プレゼントは羊とともに
街の景色が12月に入りどんどんと変わって行った。イルミネーションが夜の暗闇を照らし、恋人達の歩く姿が目立ちだす。
そんな浮き足立つ雰囲気はとうとう最高潮を迎えた。今日はクリスマス当日だ。
「街が遊園地みたいに飾り付けられてる」
せっかくなので飾り付けられた街を見ようと螢と外へ出たのだが、私の予想を遥かに超えて街中はクリスマス一色で、驚きながらもその非日常の景色に目が離せなくなった。
「こういうのは初めて見る?」
「うん。私もだけど、伊玖も見たことがないんだね。興味無かったみたい」
伊玖の記憶を辿っても、クリスマスの思い出は何も無かった。伊玖の関心は綺麗なイルミネーションではなくて、周囲から贈られる高価なプレゼントだけに向けられていた。
「舞雪も?」
「私は勉強しかしてなかったから。クリスマスも家でひたすら勉強してたよ。両親も興味が無かったみたいで、特に何もしなかったなぁ」
確か妹だけは遊びに行っていていた気がする。気にしている余裕も無かったけれど、私も一度は誰か友達とクリスマスを過ごしてみたかった。
螢はぼんやり周囲を見ている私の顔を見ると、柔らかく笑って右手を伸ばしてきた。
「なら俺と街を見て回ろうか」
「え?付き合ってくれるの?螢はもう見飽きてるんじゃ……」
螢の言葉は素直に嬉しい。でも伊玖の記憶が確かなら、螢は毎年クリスマスは友達と出かけていたはず。今日もきっと私と付き合ってくれるのはお昼までで、午後からは他の誰かと遊びに行くものだと思っていた。
「何回見たって飽きないよ。それに、今年は舞雪と一緒に見るんだから今までと違う景色に見えるはずだ」
螢の言葉に外気に触れて冷えていたはずの体が一瞬で熱くなった。私は照れた顔が見られないように俯き、差し出された右手に自分の手を重ねた。
二人で手を繋いで街をゆっくりと歩く。私は初めて見るものが多すぎてついつい螢に質問ばかりしてしまったけれど、螢は一つ一つに丁寧に答えてくれた。
「……そうだ。ねぇ、螢はプレゼント何がいい?」
数々の雑貨屋さんを通り過ぎた時、私はふと思い出した。確かクリスマスは誰かにプレゼントを贈る日だった気がする。螢に何か欲しい物があるなら贈りたいと思った。
身長差のある螢を見上げると、何故か真面目な顔で私を見ていた。眼鏡越しの真剣な瞳に緊張してしまう。
「お嬢様、それはいつもお嬢様をお世話させていただいている私への労いですか?それとも──」
急な執事口調に驚く間もなく、グッと近づいた顔に私は思わず目を瞑る。耳元に唇を近づけた螢は、内緒話をするように囁いた。
「好きな人への特別な贈り物?」
期待の混じった声に、私はどう答えたらいいか分からず縮こまることしかできない。
そんな私を見て螢は苦笑すると、ゆっくりと離れて手を握り直した。
「どんな意味だとしても、お前からのプレゼントは嬉しいよ。……期待はするけど」
最後の言葉が本音なんだと思う。私はこんなにも螢を待たせてしまっているのだと再確認した。そう思った瞬間、私は口を開いていた。
「わ、私も!」
「?」
「私も螢からのプレゼントは嬉しいよ!他の誰から貰っても、螢のが一番嬉しい!」
自分は何を口走っているのかと思ったけど、今伝えないといけないことな気がする。
螢は驚いたみたいだけど、すぐにイルミネーションに負けないくらい輝いた笑顔を見せてくれた。
「そんなに言って貰えるとプレゼントの贈りがいがあるよ。さ、お互いに最高のプレゼントを選びに行こう」
決して離れないように手を握り直し、輝く街を二人で歩き始める。
私達の間に流れる空気はさっきと違うけれど、距離感は変わらない。きっとしばらくはこの距離に変わりはないのかもしれないけれど、いつか螢の気持ちに答えて、変えていけたらと私は思い始めていた。
私にとって初めてのクリスマスは、きっと素敵な日になるはずだ。
皆様にとって素敵なクリスマスになりますように。




