居合道がくれた私
あなたの趣味は?
そんな質問は、友達との会話の中で出てきたり、先生との会話で出てきたり、初対面の人とでも話題にする。
趣味って、何か好きなことを熱中してできるもののことを言うのだと思う。
みんなには、そんな熱中できるものはある?
私は、野球や料理あるいは読書に対して熱中することはできなかった。嫌いなわけじゃない。家族が野球観戦をしているなら、呼ばれれば一緒に観た。
頼まれれば、時間のない両親に代わって晩ご飯を作ったりした。
読書をしないと、賢くなれないぞと小さい頃から言われてきていたから、分野を問わず薦められた本は素直に読んできた。
でも、いつの日か1つの疑問を持つようになっていた。
私は……何をしたいんだろう?
したいことではなくて、しなければならないことなら幾らでもあった。
今までは、私の両親や先生達が私のすべきことを教えてくれた。
義務教育の内は、やれと言われたことをやっていれば、成績優秀と認められる。
やがて、義務教育の中学を卒業し、高校に進むことになってもそれは基本的に変わらない。
高校に行くことは、それこそ義務教育ではないから行く必要はなかった。ただ、周りのみんなが進学するし、私の両親も何の躊躇いもなく高校に進むように言われたので、県内の進学校に行くことにした。
高校における勉強は、正直つまらなかった。授業が理解できなかったわけしゃない。むしろ、成績そのものは学年でトップに立つくらいのものだった。
つまらない原因は、本当に単純なものだった。
やりがいを生活や勉強の中に見いだすことができなかったのだ。
ただただ何の目的もなく、成績はやはりトップを維持し続けること3年が経つ頃、私には高校卒業後の進路をどうするか決めなければならない時期が迫っていた。
当然、私の高校の先生はその成績を鑑みて大学に進むことを強く薦めた。高校3年のときに受けた模試では、都市の国立大学に余裕で入ることができる判定が出ていて、旧七帝大も届くことができるものだった。
でも、結局私は地元にある国立の地方大学に進むことにした。
理由は、いくつかあった。
それは、私の家庭がそれほど裕福でもなく、むしろ貧乏と言っても過言ではなかったから、地元の大学に行くことが親孝行に思えたのだ。
何より、それほど上位の大学に行く気持ちが起こらなかったから。
特に大学で勉強したいことややってみたいことも思いつくこともないまま、大学の入学式を迎えて、所謂キャンパスライフと呼ばれる私の新しい生活が始まった。
相変わらずしたいことは見つからなかったけれど、初日のガイダンスで知り合った子と友達になったり、その子たちとサークル回りに行ったりした。
あんまりピンとくるサークルはなかったけれど、高校にはなかったサークルの体験もできたりして、正直に楽しくなっている自分がいた。
サークルの新歓の期間が続くある日、友達から居合道の体験イベントに誘われた。身体を激しく使う体育会系のサークルには興味がなかったけれど、1人で行くのが苦手ということでその子に付き合うことにした。
居合道の体験イベントには、すでにそこそこの新入生が来ていた。というのも、まもなく居合道の大会で行われる実際の演武を部員が披露するのだそうだ。
まもなく演武の時間になって出てきた男の先輩は、柔道で見るような真っ白の道着に刀を脇に挿していた。武道館の真ん中まで来ると、ゆっくりと腰を落として正座を始めた。その佇まいは本当に静かなものだったけれど、なぜか堂々しているというか、何か得体の知れないオーラを醸し出していた。そんな姿に、この時私は少し憧れを持った。
やがて、演武が始まった。居合道のことは何も知らないから、それが何をしているのかは全然わからなかった。けれど、正座からの一連の流れは、流動的なのに一つ一つの動きが独立しているように見えた。
時間にしては5、6分に過ぎないだろうけれど、私は先輩がしていた演武に表れていたその迫力のせいで見惚れていた。
特に、正座から一息に片足をドンと踏み出して刀を振るう姿は、私の心を揺さぶるのに難しいものではなかった。
演武が終わると大きな拍手が起こった。私も堪らず、大きな拍手を送っていた。
「みなさん、今日は居合道のイベントに来てくださり、ありがとうございます」
拍手が止むと、演武をしていた先輩が話し始めた。
「私は、居合道部の部長しています。居合道は、似たような武の剣道などに比べて静かで一般的に見れば迫力に欠けるものがあるかも知れません。それに、大会においても相手と刀を交えるのではなく、個人で武を演じるだけです」
そこで、先輩は一度言葉を区切った。
「でも、個人で演じて決められた型を磨いていくことは、私にとってはまた一つの武の面白さ、深さを感じられるものでした。それに、技を練習していくと、自分自身に変化をもたらすこともあります。私は、一瞬何もかも忘れて一つのことに本気で集中するテクニックを身につけることができたと思っています。だから、居合道に興味がある人はもちろん、自分を変えてみたい方はぜひ一度体験をしていってください!」
それからは、居合道の部員が体験したい新入生たちに刀を持たせたり、型を教えていたりした。と思うけれど、正直なところあんまり覚えていない。
「今日はありがとねー、付き合ってくれて!」
一通り体験して来た友達は、帰ろうって誘って来た。私は、友達に入るのって聞いた。
「うーん、やっぱり居合道はいいかなって」
他の部活から誘われているから、そっちにしようかなって友達は言った。その上で、私に一緒に来ない?と誘って来た。
でも、私の心は決めていた。
「私は、居合道部に入る」
初めてだった。
こんなに、何かをやりたいと感じたことは。
だから、してみたかった。
自分がしたいと思ったことを、どこまでできるのか試したくなった。
翌日、私は入部届けを提出したから晴れて居合道部員になった。その日から、私の大学生活の新たな楽しみができた。
そして、熱中できるものができた。
それから、時は2年の月日が流れた。
今の私は、あのとき新歓で見た先輩の立ち位置と同じで、部長として演武を新入生の前でしている。
2年も続くとはあまり思っていなかったし、部長になるなんて。今思えば、少し笑える思い出話。
でも、2年の間ずっと居合道をしてきたことで、私は色んなものを手に入れられたと思う。
私にとっての居合道は、普段の生活でルーティーンに思えることでも、深みがあったりすることに気づかせてくれた。
それに、本気で取り組みたいっていう気持ちを思い出させてくれた。
それ以外にも、居合道がくれたことは小さなことも加えるとたくさんある。
だから、こう思う。
私は、居合道から色んなことを教えてくれたんじゃない。
居合道が、私をくれたんだ
と。
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完
「居合道がくれた私」を読んでくださり、ありがとうございました。
今、私はこうした人生で付きまとってくる悩みをテーマとした短編小説を執筆しています。
さらに、文章の上達のために、よろしければご感想や評価をしていただけると幸いです。
次の短編小説は、ある女子高生が大学生や社会人と出会って、
自分の全く知らない「社会」を知っていく中で、「自分の将来」を悩みぬく内容を書く予定です。