執事は羊
「恋と略奪」
略して恋奪。
元は小型ゲーム機で発売されていたゲームだが、人気がありアプリでも配信された。私も気になったのでスマホにインストールして課金をし、エンド、スチルともに全てを攻略した。
攻略キャラクターは全員で五人。その五人全員に共通しているのは、何かしら喬都目伊玖との関係があること。幼馴染であったり元家庭教師であったりと関係は様々。ヒロインが攻略キャラクター達と出会いルートに入ると、伊玖がライバルとして立ちはだかる。その壁を乗り越えることによって、ヒロインとキャラクターはハッピーエンドを迎えられるというものだった。
そんな重要ポジションである伊玖に私は今なってしまっている。どうしたものかと思うけれど、特にどうもすることもできないな、とも思ってしまう。
ゲームの通り伊玖の髪は白銀で、かなり長い。ベッドに寄りかかり上体を起こしている私は、持て余すように毛先をクルクルと指に巻き付ける。
「お嬢様」
一度部屋を出ていた螢が、ティーセットと軽食を乗せたワゴンとともに入ってきた。
この自称私の下僕も攻略キャラクター。真っ黒な髪に金の瞳。眼鏡と執事服が嫌味なほど似合う男だ。年齢は私の一つ上で十七歳。長身と大人びた顔でとても高校生には見えないが、私と同じ高校に通っている。
ふと思えば、私は伊玖ではないはずなのに感情が混ざりあっているのか混乱がない。私が伊玖になってしまった理由は分からないが、二人分の記憶は反発し合うことなく、綺麗に混ざっている。
「お嬢様?」
なんの反応も見せず自分を見つめてくる私に疑問を持ったのか、螢の眉間に皺が寄った。
歳上なのに敬語で、更に執事服まで着ている螢に私はつい聞いてしまった。
「螢はなんで私の執事の真似事をしているの?」
「……なんだか口調が今までのお嬢様と別人のようですが……。──私は喬都目家に助けられた身。恩を返すためにこうしてお嬢様に仕えております。お忘れになってしまわれましたか……?」
「ううん、忘れてない。確認したかっただけ」
最後に少し不安そうな顔をした螢に、私はゆっくりと首を振って答えた。
螢はゲームのままの螢らしい。
同じ小学校で上の学年にいた螢。お金持ちの通う学校の中でも、下級生にさえ名前が知れ渡るほど螢は有名だった。中性的な綺麗な見た目、ずば抜けた頭脳に大人びた態度。まさに完璧だった。そんな螢に事件が起きたのは小学六年生の時。両親が事業に失敗し多額の借金を作ってしまう。それにより両親は離婚。父親に着いていくことになった螢は引越しをしなければならなくなった。だか螢にはその時夢があった。──両親の失敗してしまった事業を立て直すこと。その夢を叶えるためには、普通の学校では学べないことを学べる今の学校に通うことが必要だった。父親と何度も喧嘩をし、万策つきかけた時、私の父が手を貸した。螢の将来を担保に自立するまでの面倒をみるというものだった。父親も借金を抱えたまま子供を育てるのは大変だったのだろう。その案に乗ると一人越していってしまった。残された螢は喬都目家に居候することになり、今に至る。バイトの代わりに私に仕え、学校に通っている。高校ではその頭脳を発揮し、生徒会副会長をやっている。
螢から視線を外し自分の髪の毛に触れる。本当にここはゲームの世界なんだと思うと、どうしたらいいのか分からず途方に暮れるしかない。