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二人を包む異形の空間が、次第に暗転していく。

思い出に浸る時間は、どうやら終わりを迎えていくようだ。


夢のような体験が徐々に終わりを迎え、名残惜しい時間が消え行く中でアリアは、自分の母の顔をじっと見つめた。


夢で出てくる彼女の顔が何とも懐かしくも愛おしく思えてくる。


今でも忘れる事が出来ない偉大な母の姿に、アリアはその目を奪われる。


この人の元で自分が育ってきたかと思うと、言葉では表現することが出来ない何とも感慨深いものがそこにはあった。


幻想の中でもう一人の自分と母がたわむれている状況に、僅かながら悔しい気持ちも心ににじんだ。


何故、自分はそこに立っていないのかと。

何故、自分はそこにいないのかと。


理不尽な気持ちが押し寄せてくる。

取り替えられないような気持ちが支配していく。


だが、その情景はかつての自分が過ごしてきた記憶の一部だと理解している。


理解してはいるのだが、頭が受け付けようとはしない。


自分とは違うもう一人。

夢の中の自分が自分に断りも入れずに戯れている。


言い得て妙な光景だ。

奇妙な光景。


分かってる。

これは記憶だ。


自分の脳に貯蔵してあった数ある記憶の内の一部が、復元して夢として形を成して現れたのだ。


夢という形で出てきてくれたことは、とてもありがたいとアリアは思った。


忘れかけていた記憶が蘇ってくる。

薄っすらと覚えていた映像が復活するが如く。


そうだ―――

思い出した。


母の顔は私とよく似ていた。

とてもよく似ていた。


何故か。

親子だもの。


親子は似るのだと。

目を窄めてカルレラを見つめた。


あぁ、本当に。

なんて美しい女性なのだろうか。


私が求めている女性像がこんなにも近くにあった。

真に強い、根まで強さを張った聖女の強さがカルレラにはあった。


手を伸ばせば届きそうな儚き記憶。

引き戻せそうな……、取り戻せそうな感覚に襲われるが―――決して届かない頂きの景色。


永遠にこの感触に浸っていたいなと、心の底から思った。


伸ばした手を胸の前に置いてギュッと握り拳を作った。


忘れたくないこの気持ち。

離したくないこの高揚感。


手放したくない母の像。

消えて欲しくない夢の形。


全てが聖母のように愛おしくて、全てが儚く散っていく木々の枯葉の如く。


段々と離れていく夢。

現実に戻れと、自分の体が命令する。


これ以上ここにいれば、二度と戻れなくなってしまうかもしれない。

二度と起きたくなくなってしまうかもしれない。


出来ることならば、ここにずっと現像していたいという気持ちが芽生える。

その浮かび出た気持ちが消えることはない。


それでも起きなければいけない。

感傷に浸ってはいけないという事実にアリアは目を瞑り、己に言い聞かせて再びゆっくりと目を開けた。


目を開けた先には、先程まで鮮明に映っていた二人の姿はもはや見る影もなく、薄っすらとぼやけて見えなくなっていく。


もう起きなければ。

そう思い、その場から立ち去ろうと試みる。


夢の記憶にお別れをして、遠くに見える景色とは反対に振り返り、小さな背を向ける。

消えていく夢。


遠のいていく意識に、だが身体がそれを拒む。

不意に立ち止まってしまう。


体の力が抜けていく。

四肢に力が入らない。


ずっとここにいたい―――。

そう―――口にしてしまいたくなる。


別れたくなかった。

失いたくなかった。


失っては―――いけなかった。

いつまでも浸っていたい至高の記憶。


いつまでも残しておきたい最高の記憶。


カルレラとの過ごした時間が色濃く蘇ってくる。

振り返ってみれば、まだぼんやりと見える母の笑顔。


その笑顔はきっと自分に勇気をくれるだろう。

ふっと、細く笑んでアリアは笑った。


果たして朝になった時、自分は起きることができるだろうか。


もしかしたら、名残惜しくなってまたこの場所に戻ってきてしまうかもしれない。


もし戻ってきてしまったら、その時はその時だ。

だが、母が許してくれるのならば―――


もう一度だけでいい。

母の温かみに触れる事を―――


アリアは心から願って夢から意識を取り戻した。


「ううっ」


と唸って、アリアの目に太陽の光が差し込んでくる。


暗がりの視界から注ぎ込まれる灼熱の光に、煩わしさを覚えてアリアはハッと目を開いた。


ぱっちりと開いた目が最初に映したのは、古びた年季のある天井だった。


茶色に染められた天井が、何とも言えない感情を湧き立たせる。

しばらく天井を見つめて呆ける。


記憶の整理だ。

体の進捗しんちょくを確かめる。


いい夢を見ていたアリアは勢い良く体を起こす。


上に掛けられていた布団を剥いで上半身だけ起こしたアリアは、眠気など一切ないといった様子で辺りを見渡すように首を動かした。


右を見れば、ユースティスがこちらに背を向けた状態で寝息を掻いていた。


続いて左を見れば、太陽の光をモロに浴びているアルマリアが寝苦しそうに顔を歪ませていた。


窓から溢れる太陽の燦々とした日差しが心地よくアリアの体を火照らせていく。


上半身だけ起こしたアリアは二人を交互に見やった後、しばらく真正面を向いてボッーとする。


そして、正面に見える机を見つめ、ゆっくりと腕を上に上げると、アリアは両手の指を絡めて天高く伸ばし始めた。


「んーっ」


と声が漏れ、全身に血液が巡り渡る。

暫し激しい動悸が発生する。


活気を取り戻した体が元気をもたらし、アリアはベットから出ると、真っ先に部屋に備え付けてあったシャワー室へと足を運んだ。


ユースティスを起こさないようにそっとした足取りで部屋を歩き、近くにあったシャワー室に到着する。


不思議とパッチリと覚ました目でシャワー室に付いたアリアは、太陽の熱に当てられた体を洗い流すため、服を脱いで裸になる。


シャワー室へと通ずる扉を開けて中に入ると、水を出すために蛇口を捻る。

すると、勢い良く水が飛び出した。


最初は冷たかった水も次第に温かみを増していく。

熱を帯びた水を体にかける。


温水がアリアの体に付いた毒素を洗い流していくようだ。

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