表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/106

error code.89

リースは今にも息耐えそうなアルトからゆっくりと距離を取った。


その目は涙でいっぱいになっている。

彼女の姿にアルトは笑う。


「それでいい。お前だけでも……生き残ってくれ」


彼の願いは彼女に届く。

リースは自らが生き残るために走った。


その間一度も振り返ることはなかった。

振り返ってしまえば、引き返してしまいそうになるからだ。


それほどリースのアルトに対する思いは強かった。


だが、彼女は今その想いを断ち切って走り続けた。


辛うじて霞む視界の中でリースの背中を見たアルトは安堵した。


「ふっ……。もう少し色々な事教えてやればよかったな……」


今になって後悔が生まれた。

彼女がこの先一人で生きていけるか不安になる。


やけになって自暴自棄になって無謀に無人に挑まないか。


そんな思いが駆け巡り、自然と目から涙が零れ落ちた。


「くそっ……!」


無我夢中で走るリースは、必死に嗚咽を抑えて逃げた。


「アルト……アルトっ。アルト!」


悔しさが込み上げてくる。

無力な自分を呪う。


あの時の自分の行動を振り返り、正しかったことではなかったと改めて理解する。


冷静さが欠けていた。

慎重さが欠如してその結果が招いた最悪の事態。


自分が慌てずに行動出来れば避けれた事態を引き起こしてしまった。


後悔の念を抱きながら、彼女はひたすら走り続けていく。


一人残されたアルトは、貫かれた場所に手を置いて息を切らす。


呼吸をする力すら残り僅かの中でアルトは独り言を呟く。


「今は……勝てなくてもいい……。だが、いつかは……勝て。勝って俺たちの仇を取ってくれリース」


既にその場にはいないリースに向けて激励を送る。


「……うっ、うぅっ」


聞こえるはずのないアルトの声。

自然と溢れる涙と共にアルトとの思い出が鮮明に出てくる。


「泣くな……。強くなれリース。強くなれば、もう泣かなくて済むようになる。だから……止まるな。行けっ。死にたくないなら……ここで無駄死にするな!」


アルトの激励に応えるようにリースは全速力で駆け抜ける。


アルトとはもう二度と会えないと知って。

無人の姿はもう見えない。


一人で帰るというのは、久しぶりの感覚で虚しさを覚えた。


やがて、日が暮れた。

辺りはすっかり暗くなっていた。


リースは自然と走るのをやめた。

その場で止まり立ち尽くした。


しばらく放心状態に陥る。

今日という日が自分を置き去りにして進んでいく。


この感覚になんで名前をつければいいんだろうか。


リースの日常はこの日を境に一変することになる。


その序章だった。

彼女は再び歩き出す。


まず最初に思い浮かんだのは、皆になんて言えばいいのだろうかという状況の説明だった。


ガトーさんになんて言えばいいのか。

自分一人しか生き残らなかったなんてどう伝えればいいのか。


それを想像しただけで吐き気を催しそうだった。


顔を下に向けてゆったりとした足取りでキャンプ地へと帰ってくる。


ほんのりと明るい光が目に入る。

その光景にしばらく足が動かない。


温かな光を自分が受け入れられない。

顔が強張ってしまう。


ちょうど夜食の準備をしている最中だった。

こんな時だというのに、お腹が空いてしまう自分が心底嫌になる。


やがて、調理の手伝いをしていた一人の少女がリースの存在に気がついて声をかける。


『あっ!リースちゃんが帰ってきてるよ!』


その声でその場にいた全員がリースの存在に気がつく。


調理している手を止めて、立ち尽くしているリースを呼ぶ。


『おや?どうしたんだいリース?そんなところにいないで早くこっち来なさい』

『あらあら、服がボロボロじゃない。どうしたの?』

『何かあったのか?』


駆け寄ってきた男女が彼女の姿を見た途端ただ事ではないと理解してリースを焚き火の方へと向かわせる。


木が焼ける音。

慌ただしくリースを介抱する周囲の暖かさにリースは止めていた涙が溢れ出た。


何人かはリースが一人で帰ってきたことに違和感を感じながらも、彼女が落ち着くのを待った。


そして、気持ちの整理がついて落ち着いたリースは、全員に今日起きた事の説明をした。


『そうか……。アルトが』

『大変だったわね』


リースの話を聞いた男女は、その話を受け止めた。


「私を責めないんですか?」


その言葉を聞いた一人の男性が問いただした。


『リースは責めて欲しいのかい?』

「それは……」

『リースが責任を負ってどうなる?戦場に向かった者、亡くなった者は帰ってこない。違うかい?」

「……」

『彼の言う通りだ』

『リースが帰ってきただけでも良かったよ』


温かい言葉に迎え入れられ、リースはそのありがたさに触れる。

しかしーーー。


『お母さん。お父さんはどうしたの?』

『コトノ……』

「コトノちゃん……」


彼女の言葉が痛いほど胸に突き刺さる。

帰ってくるはずだった父の姿ないことに違和感を感じられずにはいられなかったのだろう。


『どうしてリースちゃんだけ帰ってきたの?お父さんはどうしたの?帰ってくるって約束してたのに!』

「あっ、あ……」

『こら!止めなさい!ごめんねリースちゃん。今はまだ受け入れられないみたい』

「すみません……ちょっと外します」


コトノさんのお子さんにはきつく言われちゃったな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ