第3話 切り替えと散髪
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………………三ヶ月。
ミールとともにあのメンタルアンドタイムっぽい部屋で過ごしてきてから三ヶ月が経った。
「はぁ、はぁ、はぁ、………うぐあぁぁあっっ!!」
立つのもやっとのほど疲弊していたが、なけなしの力で背後に現れた案山子に木刀を振るう。
力を尽かした海輝は、木刀を投げ捨て息を切らしながら、周りに散らばる大量の案山子をそばに大の字をかいて倒れる。
「……………よし!『案山子の神出鬼没・一千体』終了!カイキ!これで全部クリアよ!おめでとう!」
…………終わり?この長かった地獄のような日々が、これで完結…?
「これまでよく頑張ったね、本当にお疲れ様!本当は途中でね…」
……高いところからミールが何か喋っているようだが、正直疲れ過ぎて全然頭に入ってこない。息を切らしながらも、右手を目に当てる。でも、そうか。修行、全部終わったんだな。
……それにしても本当に長かったな。
筋トレは毎日欠かさずあったし、あいつの出す修行のメニューはめちゃくちゃ過ぎるし。
よかったことといえば、何故かMeTubeや様々な動画が見れたくらい。
……強くなれたかな。比べるものがないから、自分がどれほどかわからない。
もうちょっと時間かけるべきか…?
…いや、あのもじゃもじゃの物体に追いかけられるのはもう二度としたくない。
あれはキモ過ぎる。中年男の陰毛を寄せ集めて顔をつけたやつじゃないか。何なんだ一体。
本当に、よく頑張れたな、俺。
「…れしかったの!だからねカイキ!」
目に当てていたはずの右手が、不意に引っ張られ身体が起こされる。
「本当に、ありがとうっ!!」
「…………っ!?」
瞳を微かに濡らし、満開の笑み。手からから感じる、ほのかな温もり。
そこには、まるで月が咲いているような、深い感情を表した姿。
以前にも感じたことのあるような、意識吸い込まれるほどの、端麗華。
………やはり、こいつから『かな』を感じさせられる…。
が、不覚にもその華美にドキッときてしまった。
どうしよう。恥ずかしい。兄ちゃん恥ずかしいよ妹よ。
「……まあ?なんだ、その、俺もそこそこ強くなれたわけだし?確かにめちゃくちゃに辛かったけどそんな礼だとか大好きだとか、熱烈な愛のプロポー」
「そうだ!髪切りましょう!」
んこいつ!人が必死に照れ隠ししてるところを!恥辱の限りで殺す気か、この悪魔め!
切り替えの速さに驚愕しつつも髪は相当伸びていたので、そうだなと相槌をうちこの空気に乗る。
………どっちにしろあれが続かれては童貞の俺には厳しいわけで。
そして俺は椅子の上。道具とかは全部ミールの魔法で出された。
どうやらこいつが切るみたいだが、ホントに大丈夫か?
とにかく妹と錯覚した子にときめいちゃったばかりだから、なるべく早く一人にしてほしい。
「よし!準備オッケー!では、私天使・ミール、聖なる導きより定められし 母なる神に誓ったこの心を以ってして、いざ参る!」
戦争にでも行く気かこいつは!たかが散髪で物騒すぎだろ!
さっきの一言で不安のピークを迎えた俺だが、威勢とは裏腹に普通に切ってくれている。
しかし安心したわけではない。小学生の頃に『刈り上げボーイ』とバカにされて以来、髪型にトラウマを持ち、ふざけた髪型になった日にはしばらく学校を休んだものだ。
「……来たときから思っていたけど、やっぱりあなた髪さらさらね。その人生なめてるだるそうな目とこの髪が、数少ないあなたの個性ね」
「うるさいなぁほっとけよ!もっと普通に褒めれないのかお前!」
くそ、さらっと俺のコンプレックス言いやがって。
地味にピュアな心が傷つくが、きししと笑うミールを見て、溜め息と苦笑いがこぼれ出る。
「……ここをこうして、ハイっ完成!!」
「おぉ………っ!」
それは完璧過ぎるほどに、なんの変哲もなく、言葉もでないほどに、
ここに来た当初の髪型だった。全くの狂いなく。
「……ある意味、いや普通に才能だな…」
「へへんっ、すごいでしょ!じゃあ今日は体を休めて、明日、いよいよ出発ね!」
やっぱりこいつ、せっかちだな。疲れているので都合いいが。
…そうか、明日いよいよ出発なのか。
全く想像もつかない、関心のない、ただ明日という日を迎えるような勢い。
不安も安心を特にないが、どうか向こうで死にませんように。
その日の夜のことは、あまり覚えていない。
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