羊は踊る
次の日。月曜なのでもちろん学校に行かなくてはいけない。はっきり言っていきたくないが、ここは状況把握をするためにも行くしかない。
「お嬢様、用意は終わりましたか?」
ちょうど制服に着替え終わったタイミングで螢が声とともに扉をノックする。
それに答えると執事服から制服に着替えた螢が静かに部屋に入ってきて、私を鏡台へと座らせた。
「今日はどうなさいますか?」
「好きにしていいよ」
「……昨日からお嬢様はやけに静かですね。少し調子が狂います。何かありましたか?」
「んー……、反省、したかな」
「お嬢様が反省……!?」
螢は櫛を持ったまま固まってしまった。正直なことを言えないので誤魔化したが、反省したのも確かだ。以前の私、伊玖は我儘だった。顔の良い螢をこき使い、見せびらかし物のように扱っていた。私になった今、とてもじゃないがそんなことはできない。
「伊玖が反省……?そんなことありえない……。きっと嘘だ。俺を騙して驚かせる気か……?」
「けーい、素が出てるよ〜」
「はっ!す、すみません」
「気にしてないからいいよ。私も、いつも怒るのにはもう疲れたんだ。だからこれからは変わろうと思います。螢もさっきみたいに素で話してくれていいんだよ?」
鏡越しに螢を見つめる。まだ困惑しているようだけれど、きっと受け入れてくれるだろう。伊玖と以前の私が混ざりあったのが、今の私なのだから。それに伊玖も螢には素で接して欲しがっていた。高校に入った途端態度が変わり、距離を取られたように思ってしまった伊玖はどうしたらいいか分からず当たり散らしていた面もある。
「……私はこのままでいいのです」
「そっか、螢がそう言うならそれでいいよ」
「いつもなら怒るのに……」
「でも私は気になるから、これから螢先輩、って呼ぶね」
「そっ、それは……!」
「駄目?」
「駄目ではないのですが……。その、戸惑ってしまいます……」
「駄目じゃないならいいよね、螢先輩!」
「強引なのは変わってない……!」
本当は様を付けて呼びたいくらいだ。以前の私は螢様と呼んでいた。中性的な見た目と硬い雰囲気の青とグレーの制服のせいで、どこかの貴族のように見えたのだ。画面越しに螢様連呼してた。本人には言えない過去です。
「急がないと遅刻するよ?」
「もしそうなってもお嬢様の責任です。髪型は私の自由にしてよろしいのですよね?」
「うん」
「では時間も考えて簡単なものに……」
直ぐに立ち直った螢は無駄のない動きで私の髪をまとめていく。こんな長い髪良く綺麗にまとめられるなー、とボーッと鏡越しに眺めていると、あっという間に終わってしまった。
できあがったのは以前好きだった髪型。ハーフアップに少し手を加えたものだった。
「久し振りだね」
「お嬢様にはこの髪型が一番お似合いです」
「本当?じゃあこれからは毎日この髪型でいいや」
「本当に……?」
「うん」
「──かしこまりました」
私は鏡台から立ち上がり、螢を連れて部屋を出る。朝食を食べるために無駄に広い食堂へと入ると、食卓に座っていたのはお母様ともう一人。机に突っ伏したまま寝ている男子だった。