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アリアは夢を見た。

それは儚くも遠き夢の物語。


父との過ごした日々。

そして、母と過ごした大切な時間だった日常。


二度と戻ってくるのない情景。

だけど、酔いしれるには十分すぎるほどに満たされた満足感がそこにはあった。


遡りゆく記憶のつどつどが、断片的な抽象となって全てが蘇ってくるーーー。



♦♢♦



「お母様‼︎」


城にも似た内装の豪華で装飾品が華やかな巨大な家。


天井に吊るされたシャンデリアや、真っ赤に染められた煌びやかな絨毯じゅうたんが所狭しに敷き詰められていた。


各部屋を通ずる廊下には、その屋敷に住まう主人の為にと雇われた仕様人達が自分達の仕事を全うし責務を遵守している。


せっせと主人が使う部屋の掃除や、彼らが空腹になるタイミングで出される食事の用意に、日常的に消耗する生活用品の買い出しなど。


各々が決められた役割をきっちりと真面目にこなしていた。

仕様人とその屋敷の所有者である家族が住まう中でーーー。


甲高く元気な声を上げて母の名前を呼ぶのは幼き日のアリアだった。


幼子の彼女には広過ぎる屋敷を小さな足で懸命に駆けながら、目的の人物目掛けて突進していく。


勢い良く走る彼女の目の前には、美しい後ろ姿をした一人の女性がいた。


彼女は真っ赤なドレスに身を包み頭には巨額のお金を投資して購入した煌めく美品が何とも彼女の身の丈に合っていた。


その女性がアリアの声に反応して振り返る。

振り返る姿でさえ美しく、被写体のお手本となるような滑らかな動きと立ち振る舞いだった。


『何〜?アリア~』


振り返った彼女は、アリアの容姿とほとんど変わらない風貌で彼女に向き直る。


朗らかな笑みを浮かべ、優しくも透き通る声。

全てを受け止めてくれるかのような寛大さがその動作だけで垣間見える。


目は大きく見開かれ、華奢な体が女性らしさをより一層濃くさせる。


後ろに束ね、美しく彩られた艶のある綺麗な髪。

その結び方はポニーテールと呼ばれ、髪をゴムで留め真っ直ぐ直線を引くように整えられていた。


アリアと同じ髪の色をしたポニーテールが印象的な女性の名前はーーーシャーロット・カルレラ。


アリアの母親である。

立派な淑女の雰囲気を纏った母親ーーーカルレラは、アリアにとって憧れの存在だった。


自分の全てを出し尽くしたところで、到底追いつくことなど出来ないと思ってしまうほどに、彼女は美しかった。


それでいて聡明そうめいで大変賢く、儚くも強く芯のある強さが全ての人々を惹きつける。


妖艶の雰囲気を出し魅了する美魔女は、屋敷にいるものならば誰もがその美しさを知っている。


屋敷の中だけではない。

外に出れば、忽ち彼女を取り巻く街の人々が一目見ようとカルレラに詰め寄ってくる。


街の人々に嫌悪感を抱くこともなく、おおらかな笑顔を撒き散らしてあしらっていく彼女の姿こそ、まさにアリアが目指している至高の女性像であると。


そんな母親の偉大さを噛み締めてアリアは、目の前にいる高くそびえる淑女の元へと駆け寄った。


「見て見て‼︎」


元気良く声を発したアリアは彼女を見つめ、手を後ろにし隠し持っていた紫色に身を染めた花を一輪カルレラの前に突き出した。


突如目の前に出される花をカルレラは驚いた様子で見つめていた。


そうしてアリアが出してきた花を見つめ、カルレラはその花を見たことがあったと認識した。


彼女が持っていた花は、かつて自分の家でもあった屋敷の庭に咲いていたものだった。


広い屋敷を探索する癖があったアリアがよく庭に赴いていたのはカルレラも知っていた。


故に、彼女はすぐにそれが屋敷にあった花だと確信する。


探索好きのアリアが探索することを忘れて没頭してしまった程、引き寄せる力があった花。


庭師によって綺麗に整えられていた庭に咲いていた一輪の花。

その花に目がいったアリアが、優しく折って菊が残るよう綺麗なままの状態で摘み取ってきたものだった。


カルレラは目の前に出された紫色の花を見つめ、アリアの頭をそっと優しく撫でる。


『あら〜、この花はスノードロップね。綺麗な白色だわ〜』


アリアの頭を左手で撫でながら、空いていた右手でアリアが持ってきた花を彼女からそっと抜き取り自身の手に持った。


その花を持ち少し目元を細めて、アリアとスノードロップを交互に見やった。


そして、カルレラは花を摘み取ってきたアリアの頭を撫で続ける。


母の暖かく優しい手で頭を撫でられているアリアは、とても心地良さげに猫のように目を細めて彼女に身を寄せてくっついていた。


『どうして、この花を取ってきたの?』


ふと、疑問に思ったことをアリアにぶつけた。

カルレラは庭師が植えた花の種類をいくつも知っていた。


自分が数えるだけでも数多あると記憶している。

その中で、どうしてスノードロップを摘み取ってきたのか。


純粋な疑問が頭を過ぎった。

彼女の問いに、目を細め気持ち良さそうにしていたアリアがゆっくりと頭を上げて母親に向き直った。


「う〜んと……、咲いていた花の中で一番綺麗だったから‼︎」


そう純粋に、目をキラキラと輝かせて答えた。

子供の無邪気さだからこそ成せるその顔で。


純真な答えにカルレラは一瞬呆けてーーーだが次には微笑みかけるように笑ってみせた。


『そう……、一番綺麗だったのね。それなら仕方ないわ』


答えに納得したカルレラが一人笑みを浮かべて笑う。

面白おかしく口元を隠すように手で抑えている。


彼女が笑っている様子を見ていたアリアも、細く笑むカルレラに釣られて無邪気に笑った。


二人の笑い声が部屋中を満たしていく。

カルレラの部屋にいた二人はーーーこの時間だけは二人の空間なのだと。


「後はね〜」

『まだ何かあるの?』


アリアは考える仕草を取ってカルレラの腹部に顔を埋めて言った。


「お母様に似てるから‼︎」


彼女の言葉を聞いたカルレラは驚いた表情を浮かべていた。


次いで目を細めて独特の雰囲気を放った。


「そう、私と似ているのね。この花は……。もしそれが本当なら、私はきっとーーー」


その後、母が弱弱しく出した言葉は、アリアの耳には届かなかった。

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