第5章③呼応
ちょっと重い回が続いたので、そろそろ軽~いノリの話を書きたいです。
アーロン一家の訪問から3日後、さすがに私もずっと家に居るのが飽きてきた。
部屋から出ると門番のようにマリーがリビングで編み物をしている。
散歩に行こうにもなんだかんだと理由をつけていつも引き止められるんよなぁ。
「ねぇマリー先生。ちょっとだけ、外の空気を吸いに出たい。」
上目遣いで、真剣にお願いをしてみた。
「そうねぇ・・・じゃあ あの人が戻ってきたら聞いてみましょうか。」
“やったー!” とぴょんぴょん跳ねると
「ただし。剣術はまだダメよ。私からあの人にもお願いしておくからね。」
今度はマリーが真剣に見つめてくる。
「うん。わかってるよ。カノンさんにケガの具合診てもらってからにするね。」
“約束”とお互いのおでことおでこを合わせる。
【ハラ王国】での指切りげんまん、みたいなものらしい。
それから二人で昼食の準備に取り掛かった。
最近は外に出られないから、マリーの調理を手伝っている。
右肩は内出血の跡が大きいから痛そうにみえるらしいけど、実際はもうそんなに右手を使っても痛くない。
そりゃ直接押さえられたら痛いけど。
だから左手でもできること=混ぜたり、ちぎったり、飾り付けをしたり簡単なことのお手伝いをさせてもらってる。
以前は、料理なんて忙しさを理由にほとんどやらなかったけど、結構おもしろい。
それにマリーの美味しい料理のレシピには、興味があったんよね~。
「今日は何にしましょう♪」
鼻歌をうたいながら、台所で食材を集めはじめた。
マリーの指示で野菜とか洗ったり、サラダのドレッシングを作ったり、あっという間に出来上がった。
ちょうどテーブルにお皿を並べていたらガイルが戻ってきた。
「お帰りなさーい。」私が言うと
「ネイマ・・・・」
“え?”と振り返ってみるとガイルが口元を押さえて、「あ、いや。ただいま!」と顔がひきつっていた。
マリーが「あなた!ご飯だから先に手を洗ってきてね~。」と声をかけると
「そうだな!」と立ち去って行った。
マリーも台所に戻り、もう充分なハズなのに再び料理を作り始めた。
・・・・・
結構限界にきてるよなぁ?二人とも・・・
余計なお世話かもしれんし、地雷になるかもしれへんけど思いきってネイマの話を振ってみようか・・・?
私はカウンセリングを試みることにした。
看護師だった時の経験から、この二人は長い間ネイマのことに触れず、気持ちを吐き出すところも無くて
お互いを思いやるばかりにストレスを溜め込んでいるように思った。
第3者の立場で、ただ聴くだけでも意外と話しているうちに本人達の気持ちの確認や整理ができるのだ。
ーーーーー
ぎこちない雰囲気の中、ガイルやマリーも席に着き食事を始めた。
「師匠。ネイマってどんな子だったの?」いきなりぶっ込んでやった。
“え?なんでそんなこと”とガイルの表情が固まっていた。
マリーも言葉に詰まっていた。
「ここにきてすぐ、3年くらい前に子供が魔獣に襲われたって言ってたよね。
だからこの前僕が[バグド]に襲われたときもすごく心配させてしまったから・・・。」
これは本当。だから、ミリューイを助けた事に後悔はなかったけど、子供の自分が何とかしようとした状況に怒られると思ったし、余計な心配をかけて二人のトラウマを呼び起こしたんやと反省している。
二人は顔を見合わせて、考えこんでいた。
「ごめんなさい。ずっとネイマって二人の子供のことが気になってただけなんだ。」
止まっていた手を動かして、ご飯を食べる。
二人もモソモソとゆっくり、上の空で食事を始めた。
これでいい。
別に私に話さなくても、きっかけは作れたと思うから。
完食して「ごちそうさまー。」と片付け、何事もなかったような素振りで部屋に戻っていった。
――――――――――
ガイルもマリーも黙ったまま、ネイマの事を考えていた。
いつの間にか食事する手は止まっており、時間だけが過ぎていく。
「ネイマローズ・・・。」
ガイルがぽつりとつぶやいた。
マリーは、ネイマが生まれた日のことを想いだしていた。
初産なので不安でたまらなかったが、ガイルは仕事なので一人で診療所へ訪れていた。
知らせは出したが、ガイルが間に合うかはわからない。
痛くて、怖くて、1人で耐えていたとき、ふと窓から薔薇の香りがしたのだ。
診療所の外に植えられていたようだが、こんなに香りがしたのは初めてだった。
そんな風に思ったとき、急に力が抜けていた。
痛みは間隔的にあるものの、薔薇の香りが風に乗って広がるたびに
”大丈夫”と励まされたようで不安が軽減されていた。
そして無事に出産。
女の子だったので、この子の名前にはローズをいれようと思った。
『ネイマローズ・パロット』
ガイルも大喜びで、絶対に嫁には出さないと言い張っていたわね。
「ふふっ」
マリーも自分の思わず出た声で我に返った。ガイルも急に笑ったマリーの声に驚き気が付いた。
「ネイマの生まれた日のことを想いだしていたの。」
「そうか。俺もネイマが走り回っていた姿を想いだしてた。」
・・・・・・・・
「私達、あの日のことばかりに捉われていたけど、それだとネイマが悲しむわよね・・・。」
「・・・・・そうだな・・・・忘れたことは一度もないが・・・・
あの日以外のことをまるで忘れていたみたいだったな・・・。」
食事を食べ終わり、温かいお茶をマリーが淹れなおした。
二人で久しぶりにネイマについて話をしたのだった。