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シエラ救出作戦

 ガイオンの家を出た俺たちは、仕事に向かうイオラ、イルカーダに帰るガイオンの父、ベルタと別れた。そしてガイオンと一緒の俺は、久しぶりに生まれた土地へ戻ってきた。


 きらびやかなシルバーの街とは違い、今にもつぶれそうな建物が並ぶライオットの村。すれ違う人の中には、知っている顔もある。

 しかし、誰も俺がユーリだということはに気が付かない。

 これから下働きとして出荷される予定の俺が、シルバーのガイオンと一緒にいるところを見られたらまずい。そう思って、顔が見えないように頭から布をかぶっているからだ。 


 村人の髪や瞳の色が濃いライオットの村では、ガイオンの金髪はすごく目立っていた。それに加え、今は馬に乗っている。早朝で人通りは少ないとはいえ、移動用の馬なんて通ることのないこの村では、それだけで村人の注目の的。顔を隠しておいて正解だった。


 シエラと一緒にいる時と同じ、居心地の悪い村人の視線を懐かしく感じながらガイオンと二人で馬を進めると、村はずれにある二階建てのボロボロの家が見えてきた。懐かしい光景に、家を出てからもう何年も経っているような感覚に襲われる。


 ……あれからどれくらいの時間が過ぎたんだろう。


 盗賊に襲われ命からがら逃げた夜、サミュエルに出会い、大切な家族を盗賊から取り戻した。

 その時分かったのは、ジュダムーアが無理強いしている魔石の生前贈与。自分達の生活に危険が迫っていると知り、トライアングルラボを目指して旅を始めた。


 あの日以来、俺は初めて我が家に戻ってきた。


 久しぶりに孤児院に帰ってきた俺は、扉の前で立ち止まり、家に刻まれた歴史を味わうように外観をながめる。そして、はやる気持ちを抑えるように、一呼吸おいてから「ただいま」と一声かけて中へ入って行った。


 突然の帰宅に、母さんが料理の手を止める。慌ててエプロンで手を拭いて、驚きと喜びの混じった表情で両腕を広げた。横にいるのは、エルディグタール城で初めて会った俺の父さん。

 シエラとサミュエルがいない中、きっと辛い思いをしているであろう二人へのうしろめたさを感じつつ、俺は両親のきつい抱擁に言葉では表せない安心感を感じていた。


 ……俺だけ帰ってきたんじゃだめだ。絶対二人とも助けて、もう一度ここにこなきゃ。


 自分だけじゃなく、シエラとサミュエルにもこの幸せを届けたい。

 そう思った時、俺の後から入ってきたガイオンの姿に、両親が「あっ」と小さく驚いた。長い間、城で下働きしていた父さんが、染みついた習性ですぐにひざまずく。


「おっと、リヒトリオさん、すぐに顔を上げてくれ。俺はユーリの友達のガイオンだ」


 太陽のように明るい笑顔のガイオンが、父さんに手を差し出した。

 父さんがとても驚いた顔をして、「良いのだろうか」と不安げに手を伸ばそうとする。あまりに恐る恐る伸ばす様子に、ガイオンの方から手を掴みに行ってグイッと引っ張り上げた。父さんがよろけながら立ち上がる。


「ぅわっ、も……もちろん存じております! 騎士団長のガイオン様。しかし、あなた様がユーリの、友達?」


 あたふたする父さんの前で、俺とガイオンが目を合わせニッと笑った。







 俺とガイオンが到着した時には、すでにエマがいた。

 トライアングルラボでの作業が落ち着いたので、孤児院の手伝いに戻ってきていたらしい。


 両親とつかの間の再会を果たした俺は、状況の確認とこれからの作戦を立てるため、二階の寝室へと移動した。

 せんべいのような座布団を二人に差し出し、俺、ガイオン、エマが並んで座る。ちなみに、ガイオンは体が大きいので、座布団を二枚用意した。

 準備が整った三人の前に映し出されたのは、本物そっくりな芽衣紗とアイザックのホログラム。エマが通信機と言うものを持ってきていたのだ。


 これまでのお互いの状況を簡単にすり合わせると、椅子の上にあぐらをかいて苛立ちをにじませる芽衣紗が言った。


「イルカーダを出た後から、サミュエルの義足の電波が消えてるの。お兄ちゃんとも連絡がつかない。なにより、こんなにトワに呼びかけてるのに応答がないなんてあり得ない。トワが私の言うことを聞かないはずがないのに。きっと、それだけお兄ちゃんは本気だってことだよ」


 妹の芽衣紗なら龍人の真意を知っている可能性があるかもしれない。そんな淡い期待は芽衣紗の言葉ですぐに打ち砕かれた。

 あてがはずれて肩を落とした俺が力なく言う。


「じゃあ、イオラの言う通り、龍人の仕業でシエラはジュダムーアと結婚することになってて、サミュエルは捕虜としてとらえられているってことか。命が無事だったことは良いけど、このままじゃ二人と永遠に会えなくなっちゃう……なんとかしなきゃ」

「だぁぁぁぁっ! ややこしいなぁ。龍人はなんだってジュダムーアに寝返ったんだ? 俺のことを最初に誘ったのはあいつだぞ」


 ガイオンがガシガシと頭をかきむしると、芽衣紗の隣にホログラムで映し出されているアイザックが、わなわな震えて椅子から立ち上がった。


「許せん……私のシエラをジュダムーアの花嫁にするだと⁉ シエラのためになるからと言われてここに残ったのに、こんなことになるなら無理やりにでも一緒について行くんだった。バーデラックめ、あいつ何か隠してるに違いない」

「あーっ、また暴走しだした。あんたのシエラちゃんじゃないし、頼むから座ってってば。本物の両親の方が冷静ってどういうこと? まったく」


 しばらく見ていなかったが、アイザックはシエラのことになると相変わらず熱くなるようだ。

 うんざりする芽衣紗が、興奮しているアイザックの服の裾を引っ張って座らせた。その後ろから、「わ、私は何も知りませんよ!」と、睨まれて怯えるバーデラックの声が聞こえてくる。どうやらラボはラボで賑やからしい。


「とにかく! 今まではお兄ちゃんが全部策略を立ててたけど、今はあてにならない。私たちだけでこれからどうするか考えなきゃ。かわいいシエラちゃんが大切なのは私だって同じなんだから」

「この中で一番龍人と長くいたのは芽衣紗なんだから、龍人が何を考えているか検討はつかないのか?」


 すがる気持ちで俺が聞くと、芽衣紗が手のひらを上に上げて肩を竦めた。


「お兄ちゃんの考え? 私だってあの変人の考え全ては推測しきれないよ。ただ、ピンチとトラブルが大好きで、問題が難しければ難しいほど興奮するのは間違いない。でも……」


 悲しそうに芽衣紗がうつむく。


「人を傷つけるようなことは、一度もしたことなかったのに」


 俺は、心のどこかで「もしかして芽衣紗は龍人の味方なんじゃないか」と思っていたが、どうやらそうではないらしい。裏切りが龍人一人だけであることを知り、誰にも知られないよう安堵のため息を漏らす。


「それにしても変だよな。シエラのこと『僕のお嫁さんにしちゃおうかな』なんて言っといて、ジュダムーアと結婚させようとするなんてさ」


 困り果てた俺が吐き捨てるように言うと、驚いた顔の芽衣紗がこちらを見た。


「え? 今なんて?」

「ジュダムーアと結婚……」

「違う! お兄ちゃんが、シエラちゃんをお嫁さんにするって言ったの?」

「う、うん。ガイオンの家で聞いたけど、なんで?」

「お兄ちゃんがそんなことを言うなんて……」


 芽衣紗は、この世の終わりが来たかのような驚愕の表情を見せる。

 

「そんなにおかしいことなのか?」

「すごくおかしいよ! お兄ちゃんにとって恋愛は、時間をどぶに捨てる様なもの。一切関心を持ったことが無いの。研究にしか興味がないド変態で、妹の私でも理解不能。冗談でも『お嫁さんにする』なんて言う人じゃない。これは、なにかあるよ」


 それだけ言うと、立ち上がった芽衣紗はブツブツと独り言を言いながら右へ左へうろうろ歩き出した。

 芽衣紗の行動で話が中断したので、俺はとりあえず思いついたことを言ってみる。


「ジュダムーアが劣勢だと思ったから、より攻略が難しそうなジュダムーア側についたとか?」


 芽衣紗の耳には俺の言葉が全く届いていない。何かに没頭してしまうのは、この兄妹の特徴なのだろう。

 一人の世界に入り込んでいる様子に、俺とガイオン、そしてアイザックは困惑して目くばせをする。そして、とりあえず龍人と同じくらい頭のキレる芽衣紗の意見を待つことにした。


「お兄ちゃんは人を傷つけない。難しい問題が好き。ジュダムーアと結婚。私たちと通信切断。シエラブルー……ブツブツ」


 しばらく考え込む芽衣紗。しびれをきらしたアイザックが「バーデラックを締め上げてくる」と立ち上がろうとし、どこからか悲鳴が聞こえた時。「分かった!」と芽衣紗の大声が響き渡った。

 眠りの世界に入ろうとしていたガイオンが鼻ちょうちんを割り、不意を突かれた俺が驚きの声をあげる。


「うわぁっ、びっくりした。なにが分かったんだ、芽衣紗?」

「お兄ちゃんの考えが分かった」


 芽衣紗はそう言って勢いよく振り向き、声をかけた俺めがけて顔を近づけてきた。

 あまりの気迫に、ホログラムだと分かっているにもかかわらず「うぐっ」と小さく悲鳴を上げてしまう。


「ど、どんな考え?」

「私たちはもう、お兄ちゃんが計画した革命の駒の一部なんだよ!」


 芽衣紗が龍人そっくりな目をギラつかせ、怪しくニヤついた。


「ライオット オブ ゲノムはすでに始まっている」

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