恋の兆し?
「今、自分が行けばみんなが助かるとか安易に考えてただろ」
「……よく……分かったね」
さすが兄。
がっちり手をつかまれたわたしは、立ち上がることができずに再び腰を下ろした。
「だと思った。ほんっと捕まえておかないとすぐどっか行くんだから。追っかけるこっちの身にもなってくれよ」
ユーリは片手で顔を覆ってため息をついた。その様子に悪いことをしたような気になったわたしは、「ごめん」と言ってしょんぼりうなだれた。
「あらあら、仲良しさんなのね」
トワがわたしたちのやり取りを見てクスクス笑うと、予想もしていなかった提案をした。
「なんだか困ってるみたいだから、私が手伝ってあげましょうか?」
「……えっ! それって、盗賊からみんなを助けるのを手伝ってくれるっていうこと?」
「そうよ」
降ってわいた味方の登場に、わたしとユーリは驚きと喜びで手を合わせた。
「おい、なにを企んでいる?」
パチパチと爆ぜる薪の明かりをうけながら、サミュエルが横目でトワを睨んだ。
「やだぁ。また怖い顔して。何も企んでなんかいないわよ。いつも通り、楽しそうだなと思っただーけっ」
トワが長い睫毛をはためかせてウィンクした。
「お前ら、トワには気を付けろ。こいつちょっと人とズレてるからな。あえて危険を選んで楽しむ様なやつだ。好き好んで面倒に首を突っ込むから、油断したら足元をすくわれるぞ」
「もぅっ。サミュエルちゃんったら人聞きの悪いこと言って! この子たちに誤解されちゃうでしょっ」
口を尖らせるトワが、腕組みをしているサミュエルのほっぺたを指でつつこうとし、ペシンと払われた。
サミュエルはなんだか気に食わなそうだが、そんなことは関係ない。
わたしにとってはこれ以上にないありがたい話。協力してくれるならぜひお願いしたい。
「協力してくれるならお願いしたいです。わたしたちだけなら失敗しそうだから……」
「うふふ。いいわ」
トワの返答でわたしとユーリの表情が明るくなった。
「その代わり、私にもさっきのキラキラしたお願いをしてくれるかしら?」
キラキラしたお願い?
なんのことだろう、さっきサミュエルにやったやつのことかな。
「こ、こうですか? トワお姉さま、どうかお願いします。わたしたちに協力してください!」
わたしは胸の前で手を組み、上目遣いでトワにお願いした。
「んー! 可愛いわっ!」
トワは両手で口を押さえ、体を揺らして喜んだ。
よかった、どうやら満足してくれたようだ。
「そしたら、特にそっちの男の子」
「ユーリです」
「ユーリ君は特に強くなって、大事な彼女を守れるようにならなきゃね」
「……彼女って、シエラのことかぁ? べべべ、別にそんなんじゃないし!」
「やだぁ! わたしたち、ただの兄妹だよ!」
二人は大げさに手を振って、慌てて否定した。
「あら、そうなの? じゃあ私が狙ってもいいのね」
トワが顎に人差し指を当てて少し上を見た。
「へ?」
ユーリが顔を赤くする。
狙うって、トワはユーリのことが気に入ったのかな。
これは恋の予感かも。
「こら、トワ。ふざけるのもいい加減にして、さっさと肉を持って帰れ。家族が待ってるんだろう」
サミュエルが「シッシッ」と疎ましそうに手を振った。
「ふふふ、そうね。それじゃあ明日また来るわ。明日からしっかり特訓できるよう、今日はゆっくり寝るのよ」
「特訓って……すぐに助けに行くんじゃないの? お母さんたちに何かあったらわたし……」
特訓なんてそんな悠長なことをしている間に、みんなに何かあるかもしれない。できることなら、いますぐにでも助けに行きたいくらいだ。
「うーん、そうねぇ。みんなに危害を加えないよう、帰りに私がお返事を届けてくるわ!」
「盗賊に返事⁉︎」
「うふふふっ! ちょうど通り道なのっ! 大丈夫、うまく届けるから」
脅迫状って、返事書くんだっけ? 初めて脅迫状もらったから分かんないけど。いや、お手紙だとしたら書かなきゃだめか。そもそも、盗賊団のアジトってどこ?
ぐちゃぐちゃ考えている間に、トワがスッと胸元からペンを出して脅迫状の裏に何かを書き始めた。
「あなたがたが狙っている可愛い女の子は、今日の疲れで熱を出してしまいました。しばらくは動けませんので、元気になったら改めてお伺いいたします。それまで、くれぐれも人質を大事にするように。人質に何かあった時点で、女の子は手に入らないと思ってくださいっと。これでよし!」
「これで……いいのかな……?」
状況が飲み込めないうちに、とんとん拍子で物事が進んでいく。わたしは困惑しながらユーリの顔を見た。ユーリも眉毛を八の字にして頭をかいている。
「だーいじょうぶ大丈夫っ! お姉さんに任せなさい。あなたたちは少し戦い方を覚えないと、助けられるものも助けられないわよっ。じゃあ、また明日ね!」
トワがポンポンとわたしとユーリの頭を撫でると、サミュエルが持ってきた大きな肉の袋を背中にかつぎ、投げキッスをして去っていった。小さい頃に絵本で読んだ、サンタクロースみたいだ。
「なんか、パワフルな人だね」
「……だな」
トワがいなくなって、台風が過ぎ去った後みたいにあたりが一気に静かになった。聞こえるのは、虫の声と森のかすかなざわめき、消えかかってる薪の音だけ。
「……トワって、あんなに華奢なのに一体なんの特訓をするんだろう」
「確かに。一気に話が進んで分からないことだらけだな」
「はぁ。トワに目をつけられたお前らには気の毒だが、あいつの戦闘の腕は確かだ。せいぜい教えてもらうといい」
細身でとても強そうには見えなかったけど、サミュエルが言うなら相当強そうだ。あの盗賊たちを一瞬で蹴散らしたサミュエルに認められるなんて、一体どんな人だろう。
「あの、トワさんってどんな人なの? 彼女?」
「まさか」
めまいがしたのか、サミュエルの目がぐるりと一周した。
「どんな人かって言うと……そうだな。長生きしすぎて暇を持て余してる女ってところか」
長生き? わたしより年上なのは分かるが、どう見てもお母さんよりは若そうだったけど……。
「え、実はトワさんっておばあさんなの?」
まさかね、という思いで半ば冗談で言うと、
「あぁ。確か一万年くらい生きてるって言ってたな」
『い…………一万年⁉︎』
わたしとユーリの声が同時に重なった。
「一万年って、おおおおお、おばあさんのレベルじゃないじゃん!」
「仙人だ! リアル仙人!」
「ふっ、仙人か。それ、本人には言うなよ」
どうやら、聞き間違いでも冗談でもないようだ。驚きすぎて言葉が出てこない。
若干の沈黙の後、ユーリがボソッと呟いた。
「……仙人って、肉食うんだな」
「え、疑問に思う所ってそこ?」
「あいつは食わないんじゃないか? 食うのはその家族だろ」
サミュエルは特に興味がなさそうに、ぐいっとコップの水を飲み干した。
「えっ……じゃあ、本当に霞食ってるのか……」
「俺からこれ以上は言わんから、詳しいことは明日本人に直接聞いてみろ。さあ、片付けるぞ」
めんどくさそうにサミュエルが話を遮って立ち上がった。
わたしとユーリも疲労と満腹感で眠気を感じ、あくびが出てくる。
これ以上考えるのは無理だと思った二人は、簡単に片付けをしてからサミュエルを追って小屋に向かい、明日に備えて寝ることにした。