表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/106

error code.4

♦♢♦



『アリア』


今でも鮮明に覚えている。

優しかった父の声を。


彼の優しい瞳を。

言葉も、言動も。


その全てを……。


「何ですかお父様?」


名を呼ばれたアリアは、その身を翻して父を見た。

髪は色素が抜けてすっかり白くなっている。


その髪同様に色素が抜けた髭を伸ばした顔がアリアの視界に入る。

父は老いていたが、それでもその身に纏う只ならぬ雰囲気は未だ健在だった。


彼女の父であるナカガミ・ロウは、ゆっくりと口を開いた。


『私はかつて戦争で活躍したコード持ちと呼ばれていてな。それは大層活躍したものだぞ』


父は自分の話を楽しそうにする。

その姿にアリアは喜びを露にする。


「それは凄いですね‼」


心底喜んでいる彼女の姿にロウは優しくはにかんで彼女を見た。


『その中にはな『ゴッデス』と呼ばれる階級の人間がいたんじゃ。彼らは私達コード持ちなんかよりよっぽど強くてな勇ましかった。『ゴッデス』と呼ばれる者達のおかげで戦争は完全なる優位を決していたんじゃ』

「ゴッデス……?詳しくは知らないですが、とても凄い方達なのですね‼︎」

『ふむ。だが、彼らの活躍も虚しくな。その戦争も遂には終わりを迎えていった。私は力を使い果たさずに力を使う機会を失った』

「……」


そう告げる父はどこか悲し気に語る。


若かりし頃の思い出に更けているといった表情でアリアを見つめ、手招きで彼女を自身の元に呼んだ。

そして、近付いてきた彼女の頭に手を置いて優しく撫でる。


ロウは思う。

彼女に闘う術を与えてよいものかと。


彼女もいつ自分のように力を振るわなければ生きていけないような世界に巻き込まれるか分かったものではない。


しかし、瞳に映るアリアの純粋さに目を奪われ、純真な心に気を持っていかれそうになるのを感じた。


そうしてロウが昔の記憶に儚さを覚え、アリアに生きる術を教えるべきか悩んでいた刹那の時だった。

音も無く、存在も無く、認識さえ出来ないくらい隠密に脅威は現れた。


そう無人が現れたのである。

無から有を生み出す超常現象が如く。


油断していたとは言え、ここまで無人が来ていたことにロウは驚きを隠せなかった。


まだ幼子のアリアは当然戦うことは出来ず、立ち向かうはロウ一人。

増援は来ない。


何しろ至る所に無人は現れ、それぞれの者達が対処に追われていた。

外から聞こえてくる悲鳴にアリアが外の様子を伺おうとするが、


『動くなアリア‼』


ロウの鋭い一言にその動きを止めた。


何も出来なかったアリアは、ただただ父が無人と戦う勇敢な後ろ姿を見ていることしか出来なかった。


何の情報もない無人に対して均衡を保っていた。

幸いにもこれまでの人生で戦ってきた戦歴が役に立った瞬間だった。


だが、徐々に体力が底を尽き始める。

齢五十を超える体には厳しい環境だった。


老体とも言えるその体に無理に指令を送るが、


『ぐッ…………………………‼』


下腹部を貫くような鋭い痛みが走る。

的確に狙ってくる攻撃。


武器は奪われ、戦う意思も消えかけている。

僅かに立ち上がる体力を残し、彼は無人と対峙する。


朽ち果てそうな体を必死に動かして無人の気を引く。

だが、健闘も虚しく、力尽き果て立ち止まった。


そして、遂に成す術が無くなったロウの体は自らを死に追いやる攻撃を全てを受けてしまう。

その光景をアリアは目に焼き付ける。


勇敢に戦った父の姿が生涯離れることのない光景になるはずだ。


ロウは血を吐いて地に付した。

恐らくこれが最後となる父の姿。


その目に焼き付けていた瞳から涙が零れてきた。

悲しい気持ちが込み上げてくる。


走馬燈のように蘇る記憶に思わず嗚咽が零れた。


「う…………………………うっ…………………………‼」


止めようにも涙は止まらない。

自分の無力さを痛感する。


今になって悔しさが込み上げてくる。

幼い彼女でもそれくらいのことは分かってしまう。


変えられない未来をただ蹲って待っているだけだった。

彼女が泣いていると、音がした。


その場には父と自分しかいない。

ならば、この音は当然無人によるものだろう。


ゆっくりとこちらに近付いてくるのが分かった。

肌に伝わる寒気と耐えきれない吐き気に襲われる。


これから自分は死に向かって行くのだと思うと寂しくなった。

抗えない力を持った無人の強さをその目に移していた。


父との戦いを終えたというのに無人は微塵も堪えていなくて、むしろ先程より力が増しているようにも感じた。


時間が経過する。

一秒がとても長く感じた。


やがて、自分の前まで来た無人の足元が視界に入って来た。

ゆっくりと恐怖と戦いながら、顔を上げた。


その姿をしっかりと見るために。

顔を上げた先にあったのは、この世のものとは思えないおぞましいものだった。


自分より遥かに大きい巨体を細い足で支えられているのが不思議で仕方ない。

口元と思える様な部位には小さく小刻みに生えた歯が特徴的な印象を与えた。


あぁ。

自分はこの歯に食われるのかと想像すると、とても痛そうだと思った。


自分の腰は完全に抜けてしまっている。

逃げようにも足が竦んで動けない。


流れに身を任せるようにじっとその場から動こうとはしなかった。

決心を固め、目を瞑る。


いつ痛みに襲われてもいいように視界を閉じることで恐怖を和らげる。

微量でも痛みを感じることがないのなら、あらゆる方法を試そうと試みる。


意に反して体は言うことを聞かない。

体が震える。


祈るように握っていた接着剤が付いたように離れない。

体を硬直させてしまう。


やはり、恐怖に打ち勝つことは出来ない。

その恐怖を待ち侘びていたかのように無人が一歩近付いてくる。


無人にとって恐怖は美味なるものなのだろうか。

急速に死期が近くなるのを感じ取ったアリアは、耐え切れず目を開けてしまう。


瞬間―――彼女の視界に映ったものは、左半身を食い千切られた父が立っていた。


その光景に息を呑む。

父の体から溢れ出た血の量が床に伝っていた。


立てる力なんてほとんど残っていないはずのロウは、それでも気力で娘の前に立ち無人の攻撃から守っていた。


空気のように現れた無人相手に抵抗も虚しく終わり、無人に襲撃を食らった父が血反吐を吐きながら前に立っていた。


自分を守るようにして立っている彼にアリアは体を震わせ見守るしかない。


目の前でやられていく父の姿を見て、全く動けないアリアの手が自制の効かない震えを与える。


『ごふッ…………………………‼再び力を……使う時が訪れたというのに……。このような結末を迎えるとは……あっけないものだ……な人間は……。いや……、せめて老いがなければ――――』


父は悔しそうに歯噛みをしていた。

それは力が劣れていたことに対する悔しさから出たものなのか。


それとも満足に力を扱えないことに対する歯痒さから来るものなのか。


そのどちらも現れたものなのか。

あるいはそのどちらでもないのか。


彼は無人に食い千切られた左側を右手で抑えながら、アリアに向かって言った。


『アリア……。頼む……。私の代わりにあれを……ッ‼︎この世界を……救うのだ……ッ‼』


こちらに右手を差し伸べてくるロウ。

その手を取れば、きっと彼女は力を振るう世界に足を踏み入れることになるだろう。


ロウとしては、それは最も遠ざけたかった未来だ。

だが、四の五の言っている状況ではない。


目の前の脅威を断ち切るには彼女には戦う力が必要になってくる。

それは単純な強さではなく、無人に立ち向かう勇気だ。


恐怖に負けている彼女ではなく、恐怖に負けない彼女を作るためにロウは手を伸ばす。

その手を取るのに、時間は掛からないだろう。


彼の生命が終わる前に手を取らなければと思う自分がいる。

それは正しい判断だ。


しかし、思うように体が動いてくれなかった。

アリアは躊躇ってしまった。


その躊躇いが致命傷とも気付かずに。

向けってくる無人の攻撃。


標的はロウではなく、恐怖に撃ち負けているアリアだった。

無人は恐怖を抱いている人間に対して向かっている傾向にあるようだ。


「ひッ…………………………⁉」


悲鳴を上げるが、無人の巨体はもうアリアの目の前にあった。

死んだ―――。


そう思った瞬間―――すぐさま手を取ればと良かった後悔した。

時は残酷に流れ、アリアの体を無人が食らうというタイミングで―――。


バタンッ―――‼︎


突如響いた扉が開く音に驚いた無人が攻撃を止め、その巨体を素早く動かしてアリアから距離を取った。

束の間の間に起きた状況にアリアは追いつかない。


口をパクパクとさせ、音の下法に首を向けた。


扉を勢い良く開けた衝撃音が耳に飛び込んで来たと思えば、その奥から見えた二人の人物にアリアの目が行く。


それはこの屋敷で使用人をしていた顔見知りだった。


「お嬢様‼」

「ロウ様……ッ⁉くそッ‼︎間に合わなかったか―――‼」


事態の異変に気が付いて一目散に駆け付けてきた使用人の二人であるアルマリアとユースティスの二人が、アリアとロウの存在を確認してこちらに駆け寄ってくる。


アルマリアがアリアの傍らに付きユースティスはロウの傍へと駆け寄ろうとしたのだが、


『来るなユースティスッ‼』

「———ッ」


父の力強い声で制されたユースティスはその歩を止めた。


『私のことはもういい……。二人とも……私から最後のお願いだ……。アリアを……頼むッ‼』


力一杯に込めた思いを言葉にして二人に告げた。

ロウは食い千切られた左腕を抑えながら、勇敢にも無人に立ち向かっていく。


私たち全員を逃がすために気力を振り絞って―――目の前で無人に殺され死んでいった。


無情に過ぎていく時間だけが惜しかった。

やけにその情景が激しく胸を打ちつける。


アルマリアがアリアの目を覆い隠して彼女に見せつけまいとした。


ユースティスも一瞬目を逸らしてその場をやり過ごす。


そうして三人は現実から目を背けようとした。


目の前で失われていく長きに培ってきた思い出達が一瞬で消えていくのを、アリアはただ黙って視界が暗転した状態で見ていることしか出来なかった。


だが、自分達この場から直ぐに逃げなければ、父と同じ道を辿ってしまう。


それもそれで悪くないと、不覚にもアリアは思ってしまった。

彼の無垢なる思いを無駄にしてでもロウに付いていきたいと思った。


だが―――


「お嬢様……。全速力でこの場から離れます。しっかりと掴まっていて下さい‼行きますよ‼」


彼の後を追うことを近くにいたアルマリアとユースティスが許してくれなかった。


ユースティスが悔しように歯噛みをしながらもアリアに近付いていき、その場から去るように諭す。

アルマリアは優しく暖かな手で彼女を包み込んでいた。


アルマリアの弱々しい声が耳元で聞こえてくるが、アリアはその場から動こうとしない。


二人がすぐさま離脱を図ろうとする。


幸い目の前の無人は父をむさぼるのに夢中になっていて、こちらに興味を示していない。


ユースティスとアルマリアは辺りに細心の注意を払いながら、その場を後にしようとする。


アリアも二人に続いて必死にその場から逃げようとするが、足が全く動いてくれない。


頭では逃げようと思っているのに。

どんなに体を動かそうとしても恐怖で全く動こうとしない。


このままでは折角の父が作ってくれた道を閉ざしてしまう。


なんとか立ち上がろうと思い、手で足を叩いて鼓舞しようと試みる。


しかし、どんなに何をやっても立ち上がることが出来なかった。


そうしてモタモタしていると、私がまだ立ち上がれていないことに気が付いたアルマリアとユースティスがそっと物音を立てないように近付いてくる。


そして、動けない自分を抱えて三人はその場から立ち去った。


後に残ったものは父を貪る無人と誰もいなくなった空間だけだった。


アルマリアに抱えられながら、その光景をじっと眺めていることしか出来なかったアリアは段々意識が遠のいていく感覚に襲われた。


その日を境に―――アリアはお嬢様を辞めた。


いや……。

正確には、辞めざるを得なかった。


父がいなくなった家には私に帰る場所などない。


母は幼い時に病気で亡くなっている。

アリアには父しかいなかった。


しかし、その父も無人にやられてしまった。

もう元に戻らない。


もう取り返すことの出来ない日常。


これから始まる新しい環境に目を向けるしか方法がなかった。


だから、アリアは前へと歩き出す。


戻れないのなら突き進むしかないのだろうと力強い志を持ってその先へと進む。


父がかつて人間同士の争いで栄光を勝ち取ったのなら、私は私なりの力で無人に襲われる人々を救う人になる。


そう胸に誓って歩き出したのだった―――。



♦♢♦



「着きましたよお嬢様」

「ふぇ……」


だらしない声を上げたのはアリアだった。

結局アリアは最後まで歩けなかった。


砂により体力が殆ど奪われた。

最後の方は息切れが激しくアルマリアに担いでもらう形となった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ