プロローグ
窓とカーテンは閉め切られ、天然の光はなく、部屋を明るくしているのはスマホの小さな光だけ。そのスマホをベッドの上で横になりながら一心不乱に見つめ、光によってぼんやりと顔だけを照らされた少女。その表情は目尻が下がり、隠しきれていない感情で口角が上がっている。
「ふっ、ふふ……」
とうとう漏れ出した不気味な笑い声。極小さな声だが、狭い部屋の中ではよく響いた。
「らくしゅうせんせいこたちゃんけいさま……そして──」
抑揚なく紡がれる言葉はただ聞いているだけでは何を言っているのかまったく理解ができない。
「れんじ……」
たった一言。誰かの名前なのか、それとも文明の利器の名称なのかは分からないが、先程とは違い感情ののせられた言葉。
少女は再び何も言わなくなり、スマホの画面に集中する。すると部屋の外が少し騒がしくなった。少女は不快に思ったのか眉間に皺を寄せ、スマホから視線を外すと扉の方を睨む。
しばらくの間睨んでいると、パタリと人の声が止んだ。少女の眉間の皺がなくなったのもつかの間、扉が何者かによって勢いよく開かれる。
少女が急な光に目を瞬かせている間に扉を開けたであろう誰かがベッドの前に立ち、腕を振り上げ光を反射する何かを向けた。
少女が自分へと振り上げられた物が包丁だと気づいた瞬間、その包丁は少女の脇腹に深く刺さった。
「お姉ちゃんが……。お姉ちゃんがいけないんだ。お姉ちゃんが駄目な子だったから。不良品だったから。全部全部お姉ちゃんのせい。お姉ちゃんのせいであたしはこんなに苦しいんだ。お姉ちゃんがこんなことになったからあたしはこんなことをしなくちゃいけなくなったんだ。お姉ちゃんのせいで友達とも別れることになった。行きたくもない学校に行かなきゃいけなくなった。勉強だってしなくちゃいけなくなった。遊ぶ時間も無くなった。全部お姉ちゃんのせい。全部全部……!」
激しい痛みとともに薄れていく思考の先で、少女は自分を刺した本人である妹の怨嗟の声を聞いていた。
流れる血とともに無くしていく体温。命までもが流れ出している気がする。──いや、きっと流れてしまっているのだろう。上手く頭が動かない。言いたいことがあるのに口が動いてくれない。
「……──」
少女は何かを呟くとその瞳から光を消した。
あとに残ったのは妹の絶叫だけ。