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シエラの母

「ちょっと……一人で考えさせて」


 シエラが思いつめた顔をして、アイザックの家を出ていった。

 俺はその背中を心配しながら見送る。


 大丈夫かな、アイツ。

 いつもは無鉄砲のくせに、ちょいちょい一人で抱え込むところがあるんだよ。あの様子は、『みんなが傷つくなら聞かない方が良い』とか言い出すぞ、絶対。


 黙っていられず追いかけようと立ち上がった。しかしすぐにサミュエルが手首を掴んで俺を止める。

 

「やめとけ。自分で答えを見つけないと意味がない。こういう時は一人にしてやれ。心配なのはわからんでもないが、なんでもかんでも手を出すのは優しさじゃないぞ」

 

 ぐ……

 正論すぎて何も言い返せない……


 サミュエルに痛いところを指摘され、俺はしゅんとしておとなしく座りなおした。

 

「それよりアイザック。なんであいつの父親のことを黙ってたんだ」


 むっつりとふくれているサミュエルが、アイザックに聞いた。

 

「お前が聞かなかったからだろう。わざわざこちらから言う必要もなかっただけだ」

「あ? 自分の両親を殺した奴と俺が仲良く会話を楽しむと思ってたのか?」


 サミュエルがさらに剣幕を増した時だった。


「あー! もー、我慢できないっ!」


 イーヴォが突然冷や汗を流しながら叫んだ。

 体を揺らしてもじもじしている。


「おトイレ行きたくなっちゃった! 借りてもいいかな⁉」


 こりゃ、だいぶ切羽詰まってそうな雰囲気だ……。

 早く連れていってあげないとかわいそうだ。


「一人では行かせられないな」


 サミュエルがアイザックに向けていた視線を移してギロリと睨んだ。


「あら、じゃあ私がついていくわよ」


 トワの親切な提案に、イーヴォが泣きそうな顔になる。


「待って、恥ずかしいからトイレくらい一人で行かせてよ。絶対変なことなんてしないから!」

「じゃあ我慢しろ」


 冷たく一瞥するサミュエルに、イーヴォがついに泣き出してしまった。


「トイレまでついてくるなんて人権侵害だぁぁ! スッキリできないぃ!」


 冷や汗と涙で濡れながら、けたたましく「お腹いたーい!」と訴えてくる。

 あきれ顔で見ていたアイザックが「人が出入りできるような窓はないから」と助け船を出し、イーヴォは無事に一人でトイレに行く事になった。


 イーヴォがいなくなって静かになった時、外からリリーと子どもたちが帰ってきた。


「帰ってきたらまずなにをするんだっけ?」

「てをあらうー!」


 リリーに促された子どもたちは、お行儀よく手を洗いに行った。奥の方から、子どもたちが手を洗いながらキャッキャ言っている声が聞こえる。


 かわいいなあ。

 孤児院の子どもたちも、今頃元気にしてるかな。


 離れている孤児院の子どもたちのことを思い出していると、手を洗い終わったらしい子どもが一人、母の元に戻ってきた。


「外に忘れ物をしちゃった!」

「あら、また? もう、気を付けて取ってらっしゃい」


 子どもは「はーい」と元気よく返事をして出ていった。

 それから五分後、イーヴォはまだ戻って来ない。さすがに心配になってきた。難産なのか?


「なあ、イーヴォ遅くないか?」


 心配しながらトイレの方を振り向くと、手を洗い終わった子どもが三人戻ってきた。


 ん? ……三人?


「確か、アイザックの子どもって三人だったよな」

「そうだが、それがどうし……」


 全員が「あっ」と言った。

 その瞬間、トワが誰よりも早くトイレへ向かって走り出した。


「イーヴォがいないわ!」

「さっき忘れ物を取りに行った子どもだ!」

「くそ、油断したな」

「シエラになにかあったら速攻でぶっ殺してやる」


 トワ以外が怒った顔で立ち上がったが、その中でもアイザックが一番狂暴そうな顔をしていた。

 みんなで急いで外に出ると、森の中から青い光が空に向かって飛んで行くのが見えた。あの色は、シエラの光だ!


「あそこだ!」


 俺が叫ぶと同時に、トワが一歩一歩地面を陥没させながら、ものすごい速さで走って行った。


「うわっ!」


 トワが巻き起こした突風に巻き込まれて転びそうになる。

 続いて、サミュエルが走りながら指笛を鳴らし、飛んできた大きな鳥に飛び乗った。


 俺は、

 俺は、


 ……俺はどうすんの⁉


「待ってくれよ二人ともー!」


 特別移動手段の無い俺は、すっかり取り残されてしまった。

 

「あー、くそー! どうして俺だけいつもこうなんだ!」


 今この瞬間にも、シエラの身が危険にさらされているのに!

 シエラを守るとか言いながら、結局守れたためしがない。

 いいかげん、口先だけの自分に腹が立って泣きたくなってきた。


 悔しくて地団駄を踏んでいると、馬に乗ったアイザックが近寄ってきた。


「ユーリ君、一緒に行こう。馬ならすぐに追いつく」


 救世主……!


 ……かな?

 凶悪な顔のアイザックに自信がなくなった。


 そして涙目の俺は、今は味方のアイザックの申し出をありがたく受け入れ、シエラの元に向かった。





 トワの足跡を追ってしばらく森の中を行くと、前方にトワとサミュエルが見えてきた。ちょうど、馬に乗っているイーヴォにトワが飛び掛かるところだ。


 弾丸のような勢いのトワが、勢いよく土を跳ね上げてジャンプし、イーヴォにつかみかかろうと手を伸ばした。

 それに気が付いて振り返ったイーヴォは、胸元から杖を取り出して薄紫色の光線を何度かやみくもに放った。トワが空中で身をひるがえして避けようとしたが、間近で放たれた攻撃は完全にかわすことができず、一つが肩をかすめて飛んでいった。


「きゃぁっ」


 トワのスピードが速すぎたせいだろう。

 自分の勢いと相まって、トワの体が弾き飛ばされてしまった。

 勢いよく地面にたたきつけられたトワが、何回か跳ねながら転がった。俺は、バーデラックにやられてグチャッとなったトワを思い出し、一瞬ヒヤッとしたが「やったわねー!」と言ってすぐに起き上がったのでホッと息を吐いた。そしてトワが頭上に向かって叫んだ。


「サミュエル、お願い!」


 トワと入れ替わりで舞い降りてきたのはサミュエルだ。

 緑色のプラズマをまとう剣を抜き、大きな鳥の上から馬めがけて振り抜いた。

 トワの時と同じで、闇雲に光線を放つイーヴォだったが、サミュエルは全ての攻撃を剣で後方に受け流した。

 そして、イーヴォの攻撃が終わると、サミュエルはドーンと言う爆音を轟かせ、剣からすさまじい大きさの緑の稲妻を放った。稲妻が粉塵を巻き上げて地面をえぐる。



「うわ……!」


 その声は、俺のものかイーヴォのものか分からなかった。


 地響きとともに衝撃が体を揺らし、巻き起こった突風で砂煙が頬に吹き付けた。

 砂煙がおさまって目を開けると、イーヴォの行く先を防ぐように道が吹き飛んでいる。トワが「わぁお! 絶好調~!」と歓声を上げた。


 相変わらず、すごい攻撃だ……。


 逃げられないと悟ったイーヴォは馬を半回転させ、ずらりと並んだ俺たちと対峙するように向き合った。その顔は、悔しそうに笑っている。


「くそ、やっぱりダメだったか。シエラちゃんが光を放たなければうまくいったんだけどね」

「なぜシエラをさらった」


 サミュエルの構える剣が、太陽を反射してキラリと光った。


「僕にも理由があるんだよ。命にかえても譲れない理由が」

「ふん、お調子者のお前が、そんな大義を持っているのか」

「ああ、持ってるさ。だからとっておきの情報をもう一つ、君たちに教えてあげる」

「とっておきの情報?」


 俺は後ろにいるアイザックと顔を見合わせて首を傾げた。


「そんな信憑性のないもので、命が助かるとでも思っているのか?」

「……命は助からなくてもいい。その代わり、いい情報だと思ったら僕の願いを一つ聞いてほしい」

 

 いつになく真剣な顔をしているイーヴォが、まっすぐにサミュエルを見据えて言った。


「城にいる、ノラというレムナントの女性を救ってくれ!」


 必死の形相で言葉を紡ぐイーヴォは、本当に懇願しているようにも見えた。

 これも演技なのか?

 騙されすぎて、何が本当なのか分からない。


 トワが「お城に潜入⁉ いいじゃない!」と一人でやる気を見せている横で、サミュエルが口を開いた。


「俺たちがそんなことをする理由がない」

「あるさ」


 イーヴォが目を光らせた。

 そして、とっておきの情報を告げた。


「シエラちゃんのお母さんは生きているんだ」

「なんだと⁉」

 

 サミュエルとアイザックが同時に声を上げた。

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