犬は駆け回る 1
僕、染野廉士には双子の姉がいる。
名前は恋叶。両親は大恋愛で結婚をしたので、娘にも同じような恋をしてほしいと付けた名前らしい。
そんな姉は幼い頃から意味の分からない発言をする子だった。
僕にとっての姉は恋叶しかいなのに、自分には一つ上の姉がいる、会いたいと繰り返し騒ぐのだ。学校に行けば上の学年のクラスにその「お姉ちゃん」を探しに行き、いないと泣き叫ぶ。
最初は僕もそんな姉が怖かった。名前を呼ぶだけで泣き叫ばれ、「あたしは陽子なのっ!」と言われる。陽子が誰なのかはよく分からなかったが、恋叶がそう言うならと思い呼んでも今度は「その名前は嫌い!」と言われる。どうしたらいいのか分からなかった僕はいつしか「姉さん」と呼ぶようになった。
僕はそんな姉さんが苦手でも、嫌いになることはできなかった。絶対にいると言い張る姉さんのお姉ちゃんを探すために、女装して学校に通うぐらいには姉さんが好きだった。
「廉士」
前から名前を呼ばれたので顔を上げると、校門に姉さんが立っていた。中学から外に出なくなった姉さんが外に出ているのは珍しい。
僕は駆け寄り、同じ目線のそっくりな顔を見返す。
「どうしたの?こんな所にいるなんて珍しいね。もしかして学校に通いたくなった?」
僕の質問に姉さんは笑顔で首を振るだけ。最近は泣いていることが多くなり、笑った顔を見たのは久し振りだ。
「見つけたの」
「……え?」
「お姉ちゃんを見つけたの」
言われた言葉が信じられなかった。
僕がどれだけ探しても見つけられなかった姉さんのお姉ちゃんが、いた……?
「見つけられるわけがなかったんだよ。だって、あたしと同じでまったくの別人になってるんだもん。でもね、お姉ちゃんはお姉ちゃんのままだった。あたしには分かる。あれはあたしのお姉ちゃん」
延々と喋り続ける姉さんの声は流れていくだけだった。
僕はこの時、どうしようもない喪失感に見舞われていた。僕が何をやっても関心を示さなかった姉さんが、お姉ちゃん探しだけは喜んでくれた。僕はそれが嬉しくて嬉しくてしかたがなかったんだ。
「廉士?」
「あ……」
反応を示さない僕に不思議そうに名前を呼ぶ姉さん。
「聞いてた?あたしが明日から学校に行く」
「え?」
「お姉ちゃんはこの学校にいたんだよ。だからあたしも明日から通うことにしたの」
それからのことはあまり覚えていない。次の日早速学校に行った姉さんは、喜びを語ったと思ったら急に落ち込んだりと激しかったけれど、どこか遠いことのようだった。ずっと姉さんには僕だけだと思ってたのに、お姉ちゃんが見つかった瞬間遠い人のように思えてしまった。
僕は本当は通う予定だった学校の休学を取り消し、本来の生活に戻る。それがなんだか許せなかった。




