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「おかしいな……」
「え?何がおかしいのアルト?」
ポツリと呟いたアルトの言葉をリースは聞き逃さなかった。
彼の言葉に疑問を覚える。
「いくらなんでも簡単に終わり過ぎている……」
「どういうこと……?」
「こんな簡単に無人の討伐が終わること自体おかしい話だ。いつもの俺達なら倒すのにもう少し時間がかかっているはずだ」
「そうかな?いつもこのくらいじゃない?」
リースは気が付かなかったが、彼はどこか引っかかりを覚えていた。
倒したこと自体は非常に嬉しいことだが、何故かぬか喜びに浸っているようにも感じた。
まるで実体のない何かを掴むかのように、虚を摑まされている感覚だ。
「私たちの力が上がって無人が弱く感じたとかじゃないの?それかまだ人間の捕食に慣れていない無人の子供だったとか?」
リースは倒した無人を見つめてそう言った。
「いくら無人の子供だったと仮定しても、あまりに脆すぎる。無人は子供でも俺達が何人か束にならないと勝てない装甲を持っている。だが、サイズを見る限りどう考えても子供じゃない大きさだということは分かる。つまり、これは成熟した無人だ。それがあっさりやられるとなると、考えられるのはそれこそーーー俺ら以外の誰かに傷を負わされてなきゃ……」
違和感の正体があった。
アルトには確かにあった。
その違和感を感じた時点で、既に気が付いた時点で行動に移すべきだった。
だが、時は既に遅かった。
その考えに至るまでに圧倒的に遅いことに気が付いた。
その異変に気がつくべきだった。
アルトの視線は地面を見つめていた。
無人の下に何かがあった跡がある。
いや、正確には何かがいた。
それは得体の知れない何か。
悍ましい気配と共に、悪寒が全身を走る。
「てめぇら!全員今すぐこの場を離れろ!」
アルトの忠告に気が付いて反応した者は極僅か。
残りの者は、既に無人の懐に入っていた。
次の瞬間ーーー
『ぐぁぁぁあああああああ!』
『なっ!何だこれ!』
『あっ、足がぁぁあああ!』
仲間の断末魔が聞こえてくる。
耳を劈く甲高い悲鳴。
「くそっ!忠告するのが遅かったか!」
アルトは突如現れた見たことのない無人から距離を取る。
その姿はまるで大蛇のようなくねくねとした動きで他の無人と同時に仲間達を食い破っていく。
恐らく先ほど倒した無人より数段に早い。
このままでは確実に全員が食われてしまう。
どう行動するべきか悩んでいると、
「ど、どうしようアルト!皆が⁉︎」
一目散に合流してきたリースがアルトの背後で動揺していた。
その瞳からは涙が溢れようとしている。
目の前に広がる光景に常に冷静だったリースもさすがにこの時は狼狽する。
突如として現れた『それ』は、仲間を次々と食い千切っていった。
助ける余裕すらないほどに素早い動きでこちらを翻弄する。
仲間の何人かは攻撃に転じるが、それも虚しく無力化される。
奴には刃が通らなかった。
近接系の攻撃は全て塞がれていた。
加えて狙撃部隊が気を逸らそうと、弾丸をぶつけるが、効いていないのか見向きもしない。
真っ先に仲間を食っている様子から近くにいる人間を捕食することを優先しているようだ。
よほどお腹が空いていたのだろうか。
空腹の無人は凶悪だと親父から聞いたことがあった。
だが、その光景をこの目で確認することになるとは……。
しかも、自分の仲間がやられている状況で。
「たっ、助けなきゃだよね⁉︎行こうよアルト!」
「焦るなリース!向こうには行くな!ゆっくりと逃げるぞ!」
普段の状況とは一変している影響か。
リースは正常な判断が出来ていないようだった。
アルトは彼女の手を取って言った。
「にっ、逃げるってこのまま他の仲間を置いて行くの⁉︎何で助けないのッ⁉︎」
「無理だ!状況を見てみろ!このままここにいたら、全員奴に食われちまう。誰か一人でもこの場から逃げないと、奴の存在に気がつかないまま食われる奴が後を絶たなくなっちまう。未来のことを考えるなら、誰かがーーーいや、もうじきほとんどの仲間がやられる。せめて俺らだけでも逃げてこの情報を伝えるぞ!」
アルトの顔は切羽詰まっていた。
その様子から焦りが見える。
彼が焦るということは、この状況はよっぽどのことなのだろう。
「で、でも……」
「迷う気持ちも分かるが、諦めろ!この状況は絶望的だ!」
「うっ……」
リースが動きあぐねていると、再び仲間の断末魔が聞こえる。
『ぐぁぁぁあああああああ!』
聞き覚えのある声にリースは視線を向ける。
「コトノさんッ⁉︎」
見知った仲間が食われていく姿をリースは、遠くで見ていることしか出来ない。
「早く足を動かせ!ここで死にてぇのかッ⁉︎」
「で、でも!コトノさんにはまだ幼いお子さんが……」
リースの目の前で足を食い千切られたコトノという男には小さな息子がいた。
その息子は齢十ばかりの小さな少年だった。
父を失うには幾ばくか早過ぎる年齢だ。
そんな彼のことを思うと、目の前の光景は体が動かない理由にはならなかった。
彼が呻き声を上げている。
まだ生きている事実をリースは確かめた。
助けたい一心だったが、アルトは鬼の形相で再度リースに言う。




