猫は隠れる
スっと伸びた背筋。さらさらの髪は天使の輪が美しくてできている。制服も……ん?なんか女子にしては骨格が……。いや、もしかして……。
「喬都目さん?」
後ろから肩に手を置かれると同時に名前を呼ばれ心臓が跳ね上がる。なんか今日は驚いてばかりだな。
声から誰か分かっていたので振り返る。
立っていたのは優しそうな顔をした大人の男性。私達のクラスの担任であり、攻略キャラクターである田鞠希守先生だ。
二十七歳と大きく歳が離れるが、大人の男性とならではの恋が楽しめる人。薄紫色の髪は肩甲骨あたりまでで、ゴムで一つにまとめられている。瞳は普段は糸目なので見れないが、本気になると見れる。綺麗な水色だった気がする。
「田鞠先生、おはようございます」
「はい、おはようございます」
挨拶をし、促されるまま教室に入る。ずっと扉に入ってすぐの所に立っていたから、確かに邪魔だったかもしれない。
「何か考え事ですか?」
「少し気になることがあるだけです」
「何かあれば相談してくださいね」
「はい」
優しい声に心が落ち着く。
もう一度ヒロイン、デフォルトネームは染野恋叶へと視線を向ける。きっちりと規定通りに着ている制服。どこか緊張しているようにも見えた。
その日は何かが起こることもなく終わり、螢と一緒に帰宅する。
「お嬢様、お嬢様のクラスに入られたという転校生の方はどんな方なのですか?」
そう、染野恋叶は転校生なのである。母が大きな企業の社長と再婚したことによりお金持ち学校に通うことになったのだ。転校してきたのはつい最近。私の記憶と関係があるのかもしれない。
それよりも、攻略キャラクターである螢が興味を示している。これはゲームのイベントが見れるのかもしれない。螢が私の傍からいなくなってしまうのは残念だけれど、螢の恋なら全力で応援したいと思う。
「凄く可愛い子だよ」
「それは知っています。他には何かないのですか?」
なんと。ヒロインが可愛いのは噂になっているらしい。これは他の攻略キャラクター達も動き始める気がする。少しでも螢に協力するため、私は知っていることを言える範囲で伝えることを決めた。
「背筋がすっごく良くて、座ってる姿が格好良かったよ。頭も良くて、運動までできるみたい。それに気さく!笑うと本当に可愛いんだ〜」
「お嬢様とは真逆ですね」
「……何か言った?」
「いえ」
確かに伊玖は気が強いせいで友達はほとんどいなかったし、勉強嫌いだったせいで頭も良くなかった。でも私は伊玖であって伊玖じゃない。
「絶対に見返してやる。次のテスト、覚悟しててね」
「かしこまりました」
螢は余裕の笑みだったけれど、私の本気を知ったら絶対にそんな顔していられないと思う。
幸いテストは二ヶ月後と近い。ゲームでの伊玖の出番はもっと後だから、勉強に集中できそうだ。