性を」


 アイザックが、馬の上でイーヴォの胸にもたれて眠っているシエラに目を向けた。その胸元に揺れているネックレスを見たとたん、一瞬で驚きの表情に変わる。


「それは……シルビアのネックレス!」

「さあ、これで僕と取引する気になった?」


 しばらくイーヴォとにらみ合っていたサミュエルとアイザックだが、答えが見つからないのか無言で顔を見合わせた。冷や汗を流すイーヴォが、話し合いの勝利を確信して口元を緩めた。





 私は鼻の奥に針を刺されたかのような、ものすごい臭いで目を覚ました。


「ぎゃひっ! ゲホゲホっ! 痛い痛い、鼻が!」


 鼻がとれた!


 悶絶しながら慌てて目を開けると、小さな鼻はまだ顔の上にくっついていた。

 そして、どうやら私はアイザックの腕の中にいるようだ。


「ア……アイザック? 私、どうしたの?」

「シエラ、良かった! 気が付いたか」


 鼻水をズビズビ言わせながら聞くと、アイザックがホッとしたように優しく微笑んだ。


「良くないよ。鼻がつーんとしてすごく痛い」


 痛いし苦しいし鼻水が止まらない。

 私は目と鼻から涙を流して抗議した。


 すると、顔をゆがめている私に向かってクスクス笑い、アイザックが大きな手をかざした。顔にサミュエルと同じ緑色の光が降り注ぎ、じんわりあったかくなって鼻の痛みが消える。


「あ、治った。……ありがとう!」

 

 私がお礼を言うと、アイザックは笑顔を返してくれた。


 怖そうな人なのかと思っていたけど、想像よりも随分優しいのかな?


 その様子を見ていたユーリが、「なんで俺の時はやってくれなかったんだ」とサミュエルに小言を言っていた。もちろんそれを聞いたサミュエルは、片方の眉毛を上げただけで終わった。

 口を尖らせているユーリを軽く受け流したサミュエルが、今度はアイザックに問いかけた。


「おい、魔法を使っても大丈夫なのか?」

「ああ。この程度なら大丈夫だ。それに、シエラのために死ぬなら本望だよ」

「随分人が変わったな」


 サミュエルが嫌なものを見るようにアイザックを見た。


 私のために死ぬなら本望って、随分大げさじゃない……?

 私にそんな価値があるとは思えない。それに、こっちはアイザックのことは全然知らないのに。


「ねえ、なんでアイザックはそんなに私のこと大切に思ってくれるの?」


 私はアイザックの腕の中で、きょとんと見上げて聞いた。

 目が覚めたばかりでまだ体が上手く動かない……わけではない。


 実は、軍隊で鍛えたであろう、がっしりした腕と広い胸がちょうど体にフィットして居心地が良いのだ。きっとお父さんがいたらこんな感じだったに違いない。生まれて初めて経験する、大きく包まれる安心感に動きたくなくなった。

 もう少しこのままでいよう、なんて思ってたら「いつまでやってるんだ」とサミュエルに腕を引っ張られて、無理やり立たせられてしまった。


 ああ、せっかくの父親体験が……!


 しぶしぶ私が立ち上がると、続いてアイザックも立ち上がって私の質問に答えた。


「シエラは私とサミュエルで取り上げたんだ。サミュエルの小屋でね。だから、シエラは私の娘みたいなものなんだよ」


 突然舞い降りた言葉に、今日何回目かの衝撃が頭に走った。


「ぅええっ! 取り上げたって、出産の時ってこと⁉ アイザックとサミュエルが⁉」

「マジかよ! シエラあそこで生まれたのか⁉」


 ユーリが私と同じくらい驚いて、腰を抜かしかけている。


 アイザックの腕に抱かれるのは今日が初めてじゃなかったのね……って、そんなことはどうでもいい。

 サミュエルとアイザックは、二人ともお父さんではなく産婆さんでした。なんて、サミュエルがお父さんかもって思った時よりも衝撃が強いよ!


 赤ちゃんの私が、ニコニコのサミュエルとアイザックに抱かれているシーンを思い描いてしまった。


 今日は滝のように情報が流れてきて、処理できない上に恥ずかしすぎて頭が停止しそうだ。

 一度落ち着かなくては。


 私は眉間に皺を寄せておでこに手を当てた。


「えーっと、整理させて。サミュエルの両親を殺したアイザックが、私のお母さんを助けるためにサミュエルの小屋に来て、そのまま私が生まれた。ってことで合ってる?」

「そうだよ」

「って言うことは、私のお……オムツとかも取り替えたの?」

「そうだよ」


 アイザックが微笑みながら同意した。


 ……ぎゃー! 爽やかな顔で「そうだよ、ニコッ」じゃないよ!


 やっと状況を飲み込んだ私は、考える姿勢を保ったまま固まっていた。恥ずかしくて顔を上げられない。固まってる私の頭を、トワが「よしよし、サミュエルに取り上げられたなんてショックよね」と言って撫でてくれる。

 その様子を黙って見ていたサミュエルが、今までの流れを無視して口を開いた。


「お前が眠っている間に決まったんだが、シルビアを城からさらってくることになった」

「ちょっと、サミュエル。それだけ突然言っても、シエラちゃんに何も伝わらないわよ」

「ふぇ……?」


 ……今度は何を言ってるの?


 頭の中が産婆カーニバルになっている私は、かろうじて重たい頭を上げた。すると、トワがサミュエルの言葉を補完して話し始める。


「聞いてびっくりしないでね。実は、シエラちゃんのお母さん、シルビアさんが生きているんですって。それで、バーデラックの実験台にされそうだから、みんなで助けに行くことになったのよ」

「おいおい、トワ。それでもまだ足りないって。あのな、イーヴォが言うには、ずっと長いこと奴隷と一緒に捉えられている女の人がいるんだって。シエラのネックレスと同じ髪飾りをつけてるから、お前の母さんで間違いないだろうって」


 今度はユーリが補完した。

 それにかぶせるように、今度はイーヴォがしゃべりだす。


「待ってよ、大事なところが抜けてるよ! あのね、その女の人は、ガーネットなのに三十歳近くまで生きているんだ。そんなの、エルディグタールが建国して初めてなんだよ。みんな二十五歳までに死んじゃうから。だから、不老不死とはいかなくても、ジュダムーアの寿命を延ばすためにバーデラックが色々調べるんだって。だから、シルビアさんを助けるついでに、僕の幼馴染のノラも助けちゃうって計画」


 イーヴォがウィンクをした時、私は考えるのをやめた。



 



 私たちは、アイザックを新たな仲間に加え、ひとまず全員でトライアングルラボに向かうことになった。


 その前に、アイザックの家においたままの荷物を取りに戻らなくてはならない。道中でイーヴォが悪さできないよう、私はアイザックのお腹に大獅子の絵を書いてあげることにした。

 ユーリが悲愴感に満ちた顔で止めに入ったが、アイザックが自ら私に絵を書いてほしいと願い出たのだ。年の功だけあって、アイザックは見る目がある。


 私が渾身の力を込めて絵を書いていると、サミュエルがユーリを呼びつけた。

 その様子を、私はちらりと横目で見る。


「ユーリ、こっちに来い」

「なんだ?」

「ちょっとこれを持ってみろ」


 サミュエルが胸元から緑色の石がついた首飾りを取り出した。魔石だ。

 それをユーリの両手のひらの上に置く。


「どうだ、何か感じるか?」

「……なんか、手のひらがじんわりあったかくなった気がする。重力が軽くなったみたいだ」


 ユーリは不思議そうに手のひらの上の石を見つめた。

 サミュエルはユーリの言葉を聞くと微かに口角を上げ、何かの呪文を唱え始めた。


「神よ。私の祈りを受け入れたまえ。願わくば、我が弟ユーリの潜在能力を最大限に引き出し、シエラの身を守る盾、そして敵を打ち砕く鉾とならんことを。この言葉の真実のしるしとして、私の魔石をユーリに生前贈与する」


 サミュエルが呪文を唱え終わると、ユーリの持つ石がまばゆい緑の光を放ち、ユーリの身を包んでいった。

 全身を包んだ光が、ゆっくりと体の中に吸い込まれていく。

 息を飲んだユーリが驚きの声をあげた。


「サミュエル、これって!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ