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綿中蔵針

 目が覚めると、隣で寝ていたはずのユーリがいなかった。


 わたしは慌ててぼさぼさの髪をサッと縛り、簡単に身支度を整えて外に出る。

 すると、外のキッチンには蒸しジャウロンのサンドイッチと温かいスープが用意されていた。すでにユーリが美味しそうに頬張っている。


「ほわぁぁぁ! 美味しそうだね!」

「お、起きたのか? 朝起きたらサミュエルが作っててくれたんだ。シエラも食えよ」


 サミュエルはいなかったが、わたしの分もあるようだ。ユーリに並んで食べ始める。


「すっごぉぉく美味しいっ!」

「だろ?」


 大好物に、元気がわいてきた。

 ちょうど全部平らげた時、タイミングよくスキップしながらトワがやってきた。


 早速お稽古である!


「はーい! 生徒の皆さん準備はいいですかー? 今日は拳法の基本、綿中蔵針めんちゅうぞうしんから練習しまーす」


 張り切っているトワの明るい声が、太陽が昇ったばかりの山にこだまする。


 トワはやる気満々で、竹刀しないという剣を持ってきていた。

 小屋の前にわたしとユーリが並ぶ。


「はいっ! ユーリ君、まずけんを構えてみてください」

「……こうか?」


 ユーリが腰を落としてこぶしを握った。

 

「そしてそのままパーンチ!」


 言われるがまま、ユーリがパンチを繰り出した。


「エイッ」

「はいだめー!」

「うゎっ! いてっ!」


 トワが竹刀でユーリのお尻を叩いた。パシーンッといい音が響く。


「な、なんで⁉︎」

「そんなに力んではうまく力が伝わりません。見てて。どの技も基本は、綿わたのように柔らかく、それでいてきちんと針のように芯を持つこと。綿中蔵針めんちゅうぞうしんです。攻撃も防御も同じ、じゅうを持ってごうを制す!」


 トワは、ちょうど小屋から出てきたサミュエルに向かってパンチした。


「綿中蔵針ー!」

「ぬ……!」


 サミュエルはトワの手を払い落とし、怪訝な顔でそそくさと去って行った。


「はい、やってみて」

「綿中蔵針ー!」

「よろしい」


 時々、ユーリを中心に竹刀が飛んできたけど、トワの教え方が上手だったのか二人とも少しはマシになってきた。特にユーリの上達が早い。


「なんか、ユーリだけ覚えるのが早くない?」

「そうか? 素早さはやっぱりシエラが上だけどな」


 構えを確認し合うわたしとユーリを見て、トワが笑う。


「うふふ、きっと血の差かも知れないわね。元々、ライオットは魔力がない代わりにものすごく体が丈夫なのよ。単純に魔力なしで戦えば、技を磨いたライオットがどの人種より一番強くなると思うわ」

「そ、そうなのか!」


 トワの説明にユーリがはにかむ。

 そして、より一層練習に励みだした。


「シエラちゃんは魔力があるみたいだから、魔力の使い方も練習してみましょうか」

「はいっ!」


 魔力の場合は主一無適しゅいつむてきと言って、いかに魔力の循環に集中できるかどうかが大事らしい。

 無意識の時は何も感じなかったが、意識すると自分の中で巡ってる魔力がじんわりと分かった。その流れをしっかり掴み、一点に集めて放出しようと試みる。


「主一無適、主一無適、主一無適……」


 呪文のように繰り返しながら集中していく。魔力が全身をバラバラに動いていて掴むのが難しい。


「そうそう、その調子」

「えぇぇぇいっっっ!」


 敵に見立てていた薪を指差し、指先から魔力が出るようにイメージする。そして、えいっと魔力を飛ばすと、薪がコロンと転がった。


「やったっ! できました先生!」

「うふふ、上手ね。そんな感じで魔力の流れを活かして体を動かすのよ」


 初めて魔力を操れた! 嬉しい!

 これで石を投げたらもっと強くなったりしないかな。


 わたしは試しに、コロンと転がした薪に向かって石を投げてみることにした。


 まずは主一無適だ。

 石に魔力が流れるようにイメージする。


 石に魔力が流れる、石に魔力が流れる……主一無適、主一無適。

 よし、集中できてきたぞ。


「えいっ!」


 わたしの手から、石が勢いよく飛び出した。一直線に薪に向かう。


 ……いけっ!


 当たった! ……と思ったら、パンッと弾ける音と共に薪が粉々に爆発した。予想外の威力。飛び散った木の破片が、驚くわたしとユーリの頭にパラパラ降ってくる。


「うわっ……」

「あら。シエラちゃんは投げるのが上手なのね」


 ニコニコしてるトワとは対照に、わたしはびっくりしすぎて腰を抜かした。


「ちょっと、上手く行きすぎました……」

「最初は魔力のコントロールが難しいみたいだから、そのうち慣れると思うわ。ただ、シエラちゃんは魔石がないみたいだから、あんまり頑張りすぎないようにね」

「どうして?」

「魔石って魔力を循環させる以外にも、魔力を貯蔵する役割もあるのよ。魔石があれば、そこに貯めてた分からある程度補充が可能なんだけど、万が一魔力を使い切ると命に関わるの。だから、シエラちゃんは使い過ぎるときっと体に良くないんじゃないかな?」

「そうなんだ……」


 返答はしたものの、生まれてこのかた魔石なんて持ってないから実感がわかない。今のところは大丈夫そうだけど……。


 わたしたちが訓練しているうちに、サミュエルが自分の体の倍くらいはありそうな大獅子を狩って帰ってきた。


「あ、ちょうどいいところに! サミュエル、私じゃ魔法のお手本を見せられないから、ちょっとやってちょうだい!」


 トワが手招きして呼びかけると、サミュエルはギクッと体をこわばらせた。


「なんで俺が。お前が教えるって言っただろう。俺は疲れてるんだ」

「まさか、そんな大獅子一匹であなたが疲れるわけないでしょう。つべこべ言わずにきてちょうだいな」


 嫌がるサミュエルを、トワが無理やり引っ張ってくる。


「はぁ、勘弁してくれ」

「じゃあシエラちゃん、見本を見せてもらいましょう!」

「一回だけだぞ。まったく」


 トワの強引なペースに巻き込まれたサミュエルが、不機嫌そうに説明しながら実演してくれた。


「魔力を放出するときは、できるだけ細くした方が威力が上がる。太い方がダメージがでかいが、それだけ魔力が必要になる。最初はできるだけ細く出すようにするんだ」


 そう言ってサミュエルが人差し指の先端から緑色の光を放った。

 ピュンっと飛んだ光は、ヒラヒラ舞っている落ち葉の真ん中を貫いて消えた。


「あとは、相手の気の隙間を狙うことだ」

「気の隙間?」

「生き物には気というものが流れている。気の流れが多いほど強い。ただ、全身均等に気を流すにはかなりの熟練が必要だ。だから、よっぽどの達人でもない限り気の薄くなっている隙がある。そこを狙え」

「わかりましたっ!」


 わたしは教えてもらったことを意識し、再び薪を狙って魔力を飛ばしてみた。


「主一無適主一無適主一無適……えぇぃっ!」


 今度は、薪がコロンコロンと跳ねながら勢いよく飛んで行った。


「わっ! できたぁ!」

「すごいわ、シエラちゃん。きっと先生がいいのねっ」

「ふん。まだまだだな」


 すぐにほめてくれるトワとは違い、サミュエルの評価は渋い。


「そういえば、サミュエルは主一無適って言わなくても魔力が出るの?」

「当たり前だ。あんなのはただの精神統一だ。難しい魔法でもない限り、俺は言わなくても魔力を集中して操れる」


 わたしも何も言わずにやってみたが、無言だと意識が散ってしまってうまく魔力が集まらず、すぐ諦めた。


一朝一夕いっちょういっせきでできると思うな。それなりに熟練しないと簡単には操れない」

「へぇー、そうなんだ。サミュエルはすごいね!」


 サミュエルはまたしても怪訝そうな顔をして、そそくさときびすを返しその場を去って行った。

 トワが笑いながらサミュエルを見送る。


「うふふ、照れちゃって」

「あれって、照れてるの?」


 とても照れているようには見えなかったけど。

 

「じゃあ、ユーリ君があの大獅子をさばいてみましょうか!」

「えっ? 俺がやるの……⁉︎」

「そうよ。せっかくだし、特訓の成果を確認しましょう! シエラちゃんは魔力を使ったから休んでてね」


 ユーリはトワが持っていた真剣を使って、まずは練習台に木を割っていく。しばらくすると、綺麗にスパッと割れるようになってきた。あっという間に大量の薪が積み上がる。


 「そろそろ良さそうね。優秀だわ。じゃあ、今からみんなでお祈りをします。命を下さった神様と、この子に感謝しましょうね」


 トワが大獅子を指して言った。

 狩人には、狩りの獲物に感謝をしてから頂く風習がある。

 わたしは自分で狩りをしたことがないから、狩ってきた動物に祈りを捧げるのはこれが初めてだ。




 日が暮れる頃、大獅子の前にサミュエル、ユーリ、トワ、わたしの順で座った。狩りをしてきたサミュエルの言葉を、三人が復唱して祈る。


「我れ、さいわいに神の加護と衆生しゅじょうの恩恵によって、この清きじきく。つつしんでじき来由らいゆをたずねて、味の濃淡のうたんを問わず。その功徳くどくを念じてしなの多少をえらばじ。いただきます」


 祈りを捧げ終えてから、ユーリが一太刀で大獅子の首を落とした。無駄な動きがなくなったユーリの一振りは、かなり様になっていた。


 命をいただくって、ただ美味しいだけじゃないんだな。


 目の前で姿を変えていく大獅子に、食べ物への意識が変わった。




「んー! 美味しい!」


 大獅子さん、どうもありがとう!


 わたしは口いっぱいに大獅子のステーキを頬張りながら感謝した。


「シエラは本当に肉が好きだなぁ」

「肉だけじゃないよ、フルーツもお野菜も全部好き! でもやっぱり一番はジャウロンかなぁ」

「お前、孤児院でもジャウロンの時は絶対おかわりするもんな」


 ユーリが笑いながら言った。

 そして、サミュエルがさりげなく次元停止庫からジャウロンの肉を持ってきて焼いてくれた。


「食べ切れない程あるから食え」

「ほわぁぁぁぁ! サミュエルありがとう!」


 滅多に食べれないご馳走に、嬉しくて涙が出てきた。持つべきものは狩の上手い知り合いだ。


「大袈裟なやつだな」

「うふふ! 喜ぶシエラちゃん可愛い!」


 トワに頭をギューっと抱きしめられ、わたしたちは一時の平穏を楽しんだ。

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