羊は皮を捨てる
「じゃあ伊玖は伊玖であって伊玖じゃないんだね?」
「う、うん。体は伊玖ので、心は私、記憶は半分半分って感じ」
お互い休息をとってから、早速これまでの私のことを螢に話した。ちなみに、私が眠っていた時間はまる四日らしい。そりゃ螢が泣きそうになるわけだった。私だったらもう二度と目覚めないことを覚悟する。
話している間、螢は真顔で無言だった。はっきり言って怖かった。話し終わった途端、執事口調でなくなっていた。
「敬語は……?」
「意味が無いことが分かったから止めた」
「そ、そう」
執事口調になんの意味があったのかは物凄く気になるが、螢の雰囲気が質問を許していないので大人しく引き下がることにする。
「ここがゲームと色々同じだってのも本当なの?」
「うん。違いはヒロイン達くらいじゃないかな」
「お前はそのヒロインに用があると」
「多分あれは……、私の妹だから」
「自分を殺した相手に会いに行くのか……」
螢は何かを悩み出す。恐らく明日私に着いてくるかこないかだろう。妹に関しては螢はまったくの無関係だ。どうなるか分からないし、私自身螢を巻き込む気はない。少し寂しいけど。
「私は一人で──」
「やっぱり俺も行く」
予想外の言葉に目を瞬かせる。
「俺もその妹には言いたいことがあるから」
「……そうなんだ」
こんなにはっきり言われてしまっては認めるしかないだろう。私も内心凄く嬉しい。
「で、お前、名前は?」
「へ?喬都目伊玖だよ?」
「それは体の名前でしょ?心の方は?」
「言わないと駄目?」
「駄目」
なんだか螢が別人みたいになってる。眼鏡の奥の瞳も、隠している感情が今までと違う気がする。
「……ゆき」
「大きな声でもう一回」
「舞雪!」
やけくそになって半ば叫ぶように名前を言った。
螢は噛み締めるように何度か小さな声を出して私の名前を言うと、座っていた椅子から突如立ち上がり私の足元に跪く。
「けっ──」
「舞雪様」
「……」
急な執事口調と名前を呼ばれたことに固まってしまう。
「私は舞雪様だけの下僕。これからもお傍で仕えさせていただきたく思います」
「もちろん大歓迎だよ」
「誠に有難く思います。舞雪様」
「な、なに」
「お前の髪にぴったりの名前だね。綺麗だ」
突然の言葉に体温が一気に跳ね上がる。名前と髪のことを言われているのは分かっているのに、まるで私本人が言われたみたいで頭が一瞬真っ白になった。
「大丈夫?」
「大丈夫ですっ」
立ち上がった螢に頭を撫でられながら、私の心はしばらく落ち着くことはなかった。




