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プロローグ 少女は立ち上がる

「はぁ……はぁ……」


一つの粗い呼吸音が、鬱蒼と生い茂る木々の中に漏れる。


しかし、その吐息は爆ぜる爆風によって見事にかき消される。


少女は―――呆然とする。


『ギャァァアアアア‼︎』

『やめろぉおおおお‼︎来るなぁぁぁぁぁあああ‼︎』

『嫌だ‼︎まだ死にたくないーーーッ‼︎』


遠方からは、野太い大人達の悲鳴がそこら中から聞こえてくる。


泣き叫ぶ声、問いかける声、嘆く声。


遠くから僅かに聞こえてくるだけなのに、そのどれもが少年の耳に痛いほど鮮明に貫いてきた。


『アリア‼︎こっちだ‼︎』


少年は自分の後ろを走る小柄な少女に向かって声を荒らげた。


「待ってよ‼︎速すぎるよアルト‼︎」


アリアと呼ばれた少女の息は、既に切れ気味で呼吸音が荒い。


少女は前を走る少年の背中を見失わないように、必死に足を一生懸命前に出す。


『早くしないと…………』


チラチラと辺りを見渡す。


あちこちから爆風と爆音と爆炎が触覚に聴覚に視覚に響き渡る。


黒煙によって充満された周りの景色からは、何が起こっているのか分からない状況になっていた。


少年少女に考える余裕も無く。


もう、すぐそこまで近付いて来る爆撃から逃げ出そうとしていた。


少年は濛々と燃え上がる爆炎から逃げるために必死に駆ける。


それに追い縋るように少女もまた懸命に走る。


『何で……‼︎はぁ……、はぁ……、こんなことに……、なってんだよ……っ‼︎』


少年の苛立ちはピークに達していた。


次第にその悔しさ紛れに吐き捨てた言葉は、少年の心の中の深い闇を生み出し始める。


なぜこんな事になっているのか。

一体誰がこんなことをしているのか。


幼き子供の浅知恵では到底理解を超えた、今まで経験した事の無い出来事が起きている。


少年の第六感が何かを告げていた。


こんな悲劇になったきっかけは、ほんの些細な出来事だった。


突然として襲ってきた抗うことの出来ない巨大な権力が街中の人々を襲った。


理由なんて分からない。


ただ二つ、子供の知恵でも颯爽と理解出来る事はある。


一つ目は、奴らは何らかしらの目的を持ってこんな行為に至っていること。


もう一つ目は、何の武力も持たない少年少女達は、そんな出来事から背を向けて逃げ回るしかないということ。


少年にとっての最善策は、一刻も早く遠い場所に行き避難すること。


やはり、逃げの一手だった。

全てをかなぐり捨てる覚悟を持って―――。


しかし、巨大な権力を前に無謀とも言える少年の知恵では、全ての努力を無駄にし瓦解する浅知恵そのものだった。


「あっ……‼︎」


背後から聞こえてくる少女の吐息で、状況判断をしていた少年の思考は瞬く間に削がれ、停止する。


慌てて振り返り見てみると、背後を走っていた少女が何かに躓いたのか体をうつ伏せにしてもがいていた。


右足を抑えて倒れている少女。


『アリ―――……ッ⁉︎』


少年が近寄り名前を叫ぼうとした次の瞬間―――少年は絶望した。


アリアの後方に既に銃、それも恐らく少年の記憶が正しければ、人間の骨すらも灰にしてしまうほどの威力を有した火炎放射銃を片手に持った男がアリアを狙おうとしていた。


火炎放射銃にはスコープが保持されていて、遠距離用に特化した改良型の銃だと言える。


スコープからギラついた目を覗かせる男がいた。

その冷徹な視線に少年の思考は一気に止まった。


抗えない力によって蹂躙される瞬間。

それが目の前に訪れたのだ。


そして、あろうことか目の視線に佇む男は、火炎放射銃の引き金を引いた。


引き金を引かれた瞬間には――――もう遅かった。

その時、少年は不可思議と思った。


なぜ、倒れている少女が狙われたのか。

一般人とも呼べる少女を何故あの男は撃つのか。


だが、そんなことを思想しながら少年は、抗えない力によって成すすべもなく崩壊する。


豪炎とも呼べる圧倒的なまでの煙熱に少女の体全身を持っていかれた。


視界一面に広がる焔。


『アリアァァァアアアア‼︎』


叫ぶと同時に、少女の体ははるか彼方に吹き飛ばされる。


『―――ッ⁉︎』


銃を手に持った男は愕然とした。


本来この改良した火炎放射銃にはそもそも人の身体が残ることなどありえないからだ。


それを、射たれた少女の体はただただ煤に焼けていただけ。


これがどれほどのことか。


人の骨を灰にすらすると言われる火炎放射銃が、少女の体すら焼ききれなかったのだ。


少年はそんなこととは露知らず、無我夢中で少女の飛ばされる方角に走った。


三十m飛ばされた地点で少女の体はようやく地面についた。


少年は少女の体を手に添えた。


火炎放射銃の熱量は、少女の体を貫通する程の温度だった。


見事にその一部だけが、まるで、空間ごと何処かに飛ばされてしまったかのように。


爆炎で体を貫かれた少女の元に節操と綴木が鳴いた。


腹の中辺りにあかれた穴からは夥しい量の血液が抜け出す。


血濡れの少女を見た少年は頭の中が真っ白になり、どうしていいか分からなくなる。


少年は己の無力さを呪った。

何も出来ない自分に、腹が立って仕方がなかった。


煮えくり返らないこの気持ちが少年の心にモヤモヤしていた―――その時だった。


苦し紛れの微かな弱い声を少年は聞いた。


「アル……ト……」


『アリア⁉︎』


ほとんど発されていない少女の声に過剰反応する。

まだ息がある。


「アリア‼︎しっかりしろ‼︎」


少女の目は虚ろとなり、光を写しているかすら怪しい。


だが、少女は少年を探そうと手を空に振る。


「アル……ト……アルト……アルト‼︎」


アリアはひたすら少年の名前を連呼する。


苦しそうにしながらも、少年の名前を呼ぶのを止めない。


次第にその声は大きくなった。


「アル……ト……ッ‼︎ア……ルトッ‼︎アルト……ッ‼︎」


壊れた機械の様に少女は少年の名前を呼んだ。


『もう喋るな‼︎』


そう少女に懇願した。

このまま喋っていては、少女の体が持たなくなる。


少年は少女が生き残るための活路を開こうと懸命に頑張る。


しかし、少女は喋るのを止めない。


『あなたと……一緒に生きた時間……楽しかったなぁ……』


不意に少女は、そんなことを言った。

嬉しそうに笑いながら。


悲しい言葉を―――。


『何……言ってんだよッ‼︎これからも一緒に生きるんだよ‼︎だから……ッ‼︎だから……ッ‼︎そんな事言うなよ‼︎』


少年は自らの服を引きちぎり、少女の腹部から出てくる血を止めようと必死に抑えた。


『生きろ‼︎生きろ‼︎ーーーッ‼︎生きろよ‼︎』


「アル……ト。もう……いいの……」


『勝手に諦めてんじゃねーよッ‼︎』


少年は叫ぶ。

自然と目から涙が滲み出る。


もう少女が助からないと、どこかで気付いていたからだ。


その時―――少年の頬に柔らかな手が触れた。


今にも冷たくなりそうな手で少女は、最後の力を振り絞って少年に触れた。


少女は、今までに見たことないくらい最高の笑顔を見せて言った。


「私の……分まで……、生きてね……ッ‼︎」


声が漏れると同時に、少女は、静かに目を閉じた。

少女の手が地面に触れる。


力無く手の中でグッタリする少女を揺する。


『ははっ………………。何言ってんだよアリア……そんな冗談聞きたくねぇんだよ……。なぁ……ッ‼︎返事をしてくれよッ‼︎アリア‼︎』


少年の呼びかけに少女は、最後まで反応することは無かった。


『最後の言葉がそんなのなんて……、ふざけんなよ……ッ‼︎』


少年は悔しそうに歯噛みをする。


『どうして……どうしてこんな事になっちまったんだァァァアアアア‼︎』


誰に問いかける訳でもなく、少年は一人大声で叫んだ。


腕の中でぐったりとする少女の無念が彼にかかるようにして。


彼女が目を覚ますことはもう無かった―――。


『俺達が一体…………何をしたっていうだぁぁぁあああああ‼︎』


天高く叫んだ少年の叫び声は、何も無い空を切った―――。


少年が叫び終える。

唐突にどこからともなく指ぱっちんの音が鳴った。


その瞬間、全ての時間は静止した。


「それは―――そこに寝転んでいる少女の力を救えなかった君の弱さだ」


唐突に澄んだ女性の声が少年の後ろからかかる。


「君達は知らなかったかもしれないけど、力はどうしても皆が欲しがるもんなのさ。なんでかって?それは―――人がどうしようもないくらい上に立ちたがる生き物だからさ」


天使の歌声のように妖艶とした、人を魅了する声が語り継いでいく。


その声は止むことを知らない。


「そして、君には力が無さ過ぎた。悲しき事実だ。彼女を守る力が君には無かった。だから彼女は死ぬ運命になる。君が力を持っていればこんなことにはならなかった」


「…………」


少年は反応しなかった。


「悔しいかい?悔しいのは君がその少女を本気で救いたかったという強い意思の証さ」


なおも少年は反応しない。

女は疑問符を浮かべる。


聞こえてなかったのか、女は試しに少年の肩に触れようとする。


しかし、女の手は空を―――それこそ、少年をすり抜けてしまう。


女はキョトンとした顔をする。


「あぁ……なるほど……。君は私を視認するに値しないほどに、まだ純粋な心の持ち主なのか……」


女は若干悲しそうな表情になる。

だが、すぐにその表情をやめ、女は言う。


指ぱっちんの音が再び鳴る。

その時―――止まっていた時間が再び動き出した。


「もし、次会う時に私を見ることが出来たなら、その時は、君の力になるよアルト君」


天使の歌声のような、しかし、漆黒の羽根を生やした女はそう言うと、羽根を羽ばたかせて静かに消えて行こうとした―――。


その時ーーー。


『なら、力をくれ』

「ーーー⁉︎」


女は驚愕に慄いた。


振り向けば、こちらをしっかりとした瞳で見据えているアルトの姿があった。


先程まで見えていなかった少年が、この数秒で見える様になった?


いや、ありえない。


私を視認するには相当の奥深くに行かなければいけない。


つまり、彼は最初からその地に到達していたと言うこと。


これはしてやられたと。

女は不敵に笑い少年に問いかけた。


「力が欲しい?」


態とらしく仕掛けた問いに、少年は真っ直ぐに純粋な瞳を向けて答える。


『力が欲しい。こいつを救えるだけの力が……』


そう少年は寝転がっている少女に目を向けて話す。


彼の拳は力強く握りしめられていたのに女は気付いた。


「……ふふっ、いいでしょう。貴方にその方を救える力を与えましょう」


女は妖艶に言う。

少年を嘲笑うかのように。


「ただしこの力は貴方の命と引き換えです」

『……』

「そう怒らないでください。人を生き返らせるなんてこと、普通じゃ出来ないですからね」


アルトの怒った姿を愛おしく思う。


「まぁ、冗談ですよ。その子は死んでませんから……今はまだですけどね」


後数分もすれば死ぬだろう少女を見つめ、女は笑う。


『なら、尚の事早くしろ』

「口調が変わりましたね?本当の貴方はそれですか?」

『そんなのどうでもいいだろ。早くアリアを……』

「分かりましたよ」


急かされた女は、少年の指示に従いアリアに近づく。

そして、そっと手を添えて言う。


「万物に傷付きし者よ、我が源の還元を纏って、その傷を癒すべし」


そう唱えると、アリアの腹部に開いていた傷が瞬く間に消えていく。


『……ッ』


その姿をじっと見ていたアルトは驚きを隠せない。

傷が癒えていくその様子をじっと眺めていた。


「どうですか?素晴らしい力でしょう?」

『一体どういう原理なんだ?』

「なんて事ないですよ。特別な力を得たものが扱える魔法みたいなものですよ」

『……魔法か』


話している間にアリアの付いた傷は癒えていた。


「終わりましたよ」

『みたいだな』

「では、行きましょうか」

『……どこにだ?』

「私と一緒に来て下さい」

『……』

「貴方に拒否権はありませんよ?私に力を使わせたのですから」

『……それもそうだな』


少年は納得したように女に頷いて、アリアを見る。

どうやら本当に無事だったらしい。


今見ても信じられないが……。

それでもこの女がアリアを救ったことに変わりはない。


「決心がついたようですね」

『何処へでも連れて行け』

「分かりました」


そういうと、女はアルトの腕を掴んだ。


『なんだ?』

「いえいえ、こうしないと飛べないんですよ」

『飛ぶ?』

「はい、こんな風にーーー」


瞬間、体が浮遊する感覚に襲われた。

見れば、足が浮いて宙に浮かんでいた。


『これが魔法か……』

「どうですか?魅力的ですよね?」

『そうだな……』


少年はアリアを見た。

遠ざかっていく彼女の姿。


(黙って消えること……許してくれアリア)


「では、行きますよーーー」


何やら声が聞こえて来て、アリアは目を開けた。

目を開ければ、空が見えた。


真っ赤な空だ。

火炎に燃え盛る炎の瞬きが視界の端に見えてくる。


その視界の先に、影が見えた。

何やら二つの影が時折動いている。


アリアは目を見開いた。

視界の先にいたのは、自分と一緒にいた少年ーーーアルトの姿があった。


彼は誰かと手を繋いで空を浮いていた。

状況が分からない。


一体何をへてこの状況に至ったのか、全く思い出せないでいた。


軽く記憶の混乱が起こっている中ーーー。

アルトは女といると分かった。


だが、その数秒後アルトは凄まじい速さで女とともに空の彼方へと消えていった。


何が起きたのか分からない。

けど、このまま何処かに行ってしまう彼の姿をどうしてもすんなり受け入れることが出来なかった。


「アルーーー」


名前を叫んだが、もう遅かった。

消えていく彼の後ろ姿を余韻に浸りながら見据えて。


背後から聞こえてくる叫び声など全く興味も湧かずに……。


ただ呆然とその場を崩れ落ちるように地面へとへたり込んだ。


一緒に逃げていたアルトは、この日を境に……私の前に現れることはなかったーーー。

続きます

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