第三話
街の上空を飛びながらドラゴンブレスで街を焼き払っているドラゴン。その光景は非現実的で、俺の動揺を誘うには十分だった。
「や、やべえよ。ドラゴンが暴れてんよ。どうすんだこれ」
「すごーい! ドラゴンさんの背中に乗ってみたーい♪」
「急なメルヘンやめろや! ドラゴンに乗った変態とかただの悪夢だからね!?」
「ドラゴンに乗った変態。絵本のタイトルにぴったりだ」
「どういうテンションで読み聞かせんだよその絵本! ガキが寝れなくなるだろが!」
「あっ!? あの子危ない! ドラゴンに襲われそうです!」
「街のガキか!?」
ソラさんの言う通り、ここから比較的近い位置で子どもがドラゴンの目の前に立っている。泣きじゃくっているその様子から、自力で逃げられるとは思えない。
「助け、なきゃ。助けなきゃ!」
「あっおいソラさん!?」
突然走り出したソラさんに驚き目を見開く。ソラさんは一直線に子どもに向かって駆け出した。
「ひ、う……」
「グオアアアアアアア!」
ドラゴンの咆哮が子どもにぶつけられる。その瞬間ソラさんは子どもの体を抱きしめた。
「っ! 大丈夫、大丈夫だからね!」
「おおっ、幼女をいきなり抱きしめるとは、さすが我が妹」
「言ってる場合か!? あのままじゃ二人とも―――くそっ!」
「おおっコウちゃん。君も行くのかい?」
「うるせえ! コウちゃん言うな!」
俺はソラさんと同じように丘を駆け下り、一直線に二人の場所へと向かう。子どもは不思議そうにソラさんの顔を見上げていた。
「お姉、ちゃん?」
「大丈夫。私が守るから」
「ガァアアアアアアアア!」
ドラゴンは苛立った様子で咆哮を響かせ、口元に炎を蓄積させる。俺はドラゴンと二人の間に割って入り両手を左右に広げた。
「くっそ。なんでこんなことになんだよぉ!」
「航太さん!?」
「グオアアアアアアアア!」
「だぁっちいいいいいいいい!」
炎に抱かれる俺。やばい。めっちゃ熱いなにこれ。
「航太さぁああああん!」
「あっちぃ! ドラゴンブレスマジあちぃんだけど!? ふざけんなし!」
「ガァッ!?」
炎を振り払ってボンバーヘッドになった俺を見てびっくりした表情を浮かべるドラゴン。ソラさんは心配そうな表情で俺を見上げた。
「航太さん! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫だけどあっちぃ! 服も焦げちまったよ!」
『待て待て待て! 貴様何故無事なのだ!? 我がブレスはこの“ファンタジーショウセツカイ”の全てを焼き尽くす威力なのだぞ!』
「ドラゴンがシャベッタ!?」
「賢いドラゴンだなぁ」
『質問に答えろ! 何故耐えられるのだ!?』
「いや、そんなこと言われても。なんかノリで」
『ノリで!?』
「基本的にノリだよな」
「ノリだな」
「ノリですね」
『何なんだ貴様ら! くそ、もう一度食らわせてやる!』
「あっつい!? だからあちいって!」
ドラゴンは怒りに任せて俺にブレスを浴びせる。だから熱いんだってのに。
「ソラ。今のうちにその幼女を私にくれ」
「ダメです」
「スリルショック」
「君たちちょっとは心配してくれる!? 俺めっちゃブレス食らってんですけど!」
『元気にツッコミするなぁ! 貴様こそ何なんだ!』
「学生だけど?」
「ドラゴンブレス食らって平然としている学生などいない!」
「そうだな。明らかに前科のある顔だし」
「だからパンティ被ってる奴が言うんじゃねーって! それ脱げ!」
「やだ!」
「力強い否定!」
『くっそぉ! 私を無視するなぁ!』
再び浴びせられるドラゴンブレス。
「あっちいいいいいい! ちょっといい加減にしてくれる!?」
「今のうちに逃げていいよ」
「う、うん。ありがとう」
「後でお礼にママのパンティ持ってきてくれなー」
「子どもに変なこと言わないでもらえます!?」
逃げる子どもに変なことを吹き込む変態にツッコミを入れる。ドラゴンはそれも気に食わなかったのか、さらに口元に炎を蓄積させた。
『くそおおおお! 絶対に許さんからな貴様ら!』
ドラゴンは怒りに任せて再びドラゴンブレスを放つ。そして、六時間後———
「あーもう熱いよー。リアクション疲れたよー」
「お肉焼—けた♪」
「おいしそう」
「人が焼かれてる炎で焼肉しないでもらえます!?」
「もぐもぐ。すまん」
「ごめんなさもぐ」
「もぐもぐすんな!」
『ぜーっぜーっ。も、もう、魔力がない……』
「大丈夫? パンティ嗅ぐ?」
『嗅がぬ! あっ、今のツッコミで魔力が尽き、た』
「うわっ!?」
突然ドラゴンから白い煙が発せられる。これでは何も見えない。
「うーむ。お風呂シーンができそうな煙の量だな」
「そういえばお風呂入りたいね」
「湯沸かし器壊れてた気がする」
「ほんと? 銭湯行かなきゃ」
「君たち異世界で庶民感溢れる会話やめてくれる!? ていうかドラゴンどこに行ったんだよ!」
「ん?」
煙を見つめながら首を傾げる変態。またなんかろくでもないこと言うんじゃないだろうな。
「何だよ。煙の向こうになんか見えたか?」
「幼女の波動を感じる」
「こえーよ! 変な超感覚やめろ!」
「あ、あのぅ」
「どうしたソラさん」
「目の前に女の子がいるんですけど、どなたでしょうか」
「へ?」
「う、うう」
煙がだんだん無くなってきた。その向こうには、黒いマントを身に纏った銀髪の幼女が倒れていた。
その頭には黒く輝く角があり、明らかに人のそれではない。俺が恐れおののいていると、変態がうんうんと頷いた。
「あーなるほど。これはさっきのドラゴンだな」
「あ、なーんだそっかぁ」
俺は変態の言葉にうんうんと納得する。すると幼女は唐突に立ち上がった。
「き、貴様ら頭が高いぞ! わしを見下ろすなぁ!」
「うんうん。幼女幼女。ってええええええ!?」
「高凪さんもブレスの食らいすぎで若干おかしくなってますね」
「ウケる」
「ウケねえよ!?」
「貴様ら! わしを無視するなー!」
「ええええ……どうしよう」
目の前に現れたドラゴン。いや元ドラゴンを見下ろし、俺は大粒の汗を額に流した。