1章 error code
書きました
懐かしい匂いがした。
息を吸い込む度に新鮮な空気が呼吸器へと循環し、鼻腔を突き抜ける。
風が吹き抜け、髪を巻き立てる。
涼しい風が肌に当たり爽快感を沸き立て、気分を心地良く感じさせる。
目の前には地平線を一望出来るほどの透き通る雄大な風景が広がっていた。
地面から生える草木が吹き込む風に揺れ動き、砂埃を転がしながら巻き荒れている。
時折訪れる優しい風に当てられ、草原の音波が耳朶を踏む。
その波風を真に受けた風情ある街が、建ち並ぶようにして存在していた。
彩りある装飾品を煌びやかに反映させながら、その美しい風貌を綺麗な状態で保っていた。
街の明かりが一際目立つのどかな風景。
趣を嗜める風情ある街並みだった。
人々が盛んに街を行き交い、賑やかな雰囲気を醸し出していた。
その中に商人達もいて、彼らもまた商品を売り捌いて自身の店を繁盛させていた。
客の中には装飾品である煌びやかな宝石を身に付け、自身の価値を高める為の証明をしている老人がいた。
向かい側からは傲慢な態度で道を歩く者がいた。
見ただけで分かる独特の雰囲気を身を纏った少年。
少年は元気良く街を駆け、人の間をすり抜けて行く。
その様子を微笑ましく見つめる高貴な髭を生やした男が、手に持った杖をつきながら歩いていた。
この光景を不思議に思う人間はこの街にはいない。
きっとこんな風景こそが、本来あるべき姿だったんだと人々は認識する。
人々は『幸せ』という感情を必死に噛みしめている。
……………………………。
想像も出来ないだろうが、この現状が当たり前ではなかった時代が存在していた。
ここはーーーかつて人と人の争いが絶えなかった街の一つなのだ。
今は復興したことにより完全にその形を成しているが、昔はそれこそ街という形すら成していなかった。
まぁ、そんなことーーー今は昔の話だ。
数年前に起こったとある戦争ーーー。
人と人が力の限りを尽くして争いあった残虐非道な日々の歴史。
それはある日……………………。
一筋の光から始まった史上最悪の悪夢。
通称ーーーコードオーバー。
力と力のぶつかり合い。
知略と戦略を用いて同族を殺し合っていった。
そんな酷く汚れた時代の末端。
人間と人間が殺し合う最悪の世代に生まれた人々は、毎日絶えない戦争についてーーーこう思っていた。
この戦争はきっとーーー、
いつまでも、果てしなく。
それこそ永遠に続いていく事象なのだと。
最悪の場合。
自分達の孫の代。
いや……。
その更に先のーーー孫の孫の代までこの争いは続いてしまうのではないかという不安。
それと共に感じていた恐怖心が、募り募っていく中で。
最後の一人になるまで終わらない地獄の乱舞。
そんな馬鹿みたいに狂った世界が、いつまでも続くものだと思われていた。
今日は一体何人の同胞が死んでいくのだろうかと。
日々恐怖と戦いながら物思いふけていた。
そんなある日ーーー。
コードオーバーは、突如として終わりを迎えた。
一体何が起こったのか。
その詳細を知る者はーーー殆どいない。
戦争は、気が付いたら終わっていた。
ただ一つ分かること。
それはーーー
悪夢のような日々であったコードオーバーが終わったのだ。
永遠に続くと思われたその戦争ですら―――遂に終息を迎えたのだ。
その瞬間、人々はどれほど喜びを噛み締めただろうか?
きっとそれは計り知れない。
だが、同時にこれほど待ち望んだ明日を感じたことはないだろうと。
遂に終息を迎えた戦争。
次の日には昨日までの激走や激闘がまるで嘘だったかのように。
晴れやかで清々しい平和なものへと変わっていった。
そのことを人々はこの先、一生忘れることはないだろう。
希望に輝いた明日が来た瞬間、人々は歓喜に沸いた。
この全面から溢れ出る喜びを噛み締めたのは、いつぶりだろうかと。
終ぞやの記憶の奥底に眠る浅き夢を掘り出すかのようにして人々は、平和へと続く道筋を描いていくこととなった。
コードオーバーの終息と共に訪れた平和。
それから更に五年の月日が経ったーーー。
人間同士の醜く儚く、苛烈に力の争いが行われていたのも五年も経てば、今は昔の話となった。
五年の平和を経て、人々の生活は劇的に変わっていった。
食べ物は満腹にあり寝場所が満足に存在する。
家族の明日が当たり前にあって、自分の明日に想いを馳せることが出来る。
幸せとは、不幸の後にやってくる瞬間の出来事なんだと全員が理解して暮らしていた。
そしてーーー。
その幸せを噛み締めて、ようやく人としての生き方を全うしていたーーーある日。
突如として築き上げて来た平和は、またも音を立てて壊れていった。
あまりにも早過ぎる崩壊。
平和を満喫していた人々の前に現れたのはーーー人の形を為してない……。
それこそまさに異形と呼ぶべきものだった。
今や人々は、人間を脅かす存在である無人との戦いに苦戦を強いられていた。
無人は、かつて行われた人間同士の争いとは程遠い力の権現が存在していた。
人間が人間を殺して凌ぎを削って絶えず手に入れていた力を奴らは、現れたその瞬間に軽々と超えていったのだ。
力の権現であるはずの人間が、まるで太刀打ち出来ない圧倒的強大な力の前に人間は平伏すしかなかった。
そうして抗えない力で瞬く間に侵食していった無人の強大さに人間は、後手に回って苦戦を強いられた。
何せ、今までの人間同士の争いが可愛く思えてくるような暴力的なまでの膨大な力が襲って来たのだから堪ったもんじゃない。
無常にも、非常にもやられていく人間の虚しさ。
もはや争う余地すら与えてくれない無人の凄まじい攻撃に無抵抗で受ける人間の存在が、ある者達を生み出していった。
力の無い者が、抵抗無くやられていく姿を大人しく見ていることなど出来ない人間がいた。
今や人々の天敵と成り上がった無人を倒すべく立ち上がった者達がいた。
名をーーーコード持ち。
戦争で活躍した彼らも、人々の―――いや、自分の命の大切さを守るために闘った。
意志を受け継いだ者達の反撃が始まる。
力の本当の使い方を知っている彼らの激化により、人々の生き残りをかけた戦いの幕が上がった。
コード持ちとしての力を嘘偽りなく発揮した彼らの健闘もーーー虚しく無人には通用しなかった。
果てしなく続いた戦争を思い出し、戦った彼らコード持ちの力は虚しくも……無人に届くことなく散っていった。
彼らの奮闘虚しく、次第に無人達はその生息地を大幅に広めていき、戦っていったコード持ちのほとんどは無人によって消されていった。
全く衰えない無人の存在に人々は、毎日を体を震わせ怯える日々を過ごしていた。
数年前まで自分達で力を振るっていたはずの特別な力が、無人の前では等しく無力なのだと痛感させられる。
人間同士の争いが無意味だったと思うほどの化け物的力。
嫌というほど実感してしまう力の差。
抗い続けていたコード持ちの彼らも老いには勝つことが出来ず。
次第に彼らの力は衰えていき、今やコード持ちも腹に肉を付かせた年配者か。
腰を九十度に曲げ歩くことすら必死な老人だけしかいなかった。
無造作にも襲われていく彼らを助けてくれる者は、誰もいないーーー
何せ、今まで自分達が守ってきていたんだから当然の結果なのだと理解していた。
守る者がいなくなれば、絶滅していくのは自然の理なのだと思っていたから。
今回は自分達の負けーーーそう思っていた。
だが、そんな時間の流れに負けた彼らを救うべく、立ち上がった者達がいた。
彼らもまたコード持ちの意志を受け継いで、未知の敵無人との奮闘に迫られていたーーー。
続きます