仙人の秘密、シエラの秘密
「なぁ、ところでトワって肉食えるのか?」
「あら、どうして?」
「昨日サミュエルから仙……肉食わないって聞いたから……」
そう言われれば、トワも普通にわたしたちと肉を食べている。
ユーリの質問にキョトンとするトワだったが、すぐに笑顔に戻って返答した。
「うふふふ! 他の人には内緒にしてくれる?」
「うん」
内緒? もしかして、仙人の秘密かな。
ちょっとだけワクワクしてトワの言葉を待った。
「私、他の人みたいにお母さんのお腹から産まれてないの」
「ヘッ⁉︎」
トワがクスクス笑っている。
……お母さんのお腹から産まれてないって、もしかしてわたしみたいに生命の樹から産まれたのかな? でもトワは白くないし……
はてなマークでいっぱいのわたしたちに対し、トワはいつも通り軽い口調で説明を続けた。
「大体一万年くらい前になるんだけど、その時地球は壊滅しかけたのよ。地球上の99%の人が死んじゃって、寂しくなった私のご主人様が話し相手に私を造ったってワ・ケ」
「えぇっ? 造られたって、トワって人造人間なの⁉」
「そこは横文字でアンドロイドって言ってもらえると嬉しいわ。その方がオシャレでしょ?」
驚くわたしに、トワがウィンクした。
「結論として、食べ物以外でもエネルギーは作れるけど、人間と体のつくりは一緒だから問題なく肉も食べれるのよ」
そう言ってステーキをパクリと食べる。
「アンドロイドって、ご飯食べれるんだ!」
「そうね、私は食べれるわ。でもこの話、サミュエル以外は知らないから内緒よ? バレたら悪い人に粉々に分解されて研究されちゃうから」
わたしはさっき解体した大獅子の姿がトワと重なり、ブンブンと大きく頷いた。他の人に言うわけがないし、言おうと思っても難しくて話を再現できそうにもない。
「だからさっき、サミュエルに魔法の見本を頼んだんだ」
「そうなの。残念ながら魔力は持ってないから。体術ならサミュエルより強いんだけどねっ」
「へぇー! アンドロイドって強いんだね!」
尊敬のまなざしで目を輝かせるわたしとは違い、ユーリは少し焦ったように言った。
「そ、そ、そんな大変な話だったなんて思わなくて、気軽に聞いてごめん!」
「良いのよ、あなた達なら悪用しなさそうだし。それに、盗賊から人質を救出するなんて、久しぶりに面白そうだから! フフフッ」
「お前らの手伝いはちょうどいい暇つぶしなんだろう」
相変わらず無表情で食事を続けているサミュエルが言った。
普通の事情ではないと思っていたけど、まさか仙人の話を聞こうと思ったらアンドロイドと地球壊滅の話が出てくるなんて。
本当に、世の中はわたしの知らないことだらけだ。
「それに、あなた達は聞いておいた方が良いかもしれないし……」
「えっ⁉」
トワが含ませるようにわたしたちを横目で見た。
その様子に嫌な予感がしつつも、怖いもの見たさで恐る恐る聞いてみる。
「……どうして聞いておいた方が良いの?」
「んー、まず地球が滅んだ話について説明しなきゃいけないんだけど……」
トワの話はこうだった。
大昔、人間の争いが徐々に激しくなって歯止めが効かなくなってしまった。
大きな爆弾によって陸地が吹き飛び、気候が荒れ、地上のものはほとんどが海底へと沈んでいった。
しかも、その爆弾は大地を破壊しただけでなく、生物の遺伝子を破壊する力を持っていた。運よく生き残ったわずかな人間は、新な地球の環境に適応するべく進化が始まった。
通常、生物の進化には何万年、何億年もかかる。しかし、爆弾が放出したエネルギーのせいで、人間はたったの一万年で魔力を手に入れた。
「それって、爆弾のせいで人間が滅びかけて、生き残った人が魔法を使えるように進化したってこと……?」
「そうよ」
「じゃあ、俺は進化していない人間なのか?」
魔力を持たないライオットのユーリが聞いた。
「今この地球上に生き残っている人たちは、ほぼ全員進化を遂げていると考えて間違いないと思うわ。じゃなきゃ、爆弾の影響で存在すらできていないはずだから。ライオットは魔力を持たないけど、その代わり強い体を手に入れたの。反対に、シルバーやガーネットはライオットのように体が丈夫ではないから、どっちが良いとは言えないわね」
「……一万年も前の爆弾なのに、まだ影響が残っているの?」
「まだまだ全然残っているはずよ。だって、影響が弱まるまで八千万年かかるって言われているから」
「八千万年⁉」
「これでもまだ短い方よ」
昔の人は、なぜ自分たちが生きていけないような環境を自らの手で作り出したんだろう。もし進化できなかったら、この世に誰もいなかったかもしれないのに。
「こうして人間は進化したんだけど、髪の毛の色が薄いのにシエラちゃんが魔石を持ってないのは、もしかしたらお母さんのお腹の中にいる時から遺伝子に異常があったからかもしれないわね」
「えっ? お母さんのお腹? でもわたし、生命の樹から産まれたから白いんだよ……」
わたしは生命の樹から生まれたんだって、小さいころからお母さんも村の人もみんな言っていた。それにお母さんは、わたしのことを「生命の樹から神様がくれた宝物だ」って、そう言っていた。
「木から生まれた? 科学的に考えて、木から人は生まれないわよ。きっと何かの誤解じゃない?」
「じゃあ、やっぱりわたしは、異常があるっていうこと……?」
本当は、生命の樹のせいじゃなく、遺伝子っていうやつが異常だから白いの?
やっぱりわたしは……。
昨日の夢を思い出し、胸に冷たく重たい石がのしかかってきた。
わたしの変化に気づいたユーリが、慌てて声をかけた。
「大丈夫だよ、シエラ! 今は元気でピンピンしてるじゃないか。異常なんて無いかもしれないぜ? それに俺よりすばしっこくて、さっきだってものすごい投擲だったじゃないか、薪が粉々になってさ! 俺、めちゃくちゃびっくりしたんだぞ! だからそんなに心配するなよ」
ユーリがニッコリ笑ってわたしを見てる。わたしも笑って返そうと思ったのに、顔がうまく動かない。
「あれ……?」
わたしは自分の目からこぼれた涙に驚く。
やだな。せっかくみんなで美味しくご飯食べてたのに。
「あらやだっ! ごめんなさいね、何か傷つけちゃったかしら? あーん、私ったら。もし何かあっても、私のご主人様が絶対治してくれるから大丈夫よ!」
そう言って、トワが慌ててわたしをギュッと抱きしめ、頭を撫でてくれた。
「本当?」
「本当! もし嘘なら、私が責任を持ってお嫁さんに貰ってあげるわ!」
サミュエルが冷たい目でトワを見て「馬鹿」と呟いた。
そうだよね、トワを作れちゃうくらいだもん。その人、トワのご主人様? わたし一人くらい治してくれる……よね?
僅かな希望に気持ちを持ち直した。
「えへへ! 突然泣いてごめんなさい! ちょっとびっくりしちゃって。もう大丈夫! じゃぁお母さんたちを助けたら、その人のところに治してもらいに行かなきゃね!」
わたしはみんなを安心させるために、意識して明るく振舞った。
それに、今はわたしのことなんて気にしている場合じゃないんだから。
大丈夫。大丈夫。わたしは大丈夫。
多分、大丈夫。